女が作る映画誌 ー 女性映画・監督の紹介とアジア映画の情報がいっぱい
 (1987年8月、創刊号 巻頭文より) 夢みる頃をすぎても、まだ映画を卒業できない私たち。
 卒業どころか、30代、40代になっても映画に心が踊ります。だから言いたいことの言える本まで作ってしまいました。
 普通の女たちの声がたくさん。これからも地道な活動を続けていきたいと思っています。どうぞよろしく。

『マリといた夏』(My Beautiful Girl, MARI)

イ・ソンガン監督 来日記者会見 インタビュー

イ・ソンガン監督来日記者会見

8月3日 韓国文化院にて

イ・ソンガン  イ・ソンガン

イ・ソンガン監督プロフィール

1962年生まれ。延世大学心理学科卒業。短編アニメーション「Ashes in the ticket」(99)がアヌシー国際アニメーションフェスティバル短編部門などで評価された後、初の長編アニメーション「My Beautiful Girl, MARI マリ物語」を手がけた。こちらが今回上映の作品『マリといた夏』、前述の2002年アヌシー国際アニメーションフェスティバル長編コンペ部門でグランプリを獲得している。

Q この作品の製作にかかった時間と費用は?

監督 企画から完成まで約3年かかりました。予算は30億ウォン、日本円で約3億円です。

Q 声優としてアン・ソンギ、イ・ビョンホンらが参加していますが、どのように選んだのですか?

監督 キャスティングのいくつかの案の中で、この方たちの声やイメージが作品の役に一番ふさわしいと思いました。

Q 心理学科を卒業されたそうですが、アニメーション(以下:アニメ)の道に進まれたきっかけはなんですか?また日本のアニメで好きなものは?

監督 勉強したのは遠い昔のように思われて、今ここで考えても特に心理学との関わりは思いあたりません。卒業後8年ほどは画家として活動していました。そのうちヨーロッパの芸術的な作品に出会い、それがきっかけでこの道に進みました。
日本のアニメは韓国でも多く紹介されています。特にジブリの作品をよく観ましたし、好きです。

Q ヨーロッパの作品とは具体的にどのようなものですか?ご自分の作風に影響を受けましたか?

監督 今記憶に残っているのはロシアのユーリ・ノルシュティンなどです。当然影響されたと思います。美術をやっていてその芸術性について悩んだとき、それらのアニメを観て芸術的な可能性を感じました。当時、韓国では正式に紹介されていませんでしたから、学生が収集してきた海賊版のビデオで観たのです。その前にもアニメはありましたが、たいていはキャラクターを商品化して儲けようという商業的なもので興味は持てなかったです。

Q 今の韓国のアニメ界の状況は?

監督 実写の作品は多く作られていますが、アニメ作品はそう多くなく、年に数本の製作です。日本では漫画が大衆的人気ですが、韓国では子供のものという認識があります。70年代の韓国では全体的な社会不安があり、自国のアニメ製作ではとても採算が合わず、日本からの下請けをしてきました。90年代からは、若手作家を中心に良質の短編が作られてきています。長編の企画に投資して成功したのはまだ少ないです。

Q この作品はノスタルジックで切ない感じがしますが、インスピレーションはどのようなところから?

監督 多くの作家達がその作品を家族や子供達に観てもらいたいと言っていますが、私はこの作品を自分に観せるための映画にしたいと思いました。40代になって疲れてきた一人として、同年代の人たちに「精神的な自画像」として観てもらいたいと思いました。

Q アニメは子供のものと考えられている韓国で、これを作られた監督の意図は?

監督 私の場合、やっていた美術の延長線上として自分のための作業の一環で、大人向けのアニメとして作ったのです。しかし投資家からは不満の声が聞かれました。30代以上の観客を想定したのですが、実際劇場に足を運んで観てくれたのは中学生以下の年齢層が殆どでした(笑)。

Q 製作のご苦労と監督の好きなシーンを

監督 製作期間があまりに長くて退屈でした(笑)。私はアニメを最初から学んではいないので、自分なりの製作システムを考え出さねばなりませんでした。短編を作っていた経験を生かして、見習いの学生たちを現場に連れて行って仕事をさせたりもしました。それが幸いにも、既存のものとの違いとなったのかもしれません。
好きなシーンはお風呂で遊ぶ場面です。今はなくなっていますが、私の子供の頃はああいう銭湯がありよく遊びました。騒ぎすぎて3度に1度は追い出されて、いまだに記憶に残っていますね(笑)。銭湯のシーンは18禁にならないように、かなり神経を使いました(笑)。

Q 声優さんとのエピソードがあれば。また監督から見て、アン・ソンギさん、イ・ビョンホンさんの声の質などはどうですか?

監督 期待されるような面白いエピソードはないんです。映画の製作が完全に終わってから時間の余裕がない中で作業が始まったので。しかし、みなさんとても一生懸命で誠実な方々でした。このお二人は演技や感情をよくキャッチしていて、自分からやり直すなどより良いものを作るために努力してくれましたね。

Q この次はどんな作品を作っていきたいですか?

監督 率直に言って、監督という仕事ほど不安なものはありません。回りを見ても、監督業を続けて自分の作品を作っていられるだけでも幸せです。アニメーションは自分の想像したものを制限なく表現していくことができます。実写作品は人の内面の深い何かを表現することができると思います。アニメ・実写にかかわらず、これから自分の表現したいものを作っていきたいです。

Q 日本の観客へメッセージをお願いします

監督 この映画を観て幸せになって戴きたいと思います。

return to top

イ・ソンガン

《イ・ソンガン監督インタビュー》

8月4日 アルゴピクチャーズ 応接室にて

先にイ・ソンガン監督の漢字名を伺いました。「李成彊」と書くそうです。中国ではよく兄弟が皆同じ1字を使って名づけられますが、韓国も同じで監督のご兄弟も「成○」というそうです。また漢字は法律や文書のために使うくらいで一般には殆ど使われないそうです。

Q なぜマリという名前になったのでしょう。日本では女の子によくある名前ですが。

監督 韓国語では、動物や鳥や虫などを数えるときの単位がマリ(ハンマリ、トゥマリ・・・1匹、2匹)なのです。それでつけたのですが、同時にマリという名前は神秘的、異国的な感じがします。

Q マリの服が羽のような毛皮のような不思議な感じですね。

監督 マリはナムの想像から生まれたもので、女の子の友達でもあるわけですが、人間ではない「ある特別な存在」として描きたかったのです。

Q 猫や主人公達の名前は?

監督 実は事務所で飼っていた猫の名前が「ヨー」だったんです(笑)。韓国では小さいもの、ちびちゃんに対して「ヨーノン」と言ったりします。主人公のナムジュノという名前は特に意味はなくて、韓国では珍しくないよくある名前です。

Q あの漁村はどこがモデルなのでしょうか? 監督の故郷ですか?

監督 韓国の東海岸にあるカンポウというところです。ソウルから4,5時間でしょうか。私の故郷ではなくて(ソウル出身)美術監督が旅行に行ったことがあって推薦してくれたのです。ロケハンで行ってみて、なかなかいいということでモデルとしました。実際には皆が生活しているところですし、そんなに綺麗ではありません。灯台もありましたが、映画のように壊れかけているものではなく、新しいものでした。映画に出てくるような灯台はもうなくて、博物館で見られるくらいですね。

Q 映画の中でジュノは電車に乗ってソウルに向かいましたが。

監督 鈍行に乗って行きましたから、10何時間もかかったかもしれませんね(笑)。

Q 脚本の方が別にいらっしゃいますが、原案は監督ですか?

監督 原案は自分が書いて、それを元にして脚本家たちが脚色していきました。何人もいましたがそのうち幾人かは失敗してしまって、最終的にはテロップにあるカン・スジョン(女性)さんによってまとめられました。

Q 原案は完成した中にどのくらい残っているものでしょうか?

監督 最初の原案から何度かのアレンジを通してかなり違ったものになりました。でも基本的なアイディアや主体は原案と同じです。

Q もし時間や予算があればもっと付け足したい、変えたい事などありますか?

監督 こういうスタイル以外にいくつかの可能性はあるだろうと思います。情緒的で静かな映画ですが、冒険心溢れるものにするとか、客観的にしたところをより主観的な視点のものにするとか、ですね。でもこれは『マリといた夏』として完結されたものだと思っています。これ以上手をつけることはないと思っています。

Q ひとつひとつのシーンが1枚の絵のような感じがしました。絵を描かれていたと伺って納得しましたが、背景なども監督が描かれたのですか?

監督 背景を担当する美術監督がいます。しかし最終的なチェックは自分がしました。

Q またぜひいいアニメーションを持ってきてください。楽しみにしています。ありがとうございました。

監督 カムサハムニダ(ありがとうございました)。

《取材して》

猛暑が続いた連日の取材でした。インタビューの日は地下鉄が止まるわ、地図を持っていたのに場所が見つからないわで、炎天下冷や汗三斗でありました。
監督はたいへんソフトな方で、遅刻して頭がパニックな私の質問にも丁寧に答えてくださり恐縮の至りです。
子供のころから画家になりたかったと言われる監督は、しばらく希望の仕事についた後、アニメーションに関わるようになりました。今は後進を育てるため、講師もされているそうです。
作品は過渡期にある少年の日常を丁寧に描き、柔らかな輪郭線の叙情的な絵が少年の想像の世界へ観客を導きます。声優の好演も加わって疲れた大人がひとときホッとできる作品でした。どうぞ劇場でゆっくりご覧ください。

作品紹介はこちら

return to top

(文・写真 白石映子)
本誌「シネマジャーナル」及びバックナンバーの問い合わせ:
order@cinemajournal.net
このHPに関するご意見など: info@cinemajournal.net
このサイトの画像・記事等の無断転載・無断使用はご遠慮下さい。
掲載画像・元写真の使用を希望される場合はご連絡下さい。