女が作る映画誌 ー 女性映画・監督の紹介とアジア映画の情報がいっぱい
 (1987年8月、創刊号 巻頭文より) 夢みる頃をすぎても、まだ映画を卒業できない私たち。
 卒業どころか、30代、40代になっても映画に心が踊ります。だから言いたいことの言える本まで作ってしまいました。
 普通の女たちの声がたくさん。これからも地道な活動を続けていきたいと思っています。どうぞよろしく。

『少女ヘジャル』監督インタビュー第2弾 + トルコの映画事情

『少女ヘジャル』ポスター 『少女ヘジャル』ポスター

>>  トルコの映画事情

2004/5/8掲載, 2004/5/9修正
『少女ヘジャル』監督インタビュー第1弾

少女ヘジャル』 Hejar / Büyük adam küçük ask  2001年トルコ
6月12日(土)〜7月16日(金) 東京都写真美術館で公開
作品紹介

●ハンダン・イペクチ監督インタビュー第2弾

2004年3月30日(火) 2時15分〜3時

ハンダン・イペクチ
ハンダン・イペクチ監督

トルコの女性監督ハンダン・イペクチさんは、『少女ヘジャル』の東京都写真美術館での公開が決まったことを受け、2003年9月のアジアフォーカス福岡映画祭、同11月の国際女性映画際に引き続き3度目の来日を果たした。私は来日の度にお会いし、このインタビューの前日お会いしたときには、すっかり打解けて、お互いの歳の探りあいをしてしまったのだが、この日はお会いするなり、「先に私から質問させてください。お年は? これを聞くまでインタビューに答えません(笑)」と、茶目っ気を見せた。ちなみに、監督は19歳でご結婚、この日の通訳の大森正光さんは、監督の息子さんと同じ年の25歳。「それから類推して、私は監督の5つくらい上です。」とお答えして、やっとインタビューに応じて頂いた。

なお、昨年 アジアフォーカス福岡映画祭の折りのインタビューで、作品自体について色々とお聞きしたので、今回は、トルコ映画全体のことを中心にお話を伺った。

◆異文化理解が歩み寄りの第一歩

— まずは、『少女ヘジャル』の日本公開おめでとうございます。 昨年福岡で拝見して、異文化交流を描いた力強い作品で、 ぜひ日本で公開してほしいと思っていましたので、私もとても嬉しいです。 この映画では、トルコとクルドという一見トルコ国内の問題ですけれど、 今の世界情勢に照らし合わせてみると、とても普遍的なテーマで、 お互いに相手の文化を理解することから、 歩み寄ることができるというメッセージを感じます。あらためまして、 日本公開にあたって、ぜひ日本の観客に伝えたいことをお聞かせください。

監督: そうですね、おっしゃるようにメッセージとしては、トルコ対クルドに限らず、 イスラエル対パレスチナなど、あちこちで問題があるように普遍的なことですね。 日本にそういう問題があるかどうかわかりませんが、 日本の皆さんにも通じるところがあると思います。 そんな意図を感じ取っていただければ嬉しいです。


◆ヘジャルは今

— ヘジャル役の女の子は、今どうしているのでしょう?

監督: 今、小学校3年生です。学業に支障をきたさない程度にテレビドラマに出演しています。 これまでに5〜6回出ているでしょうか。

— もう大きくなったのでしょうね。

監督: もう9歳ですからね。でも、同年代の子供たちに比べてそんなに大きい方じゃないですよ。 本人には、もう6ヶ月くらい会っていませんから、 彼女の出ているテレビドラマで彼女を見ている状況です。

— あの子がただ可愛いだけじゃなかったのが、映画を成功させたと思っているのですが、 役者としての素質をハンダンさんが見抜いたのだなと思いました。

監督: ヘジャルのオーディションの時、彼女を見たとたん、才能があると思いました。 それを信じましたね。


◆トルコ映画の現在

— シュクラン・ギュンギョルさんと、ユルドゥズ・ケンテルさんは、 トルコで知らない人はいないという程、有名な役者さんたちで、 味のあるいい方たちでしたが、ギャラが大変だったと思うのですが・・・

監督: トルコではほんとに役者さんが出たいという作品があった場合は、 ギャラが出なくても出てくれるのですよ。彼らは重荷ではなくて、 逆に私を支援してくれた方たちなのです。年間製作本数が少ないトルコでは、 役者としても、いい作品に出会うチャンスが少ないので、 いい作品があれば出たいと思ってくれるので、私はラッキーでした。

注)1960年代には年間200〜300本の映画が製作されていた映画大国だったトルコも、今では年間10〜15本と激減している。 (詳細はインタビュー第1弾参照)

— トルコで製作される映画が激減している中、昨年、東京で開かれた 「トルコ映画の現在」では10本のトルコ映画を観ることができ、嬉しい機会でした。 監督の作品が上映されなかったのは、残念でしたが・・・

「トルコ映画の現在」
 作品紹介は こちら

監督: 二つの映画祭で上映していただけましたので、「トルコ映画の現在」 に私の作品が入らなかったことは、そんなに気にしていません。

— 「トルコ映画の現在」で上映された10本は、 今のトルコ映画を代表する作品だと感じられますか?

監督: 混在していると思います。有名なものもあるし、客のあまり入らなかったものもあります。 いろんなお客様の好みにあわせて選んだのでしょう。 私のが入らなかったのはなぜだかわかりませんが・・・。 私は異端的なのかなとも思います。


◆人情あふれるコメディが好き

— 「トルコ映画の現在」の10本の中では、特に『プロパガンダ』や『オフサイド』 が気に入ったのですが、コメディでしっかり笑えるのに、人生とは・・・、 社会とは・・・というメッセージが詰っていたのが、 もしかしてトルコの人が好むパターンなのかなと思いました。 ホジャの話などもそうですが、人生訓的なものが好きな国民性なのでしょうか?  監督の次回作『ピジョン・ウーマン』(鳩の女)もコメディの要素があるとのことですが、 実際どういうタイプの映画が、トルコでは人気があるのでしょうか?

監督: トルコの観客は、コメディがとても好きですね。 日々の生活がドラマチックでストレスも多いので、 コメディを観ながら楽しんでリラックスするのが好きなのだと思います。
『ピジョン・ウーマン』は、トラジディ・コメディ、 悲しいけれど笑える映画を目指しています。
シナリオは出来ているのですが、資金がまだ調達できていません。

— 監督としては、費用を回収しないといけないから、観客にいかに受けるかも考えつつ、 やはり自分の撮りたいスタイルにしたいという葛藤があるかと思うのですが、 どの辺で妥協なさるのでしょうか?

監督: そうですね。その矛盾は解けないですね。解決法を教えてほしいですね。 日本人のプロデューサーさんを見つけて解決できないものかと思います。 シナリオも書いて、プロデュースもしなくてはいけないのは、ほんとに大変です。


◆トルコの映画館事情

— トルコの映画館で、トルコの人たちの映画を観るときの雰囲気は?  日本人はおとなしくじっと観ることが多いのですが、インド人は一緒に踊ったりとかしますよね。 また、イラン人は面白くなければさっさと出て行ったりします。 トルコの人たちはどんなタイプでしょう?

監督: トルコでは、基本的にはじっと観ていますね。たとえば60年代、年間300本位上映されていた時代には活発に情報交換していて、この映画はいいよとか、つまらなかったとか、俳優があんまりよくなかったとか言い合っていたのですが、今はそれはないですね。インド人のように踊ったりはしませんが、つまらなければ出て行く人もいますね。

— イランの人がつまらなければ、さっさと出て行くというのは、 結局映画が安いからと言っていましたが、トルコの映画館の料金は?

監督: 日本と比較して、トルコ人の感覚からして、ほかのものの物価に比べて高いと思います。
貧しい方は家でテレビで観て、映画館に行くことはほとんどないですね。 家で観るメリットは、家族皆で観られるということでしょう。 映画館だと一人ずつ払わなければいけないから行けても一年に1回位でしょう。 トルコ映画市場の一番のお客は学生ですね。
人口約7000万人で、もっとも入場者数の多い年で総入場者数300万人くらい。 日本は人口がトルコより多いと思いますが、劇場で見る人数はどれくらいですか?

— 残念ながら実数を知らないのですが、日本でも値段が通常で1800円、 安い日で1000円とそれ程安いわけではないですので、ハリウッド映画のヒットしている映画はすごく入るけれど、単館でしか上映しないものは、観にいく人が少ない傾向がありますね。
ちなみにイランでは、映画館の入場料がハンバーガー1個と同じ位の、1ドル位 です。

監督: トルコでは、ハンバーガーが300万〜400万トルコリラ(TL)で、 映画は約2倍の800万TL(約700円)くらいです。1日5回上映で、1回目の値段は安いとか、水曜日が映画国民の日で安いという割引があります。 また、大都会のほうが地方より高いということもあります。

— レンタルビデオの値段は? また、公開からどれくらいでレンタルされるのでしょう?

監督: ビデオはなくて、VCDやDVDなのですが、 新作は公開されて約5ヶ月間全トルコで上映されてからVCDやDVDが発売されて、 その後テレビで放映されます。レンタルは一般的じゃありません。 VCD一枚の正品の値段は、800万TLです。
問題は、安い海賊版があっといまに出回るということです。 値段が1枚100万TL位なのです。著作権の問題もあります。業者は税金も納めませんし、 それで稼いだお金をさらに悪用したりします。最近は対応する法律もできましたが、 残念ながら海賊版は減りません。私の作品も実は被害にあっています。 特にドイツで問題が起きました。ご存知のように、 ドイツにはトルコ人やクルド人が大勢いますので。利益を得るべきなのに、 途中で取られてしまうという次第でした。

☆トルコの映画事情 → 
通訳の大森正光さんに別途お聞きした話も参照ください。

◆めざすのは社会的な映画

ハンダン・イペクチ、大森正光
ハンダン・イペクチ監督と通訳の大森正光さん

— 昨年、福岡にいらっしゃる直前に、 1〜3年の実刑判決が却下されて無事来日されましたが、その後、 裁判の方はもう問題ないのでしょうか?

監督: 上映禁止に関しては福岡に来る直前に解決し、もう一つ私が個人的に訴えられていた件も、 おかげさまで解決しました。

— 小さいときに判事になりたいと思ったこともおありで、政治に興味をお持ちとのことですが、 次回作も政治的社会的な問題を扱われるのでしょうか?

監督: 政治的な問題はあまり取り上げたくありません。 社会的なものを常に扱っていきたいと思っています。 


◆ささえてくれた両親に感謝

— 息子さんがいらっしゃるとのこと、これまで子育ての間は、 監督業というのは家を長期で空けることもあり、両立が大変だったと思いますが、 旦那さまの理解と協力があってこそだったと思います。 トルコでは結構女性が社会で活躍していますが、 一方で伝統的にイスラムの教えを守って生活をしている人も大勢見かけます。 トルコ社会全体をみて、女性が働く環境は整っているのでしょうか? またご自身どのようなご苦労を?

監督: 私の息子が小学校にあがるときに夫と別れました。そのとき、 映画のアシスタントとして初めて現場に入りましたが、 私の両親が子供をみていてくれました。両親のサポートがなかったら、 生活をしていくために他の仕事をしていたかもしれません。

— 1人で息子さんを育てながら、大変だったのですね。

監督: 両親にはほんとうに感謝しています。映画を作りたい!という情熱があったから、 子供を育てながらも続けてくることができました。

注)トルコでは、女性の賃金が同じ職種では男性とほとんど変わらず、 男性と肩を並べて活躍する女性が存在する一方、宗教的な保守的な家庭では、 外で働くことはあまり奨励されないという。トルコ社会は政教分離の政策の中、 ヨーロッパナイズされた人たちと宗教的な人たちに二分され、 両者が交わることなく住み分けしている。 ハンダン監督の家庭環境もおそらく裕福な進歩的なものと思われる。

— 最後に、この映画が日本で成功して、 トルコ映画がもっと日本で公開されることを願っています。 また、監督の「ピジョン・ウーマン」も日本で公開されることを願っています。

監督: 私もそう願っています。

— また東京でお会いしたいです。

監督: インシャッラー (神様が望み給えば)

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☆トルコの映画事情☆

ハンダン監督にお伺いしたトルコの映画事情について、通訳を務めた大森正光さんに別途お時間をいただき、さらに詳しくお伺いした。 大森さんは、通算3年イスタンブルに在住し、昨年10月に帰国。イスタンブルに住んでいた間、トルコのサブカルチャーの世界にも興味を持ってあちこち見て歩いていたという。ハンダン監督の息子さんと同じ年とあって、二人並ぶ姿はちょっと親子を彷彿とさせた。

◆映画はまだまだ娯楽の王様

日本に比べ、娯楽の少ないトルコでは、映画はまだまだ庶民の楽しみの一つ。 最近は、ショッピングモールのシネコンが増えて、町中の映画館が減ってきているそうだが、 昔ながらの風格のある劇場も健在だという。日本と同じく、シネコンは指定席。 シートもゆったりとして、男性の案内人が席まで丁寧に案内してくれる。 休日に家族でショッピングモールでファーストフードを食べて映画を観るのが楽しみ というパターンが多い。普通のトルコ料理レストランより、 ファーストフードは少し高めなので、ちょっとしたぜいたく。 とはいえ飲み物はファーストフード店の方が安いので、懐の淋しい人たちも、 ファーストフード店を楽しむそうだ。トルコでファーストフードといえば、 ハンバーガー、ピザ、ドネルケバブのサンドウィッチなどだが、 最近は中華のファーストフード店もある。ただしイスラムでご法度の豚肉は使っていない。
家族連れやカップルや女の子のグループのほか、 男性が4〜5人連れ立って映画を観にきている姿もよくみかけるそうだ。 男性がつるんで映画というのは、おそらく日本では見られない光景。 女の子たちからは、ちょっとウザイと疎んじられているかもしれない。
圧倒的に人気なのは、ハリウッドの娯楽映画で、映画館が満員になることも多いという。 トルコ映画は年間製作本数が15本程度になってしまったが、 それでも中には大ヒットする映画もある。
また、住宅街の中には、行政が経営する地区センターの中に名画座的映画館があって、 トルコ映画を上映してところもあるという。

◆映画の値段

トルコの映画館: チケットの通常の値段 800万トルコリラ(TL)(約700円)
これは、トルコの人にとって、どんな値段なのだろう。下記から類推してみよう。

公務員の平均給与 300米ドル
ガソリン1リットル 120円位(日本と同じ)
地下鉄 1回 100円位
マルマラホテル(イスタンブルの最高級ホテル)のカフェのお茶 800万TL
映画のVCD 800万TL
もともとは1200万TL位だったが、 海賊版が100万TL前後という安い値段で売られるので、値下げした。
トルコ音楽のCD 800万TL   洋楽CDはその3倍

◆普及していないレンタル

レンタルビデオは90年初頭まであったが、そもそもビデオ自体が普及しておらず、 金持ち層が持っているだけだった。 VCDが普及して、レンタルもなくなった。

◆海賊版VCD

中国の映画館で隠し撮りしたものなどを、中国語の字幕を消してトルコ語の字幕をつけて、 トルコでコピーしたものが多い。画像から中国語の字幕を消したのがわかる。 SARSがはやったときには、正規のレコード店の店頭には、 「海賊版CDにはSARSがついています」と貼ってあったところもあったそうだ。

◆テレビの映画事情

Cine5(シネベシュ)・・・・・ケーブルテレビの映画専門番組
Digiturk(ディジチュルク)・・・ CS(衛星)の映画・スポーツ・音楽番組

上記はいずれも有料で、ハリウッド映画、ヨーロッパ映画が主で、 トルコ映画はほとんど放映されない。

一方、民放ではトルコ映画を流していて、特にイスラム系の民放では、メロドラマや往年のトルコ映画を放映している。 トルコ映画(特に往年のトルコ映画)は貧乏人が観るものというイメージもあるそうだ。

◆紙媒体

雑誌の力はあまりなく、映画専門誌も少ないが、新聞の映画評はよく見かける。

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(取材:景山 咲子)
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