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女が作る映画誌 ー 女性映画・監督の紹介とアジア映画の情報がいっぱい
(1987年8月、創刊号 巻頭文より) 夢みる頃をすぎても、まだ映画を卒業できない私たち。
卒業どころか、30代、40代になっても映画に心が踊ります。だから言いたいことの言える本まで作ってしまいました。
普通の女たちの声がたくさん。これからも地道な活動を続けていきたいと思っています。どうぞよろしく。

『大阪ハムレット』光石富士朗監督インタビュー

於:渋谷・アートポート
光石富士朗監督

真冬とは思えないポカポカ陽気の12月19日、東京国際映画祭で会場を笑いの渦にした『大阪ハムレット』の光石富士朗監督にインタビューいたしました。

【光石富士朗(みついし ふじろう)監督プロフィール】

1963年生まれ。東京都出身。大学卒業後、フリーの助監督として廣木隆一、神代辰己作品等に参加し、プロの現場で活動を始める。02年、映画『おぎゃあ。』で予期せぬ妊娠をした少女が母になる過程を爽やかに描き出し、「遊び心があり、革新的でエネルギーに満ち、現実とファンタジーの融合に成功した希有な作品」と評価され、ハワイ国際映画祭にて、ネットパック特別賞(最優秀アジア映画賞)を受賞。その他の主な監督作品に、『富江repley』(00)、『まっすぐいこうぜ!』(04)などがある。脚本家としても活躍中で、シナリオ「さなぎ寝たまま」が『サンダンス・NHK国際映像作家賞2008』セミファイナリストとしてノミネートされている。

◆映画を生かすのは脇役たち

-- 私は森下裕美の原作を読んだことがあるのですが、紙面から浮かび上がる大阪的な雰囲気を、どう映画に現すのだろうかと思って楽しみに観ました。まさに、どんぴしゃりの空気感に驚きました。

ありがとうございます。森下先生もその点を心配していて、出来上がりを観て満足そうにしておられたので、僕もホッとしました。大阪は僕の母の実家があり、小さい時からよく行っていました。親戚も多く、割りとこの原作に書かれているのに近いことも、見聞きしていたので、東京人の私でも違和感なく撮れました。

-- どんな小さな役の方も大阪らしさを身にまとって演じていました。役者さんを決める時のご苦労をお聞かせください。

息子役三人を決めるのが一番大変でした。長男は中学三年なのに大学生に間違えられ、大人の恋愛をするし、真ん中の次男はヤンキー、一番下は「女の子になりたい」男の子。条件として息子たちは関西出身でやりたかったので、何ヶ月かかけて学校の休みや放課後に何十人かずつ呼んでオーディションしました。どの人物もデフォルメされたキャラクターなので、ぴたっとくる人物を見つけるのに非常に苦労しました。久野君の役は、もっとおっさん臭い候補もいました。大学生を使って中学生だとぬけぬけとやらせることも可能でしたが、久野君は童顔でありながらリアリティがありました。

-- 三人とも大変な役柄でしたが、みんな芸達者でしたね。脇を固める白川和子、本上まなみ、それにワンシーンしか出て来ない図書室の女子中学生、年上女房の老夫婦なども、いまでも鮮やかにそのシーンがよみがえります。俳優さんの選び方が細かいなと思いました。

僕の腕でしょうね。映画は、70%キャスティングで決まります。昔から脇が好きなので、手を抜かないですね。映画を生かすも殺すも脇役だと思って慎重に決めました。本上さんも、ほんのクッション部分で出番は少ないのですが、説得力のある場面になりました。

◆主役二人の対照的な存在感

光石富士朗監督

-- 関西弁がネイティブでない松坂慶子さんをあえてキャスティングされたのは? 頑張っていらっしゃいましたが、ふっと、よそ者の関西弁と感じるところもありました。

それはよく言われるんですよ。松坂慶子さんを起用したのは、彼女が台本を読んで気に入ってくださったのが、一番大きい理由ですね。「是非やらせていただきます」と返事をいただきました。松坂さんのくよくよしない、おおらかなお母さん役はぴったりで、岸部一徳さんの得体のわからない男を、包み込んでしまう役どころを自然体でやってくれました。さすが!と思いましたよ。

-- その得体の知れない男、岸部一徳さんは、いつもと違う役柄で、こういう喜劇調のものがぴったりなので意外でした。『大阪ハムレット』の題字が出てきた時に、彼が登場しましたが、光が射していましたね。

光が射したように見えるのですよ。彼が来ないと話が始まらない。原作だと、もう少しおめでたい感じなのですが。岸部さんはとてもシャイですね。彼の役は、知らんまに入り込んで、気がついたらいつもいる…みたいな捉えどころのない男です、大阪にはあんな感じの男が普通にいるんですよ。いつの間にかいる、誰もが彼のことをはっきり知らないし、突き詰めて聞こうともしない… そこんとこの曖昧さを、本当にうまく演じてくれて、松坂さんとの呼吸もぴったりで、嬉しくなりました。

◆リアルな日常を演出

-- 原作の漫画だと、台詞は目で追います。映画での台詞の間の取り方、関西風な体の動かし方などに目を見張りました。声を張り上げるところと、つぶやくところなどもうまく調和されていたと思います。

そうです。もう細かく細かく指示しました。シーンの前に、日常を作り出していくことを皆で集まって話して、例えば洗濯物を取り入れるところなども話し合いました。一度はけて、カメラの位置を決めて、松坂さんにも、「あと5cmこっち」とか指示しました。その場面、その場面にリアルさがなければ、観てくれているお客さんが入って来てくれません。松坂さんに「監督は舞台の演出をなさったことがあるでしょう?」と聞かれたほどです。役の上で喧嘩ばかりしていた次男の森田直幸君もよく僕の言うことを聞いてくれて、苦労しながらも、体の動きをよく勉強してくれました。原作は漫画ですが、映画では生身の人が演じるわけで、「日常では、そういう表現はしません」というと、三人の子も含めて皆わかってくれて、今どきの若い子だけど、やはりプロだなぁと感じましたよ。

-- 最後の食事で関東煮(かんとだき)が出てきたのは、関西育ちの私にとってはツボでした。

コロも出そうかなと思ったら、それはちょっと古いと言われました。岸部さんの役は、寄生虫体質。意外とマメなのではと、立派なお重のお弁当を作ってみたり、洗濯をしたりするところを描きました。最後ににこやかに笑う場面は、本読みの時には、「本番の時でいいですか?」と言ってやってくれなくて、本番でいい笑顔出してくれました。現場には電車と徒歩で来るし、自然体の方ですね。

◆高校生の時に監督になることを決意

-- この映画を観て、監督になろうと思ったという作品はありますか?

岡本喜八監督の『肉弾』。中学校3年生か高校1年の時に観てですね。その前後にアメリカン・ニュー・シネマ(1960年代後半から作られ始めた、従来のハリウッド映画とは違ったタイプの作品群)や、ATG(日本アート・シアター・ギルド)などの社会派の硬派な作品なども観ていて、映像世界に入ろうと思いました。高校の時からずれてないですね。仕事を始めてからは、やめようかなと思ったことは何度かありますが...

-- 尊敬される監督さんは?

市川崑監督、ロバート・アルトマン監督、ニキータ・ミハルコフ監督などが好きです。ニキータ・ミハルコフ監督は先日の東京国際映画祭で黒澤明賞を受賞されて、僕の出番の前に登壇されたので嬉しかったですね。

◆オリジナルで2本構想中

光石富士朗監督

-- 今後の作品のご予定などお聞かせください。

二つばかり構想しているのがあります。一つは家族の物語で、大人になりきってない家族。もう一つは母子家庭で起こったネグレクトの原因を掘り下げていくものです。日本がこれからもっと抱えて行くであろう闇の深さや、どうしてそうなったのか等を、探ってみたいと思っています。

-- 『大阪ハムレット』とは随分おもむきが違う作品になりそうですね。構想からお始めになるのは大変な作業ですが、楽しみにしております。今日は貴重なお時間をさいていただき、ありがとうございました。

★取材を終えて

『大阪ハムレット』のかもし出す、なんともほんわかした雰囲気は、15歳まで神戸で育った私にとって郷愁をそそるものでした。冒頭のお通夜の席での笑いを誘う会話も、関西ではありだなぁ〜と。小さい頃、日常会話がまるで漫才のような世界で育った私には、東京の人たちの冗談はつまらないなぁ〜と感じたものでした。今回、監督にお会いして、関西育ちでない監督が、大阪の日常をいかに描こうと努力されたかを伺うことができました。東京国際映画祭のグリーンカーペットで、華やかに手を振る松坂慶子さんの脇で、静かに見守っていた監督の姿を思い出し、感慨深いものがありました。(景山)

実は監督インタビューはこれが始めてで、前夜は緊張して寝つきが悪かったのですが、光石監督のざっくばらんのお人柄に助けられました。前々日に試写で作品を観て、10個ほど質問できればいいかな、と準備いたしましたが監督は的確にお答えくださったので、半分ほどの時間で質問がなくなり、もっと前準備を丁寧にしておけばよかったと焦っていた時に、監督はシネマジャーナルを手に取って「これは、どこで買えるの?」と、いろいろ聞いてくださり、感激いたしました。(白井)

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(取材:景山咲子(写真)、白井美紀子(まとめ))
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