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女が作る映画誌 ー 女性映画・監督の紹介とアジア映画の情報がいっぱい
 (1987年8月、創刊号 巻頭文より) 夢みる頃をすぎても、まだ映画を卒業できない私たち。
 卒業どころか、30代、40代になっても映画に心が踊ります。だから言いたいことの言える本まで作ってしまいました。
 普通の女たちの声がたくさん。これからも地道な活動を続けていきたいと思っています。どうぞよろしく。
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『風の絨毯』
東京国際映画祭 記者会見&舞台挨拶レポート

2002年10月29日

東京国際映画祭の特別招待作品として上映された『風の絨毯』も、いよいよ5月17日より一般公開! 公開を目前にして、すっかりさぼっていた記者会見&舞台挨拶レポートを今さらですが、お届けします。  公式ホームページ にきちんとしたレポートがあるので、本文の記者会見と舞台挨拶の模様は、要点をまとめたもの位の気持ちでお読みいただければ幸いです。(汗)しかも、さぁメモを起こさなければ…と思ったら、しっかりメモ起こししてあったのを発見…  もう、ボケボケです。ま、公開直前に読んで頂くために、今まで暖めていた…ということでお許しください!

さて、この記者会見、何が印象的だったかというと、始まる前の控え室での関係者一同の和気藹々ぶりです。たまたま控え室が見えるところで、映画祭事務局提供のコーヒーを飲んでいたのですが、榎木さんとキアニアンさんは映画さながら抱き合って再会。さらに子役の美結ちゃんが現れると、キアニアンさんは、美結ちゃんの両手を取って、ぐるぐると空中ブランコ。なんだか皆とっても楽しそうで、いい雰囲気なのです。きっとどの映画も長い間苦楽を共にして撮影するから、久々に顔を合わせると同窓会気分なのでしょうが、この映画に関わった人達は、イランと日本という遠く離れたところに住んでいて、なかなか会うこともできないので、その思いがいっそう強いような気がします。

そして、私にとっても『風の絨毯』は思いもかけず縁の深い映画となりました。実は、東京国際映画祭で上映されたこのフィルム、上映2週間前に当たる10月14日に私がイランから持ち帰ったものだったのです。たまたまイランに遊びに行っていて、イスファハンで児童映画祭があるのがわかり、滞在を延ばし、帰りのフライトを一便遅らせたのですが、帰国の前の日に突然プロデューサーの益田祐美子さんから、「映画を1本持って帰っていただけますか?」との依頼のファックス。映画の仕上がりが遅れ、9日の便に載せられず予定が狂ってしまったとのこと。映画1本は25キロ! でも、イランの制作会社の方が車で迎えにきてくれて、私の重いスーツケースも一緒に運んでくれて、なんともラッキーでした。4月末に発行された、益田さんの「映画制作記・私、映画のために1億5千万円集めました」にも、人間宅急便として紹介されました。(笑)そして、お礼代わりに20年来のファンである榎木孝明さんに会わせてくださいという図々しいお願いも叶えてもらい、どっぷりと『風の絨毯』に関わることになってしまいました。もうすっかり私設応援団の私です。ユーモアにあふれ、家族や隣人を大切にする、ちょっぴりお節介なイランの人達のことをこの映画を通じて多くの日本の人たちが知ってくれたら…と願ってやみません。

前置きが長くなりましたが、それでは、記者会見と舞台挨拶の模様をどうぞ!

◎記者会見◎   10月29日 17:30〜

レザ・キアニアン、カマル・タブリーズィー 榎木孝明

◆ひとこと挨拶◆

カマル・タブリーズィー監督: 日本との合作で映画を作ることが出来て嬉しいです。 日本の方たちがどのような反応を示してくれるのか、とても楽しみです。

キアニアン: 日本に来て2日間。 まるで自分の親戚のところに来た気分です。 ずっと日本映画にあこがれていました。黒澤監督に会えないのが残念です。

榎木: イランでのロケは、夢を見ているような体験でした。 言葉の壁は関係ありませんでした。 監督とキアニアン氏に出会えたことが大きな収穫です。

益田: 50以上の企業のメセナによってできあがりました。 皆が協力して絨毯のように映画を作り上げてくれて、すがすがしい映画に仕上がりました。

工藤夕貴、榎木孝明 カマル・タブリーズィー、レザ・キアニアン

◆Q&A◆

- 役者さんたちが生き生きと演じられていましたが、 自然な演技をどうやって引き出したのですか?

監督: キアニアンさんが演技指導者として活躍したので、彼に聞いたほうがいいですね。

キアニアン: 表面的ではなく、すべて現実的に捉えようとした監督の意図を汲んで自然なドキュメンタリータッチな演技を求めました。

榎木: 台本の叩き台はあるにはあったのですが、日本語のせりふは自分で考えなくてはならず、毎晩翌日のせりふを書く作業をしていました。 あらかじめカット割りができてはいるのですが、日本的常識とは違って、イランのスタッフはまたたくまに現場を作り上げてしまう才能をもっています。イランのロケでは、少ないときは日本人は3人だけでしたので、美結ちゃんはほんとに大変だったと思います。

美結: ごはんが細い米であんまり美味しくなくて、日本から持っていったサトウのごはんでお肉を食べたりして美味しかったです。向こうで何日もホームシックで泣きました。

- 絨毯を織るシーンが印象的でしたが、リアルタイムで織り上げたのでしょうか?

益田: 1枚は前もって織り終わったのを作り、もう1枚は撮影中に織りながら完成させました。実際のペルシア絨毯は、1000万円くらいします。段階的な絨毯が欲しいといわれて、絨毯だけで3000万円くらいかかってしまうので、役者さんのギャラを減らさなければならないので、バザール商人に協力いただいて絨毯を作りました。

- (榎木さんに)ご自身が絵を描かれますが、絨毯を見て何か刺激を受けましたか?

榎木: 実際に織っていくのをみたのは初めてでした。織っていく技術に感心しました。どうして、ここまでできるのかと。スピードも速いし、緻密な作業にびっくりすると同時に尊敬もしました。日本的な図柄を織り込めるともっとよかったなと思います。

- 男優さんどうし共演した感想をお聞かせください。

榎木: キアニアンさんは、イランで今年主演男優賞を取られた方。こんな素敵な方と出会えて幸せです。ロバート・デニーロとアルパチーノを足して2で割ったような印象の方です。会ってみて素晴らしいのひとことでした。彼と方や日本語、方やペルシア語で2人芝居をしようと話しています。

キアニアン: 知り合ったばかりでなく、もう20年も友人だったような気がしています。榎木さんのことは“エノキアン”と呼んでいます。榎木さんと美結ちゃんに会いたいと思って、今回は日本に来たのですが、ほんとうに古い友達のような気がします。エピソードはたくさんありますが、2人芝居をぜひ実現させたいです。

益田祐美子

- (益田さんに)日本では高山での撮影がメインと聞いていますが、祭のシーンでの苦労話は?

益田: 監督から、実際の山車を並べてクレーンを使って寄って撮りたいと言われたのですが、予算が1カット 500万円と言われ、苦労しました。山車が本物なので、雨に弱いんです。撮影の最後に雨が降ってきて、すぐにしまったのですが、そのときに山車の上の金が取れて、300万円の出費になってしまいました。映画をゼロから作り上げたストーリーを1冊の本にして、「右手にロマン、左手にそろばん」というタイトルで角川から出版予定です。

- (監督に)高山での撮影の感想をお聞かせください。

監督: 撮影監督と2人で日本に来て不安を持っていましたが、日本のスタッフはとてもよくサポートしてくれて、いい思い出と上手く撮れた満足感を与えてくれました。これからも、合作映画がどんどん作られるといいですね。

工藤: 益田さんが家に遊びに来られて2年位。活字が映画になっていくことをはじめて経験しました。タイムマシンに乗ってここにきた気分です。人間が持つ暖かな心と心の繋がりを観ていただければと思います。

- 映画に対する新しい発見はありましたか?

工藤: 何度も諦めた方がいいんじゃないかと思うことがあり、こうやって出来上がってみて、協力してくれたたくさんの人たちにお礼を言いたい気持ちです。映画の製作にかかわって、たくさんのことを学びました。

- この映画に託された夢は?

工藤: 平和なのが当たり前の時代から、平和であることがいかに大事かという時代にこの映画を通じて異文化を持つ2つの国がいい関係ができることを願っています。

◎囲みインタビュー◎

キアニアン: 自分の映画をまだ観ていません。皆さんと一緒にこれから観れるのが嬉しい。

美結: 緊張しています。嬉しいです。

榎木: 映画祭に出す先駆けに東京国際映画祭に招待作品として出品できて嬉しいです。

- 工藤さんはキャスティングにも携わったと聞いていますが…

工藤: 美結ちゃんが先のわからない状況でイランに行ってタフに頑張れたのは榎木さんのおかげです。金太さんも出番は少ないけれど、非常に存在感があります。三國さんにもお願いして、最終的には自分も出演することになりました。美結ちゃんは光るものを持っていますね

- (工藤夕貴に)プロデューサー業と女優業とどちらがいいですか?

工藤: 女優の方がやりやすいですね。お金を持ち出し縁の下で支えてくださった方たちに感謝します。最高の夢を見るのに最高の努力が必要と感じました。

- 今後監督をするつもりはありますか?

工藤: もしかしたら将来監督もしてみたいですが、作る前にまずは出演したいですね。イランの方のようにフレキシブルじゃないので… イランの方は、豚肉を食べないと聞いていたのに、撮影監督の方が1人だけ食べてくださって、宗教も越えて同じ人間なんだなぁと感じました。監督も焼肉が好きで、焼肉が出ると喜んでました。

三国連太郎、レザ・キアニアン 榎木孝明、柳生美結、工藤夕貴、三国連太郎、レザ・キアニアン、カマル・タブリーズィー

◎舞台挨拶◎

監督: 待ちに待った上映です。 インタビューの申し入れがありましたが、キャンセルして一緒に観ます。感動を一緒に味わっていただければと思います。

- 脚本がない状態で作ったと聞いていますが、そのご苦労をお聞かせください。

監督: 日本とイランでお互いに協力して完成させました。ペルシア語と日本語の会話を前もって用意して 毎晩次のシーンを双方の役者と話し合って友情関係で出来上がったものです。撮影と共に完成した脚本が出来上がりました。

キアニアン: 日本に来られて嬉しい。日本語は残念ながらできないので、通訳の方が全部教えてくれました。

- 榎木さんと共演しましたが、日本の俳優さんの感想は?

キアニアン: 素晴らしかったです。三國さんとは同じ場面に出られず残念でしたが、同じ映画に出演できて光栄です。

三國: 私は出ている程ではありません。トップシーンと真中と最後だけなんです。イラン映画はほとんど観たことがなかったのですが、友人からイラン映画はすごいと聞いていました。 また、かつてパーレビーの時代に一度テヘラン映画でイランに行ったことがあります。『風の絨毯』は、最初 帝国ホテルのロビーでプロデューサーとお会いして企画書を見せていただいたのですが、脚本の青写真が何もなかったのです。でも、日本の女性がリーダーシップをとっていることに感心してお引き受けしたのです。しかも美人でしたから… イランの方たちの団結力・リズム感、俳優さんたちの素晴らしい演技に感動しました。映画祭に間に合わせるために、今回の上映は粗繋ぎですが、来春の公開はソニーの配給で行われます。ソニーの担当者もこれまた女性なのですよ。

榎木: イランで1ヶ月ロケで滞在しました。時期が時期だったので、10人中10人から、大丈夫だった? と言われましたが、治安はいいし、食べ物は美味しいし、人はいいし、聞くことと見ることの違いを感じました。 あちこちの国に行っていますが、世界にはどこでも素晴らしい人達がいるんです。この映画を通じて、イランの人達のことを知って貰えたら嬉しいですね。

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映画終了後に会ったイラン人の友人が、この榎木さんの舞台挨拶にいたく感激していました。しかも、榎木さんが映画の中で、イランのパジャマを着て、食事も美味しそうに食べてたから、さらに嬉しかったと言われたのですが、へぇ〜イランのパジャマ??? と、1回目に観たときには、まったく気付きませんでした。ちょっとぶかぶかのズボンがイラン式なのだそうです。皆さんもちょっと注目して観てみてください。

「風の絨毯展」初日風景---2003年4月29日(追加)

ファルボー・アフマジュー、柳生美結 ファルボー・アフマジュー、柳生美結
ファルボー・アフマジュー 絨毯
撮影:宮崎暁美

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(文・写真:景山咲子)
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