女が作る映画誌 ー 女性映画・監督の紹介とアジア映画の情報がいっぱい
(1987年8月、創刊号 巻頭文より) 夢みる頃をすぎても、まだ映画を卒業できない私たち。
卒業どころか、30代、40代になっても映画に心が踊ります。だから言いたいことの言える本まで作ってしまいました。
普通の女たちの声がたくさん。これからも地道な活動を続けていきたいと思っています。どうぞよろしく。
グローバル化を考える その1

『ボーダータウン 報道されない殺人者』
グレゴリー・ナヴァ監督インタビュー

チラシ

 女性は、特に主婦ともなると多くの人が1円でも安いものを買おうとがんばります。かくいうわたしもその一人です。しかし、手にした品物がどこで、どのようにして作られたものなのか、思いをめぐらせたことはありますか?

 1990年代から経済のグローバル化は急速に進み、先進諸国の企業は安い労働力を求めてメキシコや、中国、東南アジア、東欧などに工場を次々に建設しました。工場建設地には新たな雇用を生み出すわけで、受け入れ側の各国政府も歓迎してきました。その結果、消費者は安くものを買え、企業は莫大な利益を生んできました。しかしここ数年、グローバル化による弊害が顕著に表れ始めています。不当に低い労働賃金、過酷な労働環境。地元住民たちに利益をもたらすどころか、地元の産業構造をも破戒して一層の貧困をもたらす結果となり、ひいては社会不安を引き起こしているという事実。これをテーマとした映画作品も次々発表されるようになりました。シネジャでは、そのようなテーマをもちながら、異なるタイプの映画2作品の監督にインタビューをすることができましたので、順次みなさまにお伝えしていきます。

 まず10月にシャンテ シネほかにて公開される『ボーダータウン 報道されない殺人者』は、そんな社会背景の中、実際に起きている未解決事件を基にした物語です。

 舞台はメキシコのフアレスという、アメリカとの国境近くにある街。そこには北米自由貿易協定(NAFTA)成立以後、たくさんの外資系工場が建ち、多くの若い女性たちが安い労働力として集められ工員として働いています。そんな女性たちばかりを狙った連続殺人事件が1993年から続いており、以来15年間で5000人もの被害者が出ていると言われます。しかし真剣な捜査はいまだ行われておらず、犯人は一人として検挙されず、正確な被害状況もわからない状態です。
 物語はそんなフアレスにアメリカの新聞記者ローレンが上司の命令により派遣されることからはじまります。乗り気でない彼女ですが、海外特派員の椅子というご褒美をちらつかせられて、フアレスへと向かいます。そこではかつての仲間ディアスが新聞社エル・ソロを経営し、数々の弾圧に屈せず真実を報道しようと奮闘しています。ローレンは事件の唯一の生還者である少女・エバと出会って、事件の闇の深さを知るにつれ、ジャーナリストとしての誇りと使命感を取り戻していくのです。しかし真相をつかんだと思ったとき、彼女たちの前には大きな壁が立ちはだかります。

 物語の背景はリアルで、内容は硬派ですが、ジェニファー・ロペスとアントニオ・バンデラスといったスターが出演し、サスペンス・エンタテインメントとして楽しめる作りになっています。また、上司役のマーティン・シーンが思わず口にする言葉や、エバを演ずるマヤ・ザパタの表情ひとつひとつが印象に残ります。日本でも人気の歌手フアネスが本人役で出演しているのも見逃せません。彼はフアレスの女性たちを支援したいと無料で出演してくれたのだそうです。

 公開に先立ち、グレゴリー・ナヴァ監督が来日し、この映画に対する熱い思いを直接うかがうことができました。

グレゴリー・ナヴァグレゴリー・ナヴァ(監督・脚本・製作)

1949年 アメリカ生まれ
『エル・ノルテ/約束の地』(83)でアカデミー賞脚本賞にノミネート。『ミ・ファミリア』(95)、『セレナ』(97/未公開)ではジェニファー・ロペスと組み、『セレナ』の演技で彼女はゴルーデン・グローブ主演女優賞にノミネートされた。
その他の代表作は、『デスティニー/愛は果てしなく』(88/監督)、『フリーダ』(02/脚本)など。

--- 映画を観て、これほど多くの女性たちが殺されていながら、15年もの間放置されてきたという事実にまず非常に驚きました。

 この映画も一つの発端になって、メキシコ政府やフアレスの役所、警察当局に対して、圧力がかかり始め、何とかこの事件を明るみに出そうとしているにもかかわらず、まだ殺人は続いています。一連の事件で、未だ一人として犯人は検挙されていませんし、正式な調査というのもされていません。それどころか、つい最近メキシコ政府は正式な声明として、これは全部嘘だ、こんな事件は起きていないと公言したのです。
 舞台となったフアレスでこの映画が公開になったとき、ジャーナリストたちは政府を恐れて公開されたという事実を新聞などに一切掲載せず、公開された劇場や劇場の前に張られたポスターをマシンガンで撃ち抜かれるといった嫌がらせも受けました。

--- 監督はこの連続殺人事件について人から聞いたり、メキシコのジャーナリストによる報道を見たことがあって、映画を作ろうとおもったと伺いました。監督が事件について知った頃というのは、メキシコ国内では知られた事件だったのですか?

 わたしが事件の起きた土地の近くで生まれ育ったと言うこともあって、その一帯で起きる事件や問題に対してとても興味を持っていました。わたしのように、問題意識や興味がある人間は事件について知っていたと思いますが、一般には全く知られることのなかった事件なんです。ジャーナリストたちも、そのことを記事にすれば自分の身に危険が及び、まさに映画の中でアントニオ・バンデラスが演じた役の通り、実際に命を狙われたり、妨害を受けたりといったことが相次いでいましたので、一般的に知られるのは随分遅かったです。
 今ではアメリカの有力紙でも取り上げられて知られるようになったのですが、それでもこの事件がNAFTAと非常に密接に関わりがあるということを書いている記事はありません。二つのことを関連づけないようにという記事はあって、それは結局アメリカやメキシコ政府からの圧力があるからだと思います。

--- でも監督は二つには関連があるという確信があるわけですね?

 はい、1992年にNAFTAが締結され、1993年にフアレス付近に工場が次々に建ち始めて、1994年からこの事件が起き始めているのですから、絶対に関連性があると確信しています。

--- 監督自身が事件を知ったのは何年頃ですか?

 起き始めてすぐですね。1994から95年にかけてです。
 犠牲者のほとんどが工場で働く女性たちだったのです。彼女たちは1日4,5ドルの給料で働き、工場から街を通り抜けた向こう側に広がるスラムに住んでいます。工場は24時間体制なので、彼女たちは夜中に砂漠の長い道のりを歩いて帰らなくてはなりません。それに対して何の保護措置もとられないため、次々事件が起きてしまうのです。
 工場にとって、彼女たちの命の重さはとても軽く、死んだっていくらでも代わりはいると、全く誰も見向きもしません。しかし、彼女たちの命はわたしたちと同じように大切なものなのです。彼女たちにも魂や、夢や希望があって、恐怖に怯えることなく生きていく権利があるはずなのです。
 ですから、NAFTAとの関連性は、大きな背景や状況を見れば一目瞭然だと思います。

--- 最近、グローバル化という名の下に行われる搾取によって苦しむ人々をテーマにした映画が増えてきていると感じています。

 おっしゃるとおり、これはメキシコだけの問題ではなく、世界的に広まりつつある現象です。フアレスはその最初の例なのです。何千人という女性たちの命が軽んじられていても、誰も見向きもしない、何もしようとしないという状況が続くと、どんどん状況は悪くなる一方で歯止めがきかなくなるものなのです。この映画はそういった状況への警告であるとも思っています。

---  監督は今回、実際の事件を元にドラマを作られました。ドラマにするということは、事実と創作、映像上の演出がミックスされていくわけですよね。すると観る側は「いったいどこまでが事実なのか?」という疑問がのこります。遠く離れた事情のよくわからない国が舞台である場合は、特にそうです。そんな疑問をもった観客に対して、監督はどんな説明をされますか?

 物語が持つ長い歴史の中で、事実に基づいた物語であるとか、物語を通して社会的なメッセージや世の不正を訴えるということは何千年と行われてきたことです。『レ・ミゼラブル』のヴィクトル・ユーゴーや、偉大な日本人監督溝口健二の『西鶴一代女』『山椒大夫』のような作品でも描かれています。フィクション(つくりもの)とはいえ、あくまで人間に関するドラマを描くことによって、大いなる真実を伝えることができるのです。
 物語というのは今までの歴史の中で、世界を変えてきたのです。人間のドラマというのは、ドキュメンタリーや新聞の記事なんかよりも、よほど人々の心に直接訴えかける力を持っていると思います。自分の人間性の部分に訴えかけられると、人は自分も何かをしなくてはという気持ちになると思います。

--- 映画を作って何か具体的に状況が少しでも改善されたことはありますか?

 日本やヨーロッパなど映画が公開される各地で、今まで知られることのなかったこの事件が明るみに出ることによって、注目されるということは大きな力だと思います。先ほど話した劇場がマシンガンで撃ち抜かれたりといったことは、抑圧の一つではあるのですが、それは真実が明るみに出ることを恐れてそういうことが起こるのですから、そういう意味でも色々な影響を与えていると思います。

--- ところで、監督が映画監督になろうと思ったきっかけになった作品はありますか?

グレゴリー・ナヴァ 子どもの頃から映画が大好きで、漠然とこんな夢のような世界を作ってみたい、映画の仕事がしたいと思っていたのですが、決定的だったのは高校生の時に見た黒澤明監督の『生きる』でした。ものすごく感銘を受けて、こういう人間性についての、人間のあり方についての映画が作りたい、そのために映画監督になりたいと思ったのです。ですから、ずっとそういう映画を作ってきました。 この『ボーダータウン』も、表面的にはスリラーであって、観る側にとってはドキドキする作品だと思いますが、本質は人間のありかたについての映画なんです。ジェニファー・ロペス演じるローレンは、エヴァと出会うことによってキャリア中心のこれまでの生活がいかにむなしいものであったかに気づいて、本来の自分を再発見していくんです。ローレンが自分自身に問いかけることになる質問が、実は『生きる』の主人公が自分に問いかける質問と全く同じなんです。「自分が生きていく中で本当にやりたいことは何なのか? 本当に大切なことは何なのか?」 彼女の答えはキャリアを築くことではなく、人々を助ける人間になるということでした。

--- 作品からもお話からも、ジャーナリズムあるいは表現の自由の危機について、監督個人として身近に感じているように見受けられますが。

 まさに報道の自由は失われつつあって、特にメキシコでは報道機関としての機能を果たせていません。それに関しては非常に危機感をもつべきだと思っています。新聞の発行部数やテレビの視聴率が一番大事だと考えられてしまっている時代です。報道の自由が完全に失われたというわけではないですが、危機的状況であることは確かで、なんとかそこから抜け出さなくてはなりません。我々は真実の情報ということに関しては報道に頼っているのですから、そこから真実がえられないのであれば、社会の信頼は失われてしまいます。これはわたしがドラマを作るもう一つの理由でもありますね。

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(取材・写真・まとめ:梅木)
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