このページはJavaScriptが使われています。
女が作る映画誌 ー 女性映画・監督の紹介とアジア映画の情報がいっぱい
 (1987年8月、創刊号 巻頭文より) 夢みる頃をすぎても、まだ映画を卒業できない私たち。
 卒業どころか、30代、40代になっても映画に心が踊ります。だから言いたいことの言える本まで作ってしまいました。
 普通の女たちの声がたくさん。これからも地道な活動を続けていきたいと思っています。どうぞよろしく。
手前みそキャンペーン (1) (2) (3)
[2001/4/16 (Mon)]

手前味噌キャンペーン第1回の巻

 シネマ・ジャーナルHPをご覧いただいてます皆さま、こんにちわ! BN宣伝部長に 本日勝手に就任いたしました松下と申します。4月中旬発売予定の シネマ・ジャーナル52号の編集もひと段落し、HPの充実にいそしむことにいたしました。 というわけで、さっそくバックナンバーを自己宣伝しようという 「手前みそキャンペーン」を始めさせていただきます。 どうぞ、しばらくお目を拝借……<(_ _)>

 私がシネマ・ジャーナルに参加するようになったのは、1999年8月発行の 47号から。 46号にスタッフ募集の案内が出ていたので、 どういうふうに雑誌を作るのかなと思ってコンタクトをとったのでした。 編集会議に呼ばれて緊張しながら行った席で 「何か書かないと面白くないから、あなたも書いてみなさいよ」といきなり言われ、 初めて書いたのが『八月のクリスマス』の映評。 とにかく書いてみようと書き出したものの、 3分の2の分量にしかならず、水増しするのに苦労したっけ (そのため細かいエピソードで埋めている)。このころはパソコンを持っておらず、 ワープロ(書院)で打っていました。マニュアルを読んでも、原稿を寸法通りに 2段組や3段組にする方法がわからず、結局1段ずつ手動調整(!)。 このため感熱紙が何十枚と無駄になりました。 これに懲りてパソコンを導入したんでしたっけ……。

 ちなみに隣のページにある高野さんの『鉄道員(ぽっぽや)』評を打ったのも私。 主人公の生き方に猛烈に異を唱える高野さんの姿勢に圧倒されつつ、笑いながらキーを 叩いた記憶があります。こういう『鉄道員(ぽっぽや)』評はなかなか一般誌では 読めないのでは。また、アメリカでもディープに中国語圏映画をおいかける斎藤さん の「サンフランシスコだより」は、今の時期には参考になるんじゃないでしょうか。 というのも5月6日まで、国立近代美術館 フィルムセンターで 「中国映画史の流れ:無声後期からトーキーへ」と題して、1920〜40年代の中国映画の特集上映が開かれて いるから。「どの映画を見たらいいのかわからない」という人は、 斎藤さんの解説を 読んでみてはいかが? 『慈母曲』『女神』『おもちゃ』『火山での決闘』 『生死同心』『大いなる路』『十字路』(タイトルはフィルムセンターのものに統一) が紹介されてます。ほかには、開催中の香港国際電影節で『玻璃少女』が上映された キャロル・ライ監督のインタビューが載っているのも興味深い。次の作品は 「アクションあり笑いあり」のものになると語っていますが、果たして完成した作品は どうなっているのでしょうか……。

 実はシネマ・ジャーナルのバックナンバーは古いものほど面白い!と私は思っています。 確かにそこに載っている情報自体は古くなっているんだけど、編集の仕方が今から見ると 新鮮かつ大胆(何号かは忘れましたが、広告欄に名刺をそのままコピーしたものが 張り付けられていてビックリ)。こんな企画、よくやったなあと思うものも 少なくありません。そのひとつが、11号に 載っている「第1回自主上映会報告記」。 上映作品は、今秘かなブームを呼んでいる(?)にっかつロマンポルノの一作 『暴行魔切り裂きジャック』、さらには脚本家の桂千穂さんまでお招きするという 力の入ったもの。その顛末は本誌でお楽しみいただくとして、このころのスタッフの エネルギーには脱帽です。また、この号に載っているIさんのエッセイ 「アイCINEMA」は、映画ファンから映画への素直なラブレターで、 多くの人が共感できると思います。

 34号までは1冊300円、 1冊まるまる映画の話なので、映画好きなら同じ値段の週刊誌よりはよっぽど 暇つぶしになるのでは。まとめてお求めいただければ、1冊あたりの送料も、 その分安くなりますよ! 

(第2回に続く)

本誌「シネマジャーナル」及びバックナンバーの問い合わせ:
order@cinemajournal.net
このHPに関するご意見など: info@cinemajournal.net
このサイトの画像・記事等の無断転載・無断使用はご遠慮下さい。
掲載画像・元写真の使用を希望される場合はご連絡下さい。