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女が作る映画誌 ー 女性映画・監督の紹介とアジア映画の情報がいっぱい
(1987年8月、創刊号 巻頭文より) 夢みる頃をすぎても、まだ映画を卒業できない私たち。
卒業どころか、30代、40代になっても映画に心が踊ります。だから言いたいことの言える本まで作ってしまいました。
普通の女たちの声がたくさん。これからも地道な活動を続けていきたいと思っています。どうぞよろしく。

『雪の下の炎』 楽 真琴(ささ まこと)監督インタビュー

楽真琴監督

2009年4月10日

 4月11日(土)からの公開にあわせ、ニューヨークから一時帰国した監督にお話を伺う機会をいただきました。

― いよいよ公開ですね。

やっとというか、ここでの公開が決まってからは、あっという間でしたね。最初にパルデン・ギャツォさんのことを聞いたのは、大学に入った頃のことでした。もっとも、名前も顔も知らなかったのですが、33年投獄されて生き延びた人がいるということを聞いて、ずっと頭にありました。12年前にニューヨークに行って、英語もたいしてしゃべれなくて、若くて、頭でっかちで、悩んでいた時に、ふっとパルデンさんのことを思い出したりしていた時に、本を見つけました。読み終わって本を閉じた時に、やすらかな彼の顔が表紙にあって。彼のことを撮りたいなと。

― 撮影中に、妨害を受けたことは?

撮影中は特になかったですね。撮り終わって、サンフランシスコの映画祭に出品した時に、中国領事館から出品を取り止めるようにと言われましたが、おろしませんでした。プロデューサーの家にも中国領事館の人が来て、映画のコピーをくれと言われたそうです。あと、ダライという名前でウィルスメールが何度か入ったりしました。

― 先日、あるところで知り合った中国の24歳の青年に、「21年前にチベットに行ったことがあるけれど、ずいぶん変わってしまったでしょうね」と言ったら、「中国政府はチベットの文化を大切に保護していますから、大丈夫です」という模範回答がかえってきました。

中国の人は事実を知らされていないのですよね。ニューヨークの中国領事館前で、昨年3月~8月にかけて抗議活動をしていたのですが、ある中国人留学生からは、「中国政府はちゃんとチベットに対応しているのに、なぜ?」と言われました。「お兄さんが暴動で死んでしまった」と泣き崩れたチベット人の話を聞いて、「知らなかった」と言っていましたが、彼らに理解してもらうのは難しい。でも、根気よく説明すればわかってくれて、中国は内側から変わっていくのじゃないかと思います。

― チベットだけでなく、世界のあちこちで同様なことがありますよね。この映画の製作には、ユーゴスラビア出身の方たちも加わっていますよね。

1人は45歳で兵役についたことがある人、もう1人の編集の女性は、26~7歳。それぞれの経験が違います。でも、国で動乱があるのは当たり前という背景があるので、チベットにもそういう思いがあって協力してくれました。コソボについては、チベットと似ている問題かもしれないですね。

― 企画は監督が立てられて、色々な方に協力を仰がれたのですね?

トライベッカ映画祭の中に、TAAという製作中のドキュメンタリーでマイノリティーを支援するプログラムがあって、資金は出してくれないのですが、人と繋げてくださいました。

― 資金調達が大変だったと思いますが・・・

資金集めはほんとに大変。インドなどへの取材費はあまりかからないのですが、チベットへの取材や、編集にはお金がかかりましたね。あちこち申請を出して、ニューヨーク市のart council の助成金などをいただきました。あと、NPOに個人が寄付をすると税金対策になるので、そういうnon profitの団体がサポートしてくれました。

― 楽さんは雰囲気がチベット人のようで、すぐに解けこめそうですね。言葉も出来るのですか?

チベットに行った時も、亡命チベット人だろうと言われました。チベット語はしゃべれませんが、100本以上のフッテージの編集をしているうちに、切れ目とか、どういう話をしているかなどがおぼろげにわかるようになりました。チベット語は読み言葉と書き言葉が違うし、発音も難しいし、字も複雑で、お坊さんなどはほぼ書くこともできますが、一般の人は相当教育された人でないと、なかなか書けないようです。

― 編集に当たって苦労された点は?

楽真琴

1年かけて編集して、パルデンの物語を伝えながら、チベットの色々なことを入れたいと思いました。チベットは非暴力で戦っているという点で珍しい戦い。仏教の教えが骨の髄まで入っているから、敵を恨むのではなく、敵のために祈りなさいという教え。そんなことも入れながら描きたいと思いつつ、泣く泣くあちこちカットして75分にしました。

― カット、カットでそぎ落としたものですね。中国の一般の人に見てもらいたい作品だと、つくづく思いました。

中国語字幕を付けて、草の根でもいいので、DVDを小さなところでスクリーニングしてくれるといいなと思っています。台湾ではチベットの何かの記念日に上映されたと聞いています。

― 観た人からの反応はいかがですか?

Webサイトから直接アクセスできるようにしてあるので、あちこちから反応がきますね。ハワイ、フランス、イタリア、スペイン、ドイツ・・・ チベットサポーターは、ほんとに世界の各地にいます。

― ダライ・ラマ14世が人民を置き去りにして亡命したことに不満を持つ友人もいるのですが・・・

ダライ・ラマ14世が亡命していなければ、チベットのことも、これだけ世の中にわかってもらえなかったと思います。接したチベットの人たちは、皆、ダライ・ラマ14世を尊敬していて、誰も怒ってないですね。もちろん、いろんな意見がありますが、あのままいたら殺されてしまったし、逃げていただいてよかったと。

― 次回作は?

チベットのことを、もうちょっと明るく描きたいなと思っています。あと、難民について興味があります。難民が何人いるということは発表されますが、その人たちが、何を思って、どういう風に生活しているか? 学校はどうしているのか? アフリカなど、どこかの難民キャンプで、1つの家族に焦点を当てて撮ってみたいと思います。

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アップリンク1階にあるレストラン「タベラ」のテラスで、春の陽を感じながらの30分。監督にお話を伺うより先に、私自身のチベットやインド北部のチベット難民のいる町への旅や、亡命チベット人と結婚した先輩のことなどをお聞かせしてしまいました。
ニューヨーク在住12年で、9.11事件をリアルタイムで経験した監督。その後の、ブッシュ大統領の信じられない再選。リベラルな人の多いニューヨークで、アメリカ人自身が、アメリカが国際警察のようにしてきているのは間違いじゃないかと、客観的に思い返す姿を肌で感じたと語られました。オバマが大統領に決まった時には、町中がゴーッとすごい音を立てて喜びに溢れたそうです。「ニューヨークは人類学の素晴らしい大学」と語る監督。今後もコスモポリタンな感覚に溢れた作品を生み出してくださることと楽しみです。

作品紹介はこちら

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(取材:景山咲子)

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