女が作る映画誌 ー 女性映画・監督の紹介とアジア映画の情報がいっぱい
 (1987年8月、創刊号 巻頭文より) 夢みる頃をすぎても、まだ映画を卒業できない私たち。
 卒業どころか、30代、40代になっても映画に心が踊ります。だから言いたいことの言える本まで作ってしまいました。
 普通の女たちの声がたくさん。これからも地道な活動を続けていきたいと思っています。どうぞよろしく。
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安田真奈監督インタビュー

幸福のスイッチ チラシ画像

10月14日(土)よりテアトル新宿、テアトル梅田ほかにてロードショーされる『幸福のスイッチ』は、かつてOL映画監督として『オーライ』『ひとしずくの魔法』などを撮ってこられた、安田真奈監督の初劇場公開作品です。日常生活の中にある、人の優しい気持ちを丁寧に描くのが監督の持ち味ですが、この作品では、それが最大限に発揮されています。田舎の電器屋さんを舞台に繰り広げられる、心温まる家族の絆の物語。様々なシーンで、「あるある、いるいる」と共感して、楽しくなること請け合いです。

シネマジャーナルでは、以前本誌55号にインタビューを掲載させていただいています。今回、嬉しいことに再びインタビューさせていただくことができました。

安田真奈

Q. 監督は電器メーカーで10年ほど働いていたそうですが、実はわたしも同じでして、しかも新人研修の時に、まさに映画の「イナデン」のような田舎の電器屋さんに1ヶ月間販売研修でお世話になったことがあるんです。ですから、映画の中で描かれていることが、本当にリアルで驚いたんですよ。今回は以前いた会社の協力とかもあったんですか?

特別協賛ということで展示する商品や看板を貸してもらったりとか、あと内容を気に入っていただけたんで、電器屋さん対象の試写会を開いて紹介してもらったりしてるんですよ。そしたら、東と西の電器屋さん対象試写会にわたしも両方立ち会ったんですけど、反応が微妙に違うんですよね。首都圏の電器屋さんて、日々量販店との戦いになっていて、「時間掛けて一軒一軒丁寧にやりたいけれど、できないのが現実さ」みたいなのがあるから、会場全体の雰囲気は良いんだけど、共感の度合いがちょっと大阪よりおちるかなというのがありました。毎日大忙しで量販店と競っている人からしたら、「あんな暇なんありえへん」てことになるんですけど…

Q. いや、ありますって。

そう、常連客2時間ぐらい、いてはったりしますやん。ありえへん言われても、田舎の店はこうやもん、て思ったりして。

Q. 本当に電球一個でも取り替えに行ったりね。

それが冷蔵庫売ることに繋がったりして。ほんまに、古くて新しい題材なんですよ。

Q. また映画の中のお客さんが、うちの親なんですよ。いつも世話になってるから、そこ以外では買えへんて言うんです。さらに、わたしは若い方の人間で、量販店の方が安いんだから、行ってみたらと言ってしまう悪い人なんです。でも、この映画を観て反省しました。やっぱり生態系はむやみに壊してはいけないんだと。

でもね、電器屋を知らない人がこの映画を観ると、「あんなんドラマ的に作ったエピソードですよね?」とか言わはるんですけど、そうじゃない。ほんまに田舎の電器屋にあるエピソードを、みんな知らないから面白いだろうと思って、題材に選んだんです。相当取材をして書いたんで、もう全部実際にあったことをネタにやってるんです。例えば、補聴器のエピソードや、マッサージ機を隣の部屋に移動してというのもそうやし、「明かりを替えたら人生明るくなった」っていうのもそうです。電器屋さんを取材ばっかりしててもわからんことがあるから、何日間か働かして下さい、バイト代いらんから(笑)って、店をお手伝いしてみました。その時に、凄いハイテンションな奥さんが店に入ってきはって、「台所の電気替えたら、人生明るくなっちゃって〜、隣の部屋も替えて欲しいわぁ」って注文しに来たんですよ。その時は、何言うかなぁってびっくりしたんですけど、もう少し聞いてみると、その方は専業主婦なんで人生のステージが台所なんやなと思って……それをストーリーに取り入れました。あること、あることでドラマを作ってるという感じなんです。

幸福のスイッチ 場面写真
©2006 「幸福のスイッチ」製作委員会

別にこれは電器屋プロモーション映画じゃなくて、家族の物語ですが、ドラマの厚みを出すために舞台の取材とか、ディテールがどれだけあるかというのが大事なんで、その点は相当気を遣いました。

Q. このお話の構想は2002年にインタビューさせていただいたときに、もうあったじゃないですか。

ありましたよぉ。構想10年ですから。

Q. あの時は、音楽をやっている若者が絡むというお話でしたが…

そうそう、弟がおって、お姉ちゃんがおって、弟が継がんというようなことを言い出して、というストーリーを考えていたんです。

Q. かなり改稿したんですね。

そうですね、10回以上改稿しましたし、設定も2人姉弟から3人姉妹に変えましたし。

Q. 舞台が電器屋では地味だとさんざん言われたそうで…

そうです。脚本書いてから3年かかりました。

Q. それでも映画化にこぎ着けた、決め手は何だったんでしょう?

決め手ねぇ。プロデューサーが言うには、わたしが諦めなかったから、ぼくもやろうと思ったって。2002年の秋に電器メーカーを退職したんですけど、そこから脚本を書き始めて、撮影が決まるまでに3年かかってるんですね。あたま2年は、あちこちで地味や、地味やと言われて、取材続けて、働いてみて、何度も書き直してということをしてました。後の1年は今回のプロデューサーに出逢ってからなんです。プロデューサーは「地味だけどいい話じゃないか」と気に入ってくれたんですけど、会社の決済がなかなかおりず(笑)。その間に男を主人公にしたり、研修生の話にしたり、色々とプロットを変えて、結局3姉妹にたどり着いたんです。そして上野樹里ちゃんが決まったことで、ギリギリなんとか映画化にこぎ着けたって感じでしたね。

Q. 上野樹里さんは今年色々な作品に出ずっぱりですよね。

そうですよねぇ。彼女の良いところは、一杯出ているけど全部顔が違うんですよね。『スウィングガールズ』と『亀は意外と速く泳ぐ』とこの『幸福のスイッチ』では全然違う役者に見えるから、巧みなんですよ。

Q. 最初にポスター(チラシ写真参照)を見たときに、誰だろう?って思っちゃいました。いつもと全然違うから。

ぶんむくれ状態の顔です(笑)

Q. 3人姉妹の書き分けが凄く巧くて、わたしも3人姉妹で、しかも真ん中だったので、あのイジケ具合がよくわかりました。

幸福のスイッチ 場面写真
©2006 「幸福のスイッチ」製作委員会
わたしは弟しかいないんですよ。電器屋さんも相当取材してお父さんのキャラクターを作ったんですけど、3姉妹で行こうかということになったときに、姉妹がいる友人達に「どうなん、お姉ちゃんと?」てな感じでヒアリングしました。それからイラストレーターという設定に決めたときも、イラストレーターやデザイナーの知り合いや会社の人に「若手のちょっと鼻高々の子が辞めるパターンは?」とか聞いて。フィクションドラマでも、リアル感を出すために、取材した上で作りたいんです。

Q. イラストは実際のイラストレーターに描いてもらったものなんですか?

そうです。美大生の人に描いてもらいました。

Q. いつも突っ張っている次女が描くにしては、とても可愛らしい絵で、実は二番目にはそういう可愛い部分があるのよ、みたいなものを感じました。

シュールかわいいみたいなね。

Q. イナズマ坊やの絵はまた別の人ですよね。

そうです。あれは次女の古き良き純真な頃の落書きを元に、お母さんが描き直したものという設定ですから、明るいタッチで。

Q. お母さんは最初からいないという設定だったんですか?

いえ、弟がいるという設定の時には、お母さんは存命でしたね。3姉妹にした段階でお母さんにはちょっと亡くなってもらったんです。

幸福のスイッチ 場面写真
©2006 「幸福のスイッチ」製作委員会
Q. 今回のキャスティングが凄く良かったんですけど、これはどうやって選ばれたんですか?

実は、主演女優がなかなか決まらなくて……人気が高いから難しいかもしれないけど、いっそ樹里ちゃん狙いで脚本を書き直そうかとなったんです。樹里ちゃんをイメージして書いたから、元の脚本より若い設定になって、電球を割るシーンなんかの面白い要素が加わったんです。本上さんは大体脚本のイメージからと、関西弁の自然な人で固めたかったんで、大阪出身の彼女にお願いしました。末っ子は、何が何でも関西の子じゃないと言葉が無理ということで、オーディションをして中村静香ちゃんに決めました。お父さんがなかなか決まらなかったんですよ。他の役者さんでも「いいねぇ」と言って下さった方がいらっしゃったんですが、スケジュールが樹里ちゃんと合わないとかで決まらなくて。わたしもこないだまで会社員やって、今回まだデビュー作やのに「沢田研二さんじゃないと!」なんて言うわけないやないですか(笑)。発想もしない、想定外やったんですけど、思いもかけずプロデュースサイドが、「ダメもとで一回脚本読んでもらわへん? つてあるから」と、沢田さんにつないでくださったんです。なんか笑いながら読んではったらしいですけど。で、何とか5日間だけ来ていただいたんです。

Q. 5日間ですか。結構出番がありますよね。色んな格好でいなくちゃいけないし。

何となく、もうちょっといるように見えてるでしょ。

Q. いないところは病院に行っていることになっているので、配分上手かったですねぇ(笑)。でもギブスはめたまま工事に行ったりして、ジュリー頑張ってるなぁって思いました。

最初の脚本のイメージよりも、更にちょっと愛敬を出して下さったんですよね。憎めないお父さんの感じが面白くなったんで、大ストライクやったなぁと思ってます。

Q. それに色気がありますよね。だから女の人とも何かあったのかもと思わせるのに納得がいきます。わたしなんか、リアルタイムでタイガースを見たくちだから、余計に。ただのお父さんじゃなくて、ちょっと艶っぽいところもある。

段々、樹里ちゃんと本当の親子のように見えてくるのが感激でした。
わたしは、嵐の夜が終わった後でバンの中で樹里&ジュリーが話すシーンが凄い好きで。納品のことしか喋ってないんですけど、気持ちが歩み寄るのが伝わってくる2人のお芝居がとてもいいんです。こんなシーンにしたいなと思って書いたのを、それ以上に素敵にして下さいました。

Q. 全部ロケーション撮影ですか?

そうですね。イナデンのお店は地元にあった空き倉庫を改造して作りました。

Q. お客さんの家の上がり框などは、普通のお宅に許可を取って撮影したんですか?

そうです。和歌山県田辺市のフィルムコミッションの方がもの凄く活躍して、そこら辺のマネージメントをして下さったんです。「ここのお宅の玄関が良いですね」と言うと、「じゃあ、誰かつて探して交渉しますわ」みたいな感じで、選ぶことができました。

Q. では、みかん畑のおばちゃんたちは地元の人ですか?

難しい台詞のある役は大阪の役者さんにお願いしました。
例えば電気をパチッとつけるおじいちゃんとか、ラジカセ教えてもらうおばあちゃんとか、大きな芝居の必要がない役は地元のエキストラさんにお願いしました。エキストラオーディションに180人応募があったんですよ! でね、クランクイン・パーティーってのやったんですよ。樹里ちゃんとかが挨拶したりしたんですけど、有料にもかかわらず800人来られたんですよ!「我が町に映画が来た」状態で歓迎してもらいました。

Q. つい最近観た『海と夕陽と彼女の涙 ストロベリーフィールズ』(太田隆文監督) も田辺市が舞台だったので、続けて田辺で驚いたんですよ。

地元を映画で盛り上げたいというのがあるようですね。
わたしずっと関西なんで、東京とかで制作されているドラマなんかの関西弁を聞くと、「なんでヤクザっぽかったり、漫才ぽかったりするねん」て、凄い違和感があるんですよね。普段の関西弁のやわらかい感じとか、お節介だけど暖かい、人付き合いの垣根の低さというものが、関西人の良い文化だと思うんですけど、東京制作では、なかなかそういうものが出てこないんですよ。

Q. 誇張しすぎなんですよね。

「関西のおばちゃんは、みんなウルサイと思てるなぁ」みたいなね。それで、ずっと関西舞台でロケハンしてたんですよ。神戸だの、滋賀だの回ってるうちに、プロデューサーが「和歌山は、ご当地映画のような企画をやりたいという話もあることやし、いっぺんロケハンしてみたら?」というので、行ってみたんです。そしたら丁度、田辺が山の緑、海の青だけじゃなくて、みかんのオレンジ色が入ったり、2月になると梅がパーって咲いて白い色が広がったりで、素朴な中にも彩りがあったんです。それで是非、田辺で撮りましょうということになったんです。

Q. その色を撮るために、撮影時期を2月にしたんですか?

それは樹里ちゃんの日程が、2月なら空いてると言われて決まったんですけど、それも幸いしたんですよ。梅のほころんでいく姿と樹里ちゃんの気持ちとを重ねられましたしね。

Q. 撮影は1ヶ月ぐらいですか?

実数24日です。滞在は準備期間含めて1ヶ月ちょっとですね。

幸福のスイッチ 場面写真
©2006 「幸福のスイッチ」製作委員会

Q. 主題歌のベベチオさんはどう言った経緯で決まったのでしょう? エンディングの歌を聞いて、なんて映画にピッタリなんだって思ったのですが。

でしょう! 映画のラッシュをつないだもの観た後に、考えて作ってくれはったんですよ。だからよかったんです。既にある歌をくっつける、よくあるタイアップではないんです。

Q. ベベチオさん自身が持ってる雰囲気と映画の持つ空気も似ていますよね。

それはもう幸いでした。私はタイアップ曲をつけるのに抵抗があったんです。今回もサントラを、原夕輝くんという『オーライ』の頃から音楽をやってくれている彼にお願いしたんです。彼のサントラがすごく好きで、ドラマを上手いこと支えて構成してくれて、盛り上がるところで盛り上げすぎない。最初にエンディングになるテーマを作って、それを各所にばらしていくんですね。だから最後のエンディングで全ての要素が集まって盛り上がるんです。「いいやん、原くんのエンディングで…」と思ってたんですけど。
この映画では芝居がかったセリフではなくて、普段の会話だけで情感を出そうと心がけていました。そうした感覚が幸いベベチオさんとは打ち合わせの時から一致したんです。ベベチオさんの書く歌詞は、常に想いはアツイけどストレートに臭くなく、浮遊感があって優しいんです。そのトーンが映画の持つ空気とマッチすると思ったので、ベベチオさんならば、ということでお願いすることにしました。ゴンチチさんと同じHIP LAND MUSICでプロデューサーも一緒なんですよ。それに、片方のメンバーは、わたしの家から歩いて5分の所に住んでるんです(笑)。

Q. ところで、監督が映画に惹かれるきっかけになった作品は?

森田芳光監督の『家族ゲーム』です。

Q. それが決定的ですか?

そうです。高校の時に観て、中流家庭に家庭教師が来るだけの、何のスペクタクルも無い日常的な設定なのに、なんでこんなに面白いんやろ!て思って。やっぱりそれは脚本という土台と、「こっちやで〜」って役者や撮影隊を引っ張っていく監督のディレクションやねんやろなと思って、その二つをやりたいと思ったんです。

Q. その後コレは!という作品は出てませんか?

どの映画が好きか強いて選べと言われたら、パトリス・ルコント監督の『髪結いの亭主』ですね。あれも2人が暮らしているだけなんだけど、良い空気感がありますよねぇ。最後は究極の愛みたいな感じで。なんてこと無いのに、なんて素敵な時間なんやろって、その積み重ねがすごく好きですね。

Q. 目指すところはそういう世界ですか?

いやぁ、あんなにオシャレなのは撮れません。関西人なので、どうしても笑いを入れてしまいたくなるから(笑)

Q. 『幸福のスイッチ』というタイトルは最初から決まってたんですか?

最後に決めました。ずっと違うタイトルで考えてたんですけど、内容が固まってきた頃に、中高年の方にもピンと来るタイトルにしましょうと言われて、これにしました。結果的にこれで良かったなと思います。別に会話に「幸福のスイッチはね・・・」なんて、あり得ない臭いセリフが入る訳じゃないけど(笑) 。幸福のスイッチって、きっと足下近くにあるものですが、主人公はついつい見逃してしまっていて、それを見つける話なので、きっとご覧いただいた方も家族や自分に重ね合わせて、自分の幸福のスイッチは何かなと探してもらえるんじゃないかなと思います。

Q. 電器屋さんですしね。

それもかけてね(笑)。気分が切り替わって、自分は意外と幸せかもって思えるようなスイッチをね。

安田真奈

安田監督は現在妊娠中で、お腹がだいぶ大きくなられてました。そんな中、映画の宣伝活動は大変ではないかと思うのですが、監督は元気いっぱい。沢山楽しいお話をして下さいました。
お子さんが生まれたら、子育て体験を生かした楽しい作品をまた作ってくださるのではないかと、今から期待しています。

なお、ここに掲載したインタビューの内容は一部分です。本誌69号にも掲載予定ですので、そちらも是非ご覧下さい。

作品紹介はこちらをご覧下さい。

『幸福のスイッチ』公式サイト

安田真奈監督の公式サイト

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(取材・写真:白石、梅木 まとめ:梅木)
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