このページはJavaScriptが使われています。
女が作る映画誌 ー 女性映画・監督の紹介とアジア映画の情報がいっぱい
(1987年8月、創刊号 巻頭文より) 夢みる頃をすぎても、まだ映画を卒業できない私たち。
卒業どころか、30代、40代になっても映画に心が踊ります。だから言いたいことの言える本まで作ってしまいました。
普通の女たちの声がたくさん。これからも地道な活動を続けていきたいと思っています。どうぞよろしく。

『しあわせのパン』 三島有紀子監督インタビュー

カフェマーニの前の主人公夫妻

 北海道、洞爺湖のほとり月浦にあるパンカフェ「マーニ」を舞台に、オーナーの水縞夫妻と、カフェを訪れる心に痛みを抱えたお客さんたち。そんなお客さんとの四季のエピソードを綴った、こころ暖まる作品。四季折々の洞爺湖と、周辺の景色は旅情を誘います。

 都会の忙しさに疲れた心を癒してくれる、身体も心も休めたい方にお薦めの作品です。
羊のゾーヴァや、地元の郵便屋さん、いつも大きなかばんと共にカフェを訪れる謎の客、色とりどりのいろいろな野菜を売っている地元農家の子沢山夫婦、地獄耳のガラス工芸家なども登場し、この作品の広がりを見せてくれます。そして何よりもおいしそうなパンの数々が目を楽しませてくれます。


 東京から月浦に移り住み、洞爺湖が見渡せる丘の上でパンカフェ「マーニ」を始めた夫婦・りえさんと水縞くん。妻の水縞りえを演じるのは、『時をかける少女』以来多くの映画に出演。ミュージシャンとしても活躍し、2012年にデビュー30周年を迎える原田知世。夫の水縞尚には「水曜どうでしょう」(HTB/北海道テレビ)で人気者になり、今や、映画・TV・舞台と、全国区の活躍をしている北海道出身の大泉洋。

たくさんのパンたち(C)2011『しあわせのパン』製作委員会 水縞夫妻役の原田知世と大泉洋(C)2011『しあわせのパン』製作委員会
    たくさんのパンたち                 水縞夫妻役の原田知世と大泉洋
(C)2011『しあわせのパン』製作委員会

 「マーニ」を訪れる人々には、森カンナ、平岡祐太、光石研、八木優希、中村嘉葎雄、渡辺美佐子、大橋のぞみ(声の出演)、あがた森魚、余貴美子など個性的な俳優たちが四季の物語に彩りを添えている。

 NHKでドキュメンタリーなどを制作していた三島有紀子監督の長編初監督作品で、主題歌にもなっている矢野顕子with忌野清志郎の「ひとつだけ」にインスパイアされた三島監督自身が脚本を書きおろしている。


 北海道が好きで何度か北海道を旅したことがあるけど、一番印象に残っているのは25年ほど前、車に寝泊りしながら1ヶ月以上旅した時。その旅の途中、景色のよいところにある喫茶店(カフェというおしゃれな言葉は当時使っていなかった)やレストランに入っては長居をして、そこで、日記を書いたり、ぼーっとしたりしていたので、北海道で、しかも湖のほとりのカフェが舞台の作品ということで楽しみに観させてもらいました。

 ということで、北海道が大好きなのと、自然豊かなところで、宿泊付きのパンカフェを営んでいるという主人公夫婦のような生活が私の憬れなので、このような作品を撮った監督にインタビューさせてもらいました。


三島有紀子監督インタビュー


三島有紀子監督

編集部 宮崎(以下M):この作品は、主人公を演じている大泉洋さんが所属するチームナックスの鈴井亜由美さんが企画したものですが、どのような経緯で監督することになったのですか?
今まで関わってきた作品はドキュメンタリーが多いようですし、「人生で突然ふりかかる出来事から受ける心の痛みと再生」というテーマで作品を作ってきたという監督としては、今までと違う作品だったのでは、と思いますがいかがですか。

三島監督(以下監督):「劇映画を撮りたい」と会社を辞めた時点でドキュメンタリーではなく、ドラマの演出をしていました。映画の企画を書いては、持ち歩くという日々の中、鈴井亜由美さんを紹介されました。この企画は、鈴井さんが「北海道の知られていない魅力を伝える、女性向けの作品を作りたい」ということで始まり、その辺りを理解してくれる女性監督に撮ってもらいたいということで女性監督を探していたらしいのです。私の中で、心が少し欠けた人たちが再生に向かっていく物語を撮りたかったので、そのお話をすると「いいと思います」と言って頂けたので、是非撮りたいと思いました。だから、あまり違うという意識はないです。待ち望んでいた企画に出会ったという感じです。

M:どこかで、監督は「本屋とカフェとパンが好き」というのを見たのですが、まさに自分のツボにはまった作品ということですね。

監督:元々私は、北海道はいい意味ですが、外国だと思っていたんですね。独自の文化を育てていると思っていて。この映画の企画が立ち上がるずっと前、初めて北海道を訪れた時にびっくりしたのですが、飛行機から降り立つ時、本州の家の屋根ってだいたいかわら屋根で黒いのですが、北海道は青や赤のカラフルな屋根が広がっていて、「あっ 外国だ!」って思って降り立ったんです。野菜なんかもヨーロッパの品種が多いし、チーズだったり、バターだったり、パンがあったりと、私の中で非日常という感じがありました。それで漠然と、いつか北海道を舞台にした大人の寓話を撮ってみたいと思っていました。
寓話を描くというのも、この作品を引き受けたことのひとつです。この映画の撮影が終わってから、再度、この作品の本を書くために、このロケ地のカフェに行ったのですが、夜行列車で行き、帰りは飛行機という具合になりました。実は、撮影前から夜行列車の旅がとても気に入ってやみつきになっています。

M:もしかしてその体験が、夜行で来た老夫婦の話に生かされているのではないですか。
この洞爺湖の湖畔にあるカフェの感じがとてもいいのですが、ここで撮影しようと思った決め手はなんだったのですか?

監督:経験はすべて生かされたと思います。冬の北海道をシナハンしていて、牧場や羊の牧場、家具の工房などけっこうあちこち回ったのですが、この月浦にたどり着いた時の研ぎすまされた空気の冷たさ、差し込む光が気に入りました。それに、雪原につづく紺碧の洞爺湖と中島の景色がとても綺麗でした。洞爺湖は冬でも凍らないんです。そして、この作品の舞台になったカフェに入った途端、ここだと思いました。焼きたてパンの匂いとコーヒーの香り、洞爺湖を見渡すことができる大きな窓。この空間が好きだと直感し、決めました。

カフェマーニ(C)2011『しあわせのパン』製作委員会 中之島が見えるカフェマーニのベランダ(C)2011『しあわせのパン』製作委員会
        カフェマーニ              中之島が見えるカフェマーニのベランダ    
(C)2011『しあわせのパン』製作委員会

M:演出で心がけたことはありますか?

監督:まずはこの場所に馴染んでもらいたいということでした。数日前に入って過ごしてもらい、原田さんにはコーヒーを入れてもらったり、大泉さんにはパンをこねてもらったりして、1年を過ごしてきたという雰囲気を出してもらいました。馴染んでもらい、自然なたたずまいがが出ればいいなと思って、そのようにしてもらいました。
それと、他の人も含め、役の背景について書いた手紙をお渡しし、こういう人物であるということをわかってもらい、役作りをしてから現地に入ってもらうことで、自然な雰囲気を出してもらう。やはり、現場に入る前の準備が大切かと思います。あとは気持ちの流れを全体を通してきちんと見るというのが、自分が大切にしている演出です。

M:渡辺美佐子さん、中村嘉葏雄さん、光石研さん、余貴美子さん、あがた森魚さんなど、主役の二人以外のキャストも渋いと思いました。この方たちをキャスティングした経緯などを聞かせてください。

監督:渡辺美佐子さんは井上ひさしさん・作の舞台「化粧 二幕」を何度も見にいっていて、自分の映画にぜひ出演してもらいたいと思っていました。中村嘉葏雄さんは、『ラブレター』(1981年)を観た時に、男の色気というか、すごい役者さんだと感じたので、昔から自分が映画を作る時には出てもらいたいと思っていた役者さんでした。最初にお二人に出演してもらいたいということがあり、脚本は宛書でした。編集作業をしていた3月11日に東日本大震災が起こりましたが、わたしは阪神・淡路大震災を経験しているので、脚本の段階で阪神・淡路大震災で子供を亡くした老夫婦という設定にしていました。地震から立ち直っても人生は続いて行くからです。でもしばらくどう表現するか悩みました。
そしてあがた森魚さんはファンでしたし、光石研さん、余貴美子さんは、以前ご一緒させて頂いた事があって、是非とお願いしました。あがたさん、元々ギターの人なのでアコーディオンが弾けなかったんですが、この映画のためにものすごく練習してくれました。

M:おいしそうなパンがいっぱい出てきましたが、これはロケ地になったカフェの方が作ってくれたんですか? フードスタイリストとして石森いづみさんの名前がありますが、どのような役割だったんですか。

監督:はい、ロケ地になったカフェのご主人が作ってくれました。いろいろなパンを焼いていますが、クロワッサンなどはシンプルだけど味はしっかりしていてとてもおいしいんです。映画の中では、ここでは扱っていないパンも出てきますが、こういうお客さんにはどんなパンでもてなすか、それは夫婦の哲学が見える部分なので、石森さんと話し合って決めて行きました。素晴らしい映画人でした。

(C)2011『しあわせのパン』製作委員会
(C)2011『しあわせのパン』製作委員会

M:ぜひ、機会があったら、このカフェに行ってみたいです。
 監督自身のことを聞きたいのですが、映画少女でしたか?

監督:はい、4歳から映画を観ていて映画少女でした。大阪に大毎地下劇場というのがあったのですが(1993年に閉鎖)、毎週通っていました。実はその頃、踊りのバレエを習っていたんですが、そのすぐそばに大毎地下劇場があったので、バレエを習った帰りにいつも寄っていました。デビッド・リーンやトリュフォーなどが好きでした。またスピルバーグ世代でもあります。影響を受けた映画は『バベットの晩餐会』です。





*ここで時間が来てしまい、映画の成功をお祈りしますと言ってお別れしました。

三島有紀子監督プロフィール(『しあわせのパン』HPより)

大阪府出身。18歳からインディーズ映画を撮り始め、大学卒業後、NHKに入局。「NHKスペシャル」「トップランナー」など、『人生で突然ふりかかる出来事から受ける、心の痛みと再生』をテーマに、一貫して市井を生きる人々のドキュメンタリー作品を監督。11年間の在籍を経て、フリーランスに。以降、助監督をやりながら脚本を書き続け、『刺青〜匂ひ月のごとく〜』(09)で映画監督デビュー。テレビドラマ「京都地検の女」(07/EX)、「妄想姉妹~文學という名のもとに~」(09/NTV)、「LOVE GAME」(09/YTV)、「アザミ嬢のララバイ」(10/MBS)なども数多く演出。オリジナル脚本「世界がお前を呼ばないなら」は09年サンダンスNHK国際映像作家賞で優秀作品選出。



インタビューを終わって

 監督は、この映画のように、優しく涼やかな感じのかたでした。
シネマジャーナル本誌を渡したら、以前読んだことがあるとおっしゃっていました。
女性監督や女性映画人を応援しようとの思いからスタートした映画誌ということを話したところ、「浜野監督を初め、男社会の映画界の中で、頑張ってきてくれた女性たちがいたからこそ、今、私たちも映画を撮れる」と語ってくれました。それを聞いて、とても安心しました。

 1年以上インタビューをしていなくて久しぶりのインタビューで緊張してしまい、ボイスレコーダーを点検していったのにも関わらずうまく動かず、インタビューは筆記したものを文章に起こしました。ボイスレコーダーがうまく動かなくていろいろやっていたら、監督が手を貸してくれて一旦は動くようになったのですが、途中で電池切れになってしまい、あらたに乾電池を入れたのですが、結局うまく動きませんでした。
今までも、なぜだかここ一番というときに録音に失敗してしまったことがあり、カセットテープからボイスレコーダーに変えたのですが、今回も失敗。どうもインタビュー録音の失敗が私のトラウマになってしまっているようです。 久しぶりのインタビューで緊張しまくり、聞こうと思ったことの半分くらいしか聞くことができませんでしたが、この映画への思いと、この作品を撮るまでのいきさつを聞くことができました。
また、月浦とその周辺の自然の美しさに魅せられ、撮影ができたことへの充実感を感じ取ることができました。(暁)



『しあわせのパン』公式サイト http://shiawase-pan.asmik-ace.co.jp/index.html
 渋谷シネクイント、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか 全国公開中
(C)2011『しあわせのパン』製作委員会
 配給:アスミック・エース

>> 作品紹介

return to top

本誌「シネマジャーナル」及びバックナンバーの問い合わせ: order@cinemajournal.net
このHPに関するご意見など: info@cinemajournal.net
このサイトの画像・記事等の無断転載・無断使用はご遠慮下さい。
掲載画像・元写真の使用を希望される場合はご連絡下さい。