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女が作る映画誌 ー 女性映画・監督の紹介とアジア映画の情報がいっぱい
(1987年8月、創刊号 巻頭文より) 夢みる頃をすぎても、まだ映画を卒業できない私たち。
卒業どころか、30代、40代になっても映画に心が踊ります。だから言いたいことの言える本まで作ってしまいました。
普通の女たちの声がたくさん。これからも地道な活動を続けていきたいと思っています。どうぞよろしく。

イラン映画『セールスマン』
主演女優タラネ・アリドゥスティさんがやってきた!

東京外国語大学にて

 本年度アカデミー賞 外国語映画賞を受賞した『セールスマン』が、6月10日(土)から公開されるのを機に、主演女優タラネ・アリドゥスティさんが来日。 6月7日から連続4日間、様々な場に登壇しました。取材した3つのイベントについて、ご報告します。それぞれで違った顔を見せてくれたタラネさん。どんな質問にも、臨機応変な素敵な対応をした彼女の魅力を知っていただければと思います。


6月8日(木)「私は15歳」上映と Q&A (東京外国語大学)
6月9日(金)日本記者クラブ『セールスマン』上映会&記者会見
6月10日(土)『セールスマン』 初日舞台挨拶 (Bunkamuraル・シネマ)



●『セールスマン』公開記念 タラネ・レトロスペクティブ 『私は15歳』上映と Q&A

   6月8日(木)午後4時~7時
   東京外国語大学 研究講義棟227教室にて

タラネさんの出演作 『私は15歳(I am Taraneh,15)』(2002年、ラスール・サドルアメリ監督)を上映した後、6時から約1時間にわたって質疑応答が行われました。

私は15歳』は、タラネさん17歳の時のデビュー作。初々しい!
「アジアフォーカス福岡国際映画祭2002」で上映された折に観ているのですが、同じラスール・サドルアメリ監督の作品『スニーカーの少女』と混同していました。こんな物語だったのかと、新鮮でした。

*ストーリー*
父親が服役中の15歳の少女タラネは、祖母と二人暮らし。写真屋でアルバイトをしながら学校に通っている。絨毯屋で働くアミールが持ち込むフィルムに写っているのは自分の姿ばかり。やがて、アミールに求婚され、学校を卒業したらと婚約。
タラネにとって幸せな結婚生活が続くと思ったら、アミールが仲間と一緒に女の子たちと遊んでいる時に補導され、それを機に離婚。ところが、別れてから妊娠していることが発覚。タラネは産む決心をして、生まれてくる子どものシェナースナーメ(身分証明書)に父親の名前を入れたいためアミールの母親に掛け合うが、別の男との子ではないかと疑われてしまう・・・


刑務所が近づくと、チャドルを羽織って颯爽と歩いて行くタラネ。父親と思い切りの笑顔でガラス越しに電話で話す姿が健気で可愛い。シングルマザーの道を選ぶ少女を見事に演じていて、あらためて驚かされました。
(なお、学生だった二人は正式に結婚したのではなく、一時婚の状態だったのを関係破棄したのかもしれません。)


◎タラネさんとのQ&A

上映後、タラネさん登壇。通訳はお馴染みのショーレ・ゴルパリアンさん。
司会は、東京外国語大学 准教授 佐々木あや乃さん。


佐々木:タラネさんをお迎えして、いい会になりそうです。遠いところをようこそお越しくださいました。映画で可愛らしいタラネさんを拝見しましたが、今日もとても素敵なタラネさんですね。あの若さで映画の道に進むことになったきっかけをお聞かせください。


タラネ・アリドゥスティさん(東京外国語大学にて)

タラネ:皆さん、こんにちは。今日はペルシア語を学んでいる学生さんたちに会うのが楽しみできました。最初、音楽専門学校に入ったけれど、親から普通の学校の方がいいのではといわれ、やめました。その時期にたまたま「ロミオとジュリエット」の舞台を観て、演劇に興味を持つようになって演劇学校に入りました。入ったばっかりの頃に、映画のオーディションがあって、出演することになりました。撮影が終わって、やっぱり演劇を学びたいと学校に戻って演劇の勉強をしました。

佐々木:勉強される前にデビューしてしまったのですね。

タラネ:残念ながら、出演してから勉強しました。

佐々木:残念ながらとおっしゃいましたが、ラッキーでしたね。


◆会場とのQ&A

  ~ 日本人学生のペルシア語をショーレさんが日本語に! ~

東京外国語大学でのトーク 通訳のショーレ・ゴルパリアンさんと。

佐々木:それでは会場との質疑応答に移りたいと思います。何語でも大丈夫だそうです。英語でもペルシア語でも日本語でも。私の知っているペルシア語学習者は、できるだけペルシア語で質問してください。

(この佐々木さんの呼びかけに応じて、学生さんたちが次々にペルシア語で質問しました。ほぼ9割がペルシア語での質問だったのですが、学生さんたち、皆さん綺麗な発音で、内容もしっかりしていて感心しました。そして、日本人の学生さんたちがペルシア語で質問した内容を、ショーレさんがペルシア語のわからない人のために日本語に訳すという、なんとも面白い流れになりました。以下、断りのない限り、質問はすべてペルシア語で行われました。)

女性:今までの出演作で一番好きなものは?

タラネ:監督や役者にとって、作っている映画はすべて自分の子どもです。どの子も好きだし、時に叱ったりもします。でも、皆、同じように可愛いのと一緒で、全部好きです。

女性:革命後の女性の状況は、以前に比べて自由になったと思いますか?

タラネ:革命前の映画は、商業映画が多くて、フィルメ・ファルシー(ペルシア語の映画)と呼ばれていますが、出演した女優は今と違うタイプでした。革命後、検閲は厳しくなったけれど、芸術性の高い映画が多く作られるようになりました。女性はヘジャーブ(髪の毛や肌を隠す服装)をしないといけないけれど、文化や生活を背景にしたレベルの高い映画が作られるようになりました。自由については、革命後は革命前と比べたら、女性も男性も確かに自由はないけど、できるだけ会話をして、状況は変わってきています。皆、様々な意見を持っていると思いますので、もっと会話すれば、より良い社会が作れると思います。

男性:『私は15歳』の主人公は、ご自分と同じ名前です。同じ名前の役を演じる難しさはありましたか?

タラネ:脚本を貰ったら、偶然、私と同じ名前でした。タラネという名前は、そんなに多くない名前なので、偶然一緒なのが嬉しかったです。その後は、タラネという名前が付いてまわって、しばらくどの映画の役もタラネでした。


東京外国語大学にて

男性:ハーレ ショマー フベ? (お元気ですか?)

タラネ: アーリー (とてもいいです)

男性:3ヶ月前にイランで『セールスマン』を観て感動しました。アカデミー賞授賞式に行かなかったけれど、タラネさんのお考えは?

タラネ:(長~い回答!)ご存じと思いますが、長年、イランは経済制裁で苦しんできました。一番苦しみを感じていたのは国民です。G7で経済制裁が解除されて、人々は希望を持ち始めていたのですが、トランプが出てきて、大統領選挙中から、イランへの厳しい発言をしていました。だんだん国民は心配し始めていました。大統領になって、7か国の国民に入国制限命令を出したため、アメリカに行く途中だったイラン人があちこちで飛行機に乗せてもらえなくなりました。アメリカの病院に通う予定だった人や、家族に会いに行く人など、普通のイランの人たちです。そんな時に、一般のアメリカ人が肩を持ってくれて、弁護士などもなんとか助けようとしてくれました。私はアメリカでは有名ではないけれど、イランではメディアが取り上げてくれるのではないかと、授賞式ボイコットを宣言しました。多少影響があったかと思います。正しい判断だったと思います。とりあえず、入国制限を取り下げてくれましたから、結果、よかったと思います。

女性:日本の印象はいかがですか?

タラネ:2日前に着きました。初めての来日です。東アジアも初めてですので、ほんとに興味深くて嬉しいです。タイトなスケジュールであまり見ることができていないのですが、すべてが新鮮です。一番驚いたのは小さなバナナ(ミニチュアらしい)があったことです。皆、微笑んでいて、その裏に何があるのかはわからないけれど、平和で素敵な国だなと思います。もう一度、ゆっくり来て、いろいろな所を見て楽しみたいと思います。

男性:イラン映画について伺います。パナヒ監督など一部のイラン映画が上映禁止になっています。今後のイラン映画はどうなると思いますか?

タラネ:上映禁止はもちろんいいことではないけれど、90%以上の映画は上映されています。システムの中でどう作ればいいか、監督たちはわかっています。検閲官と監督の話し合いの上で合意して作っています。
パナヒ監督に関しては、なんとか解決したいと思っています。知っておいていただきたいのですが、パナヒ監督は別の問題で映画が作れないのです。多くの人が政治的な発言で制限を受けています。彼が映画人ではなく違う仕事に就いていたとしたら、その仕事を出来ないのです。

女性:タラネさんにとって、これまで演じた中で、一番難しかった役は?

タラネ:どの映画でも演じるのは難しいものです。一つの役を演じるのに、テクニカル的な大変さと、精神的に難しい映画があります。『彼女が消えた浜辺』は、重みのある役で、出番は短かったけれど、思い出すと苦しくて、観たくなくて、1~2回しか観ていません。とても重みがあって難しい役でした。

男性:日本の食べ物で好きなものは?

タラネ:すべて大好き。皆さんが食べて美味しいものは、私もすべて美味しくて嬉しくなります。

男性: 好きな音楽のアーティストは?

タラネ:いろんな音楽を聴いています。イランでは、シャジャリアンやモフセン・ナムジュなどが大好きでよく聴いています。いろいろなジャンルを聴いています。

男性:テヘランで2度、『セールスマン』を観ました。夫が妻を襲った男を追い詰めていきますが・・・(と、ペルシア語でかなり核心に迫った質問。結末がばれてしまうので、あとで外でお話しましょうと、彼の質問を訳さなかったショーレさん)

タラネ:少し言えば、全体的に男性の気持ちの変化についての映画です。

女性:これまでファルハディ監督の作品に4本出演されていますが、監督の作品はイランの文化や社会を外の人に見せる映画だと思います。タラネさんはどのようなポリシーを持って演じていますか?

タラネ:役者として演じる時、自分自身を演じてないといけません。社会の中で生きているので、どの点がいいか悪いか気付いていません。一番いい演技を見せるのが精一杯です。国内の人も、さらに世界の人も、映画をどう見てくれるかは考えません。与えられた役を自分として演じるだけです。

女性:私が観ているイラン映画の中では音楽をあまり使っていませんでした。イランでの映画と音楽の関係は?

タラネ:結構、音楽を使っています。使い過ぎのものもあります。日本で上映されるイラン映画は、芸術性が強くて、音楽を使ってない映画が多いようです。音楽はあるべきだと思います。

女性:当大学のイラン人客員講師の先生は雨が好きですが、私は好きじゃない。タラネさんはいかがですか?

タラネ:私も晴れた日のほうが好き。梅雨が始まる頃には帰るので大丈夫!

男性:『彼女が消えた浜辺』を思い出したくないというのに、申し訳ないのですが、エリーは、死んだのかどうかわからなかったのですが・・・

タラネ:観てない方に最後を教えることになりますが、死体が映画にも出てきます。顔も半分見せています。気が付かなかったでしょうか? 明日の夜、もう一度観に来てください。(翌9日の夜、ル・シネマで「タラネ・レトロスペクティブ 『彼女が消えた浜辺』上映と Q&A」が開かれました。こちらは、残念ながら取材に行きませんでした。)

男性:ショーレさんは、どうしてそんなに日本語がお上手なのですか?

ショーレ:30年日本にいて、23年間、映画の仕事をしていますので、これくらい日本語ができなかったら、どうしたらいいでしょう?

タラネ:ショーレさんがどうして日本語がこんなにできるのかが、よくわかりました! (笑)

男性:日本語で質問したいのですが。(この日初めての日本語での質問でした)『セールスマン』を試写で観ました。素晴らしい映画でした。カンヌで賞を取ったり、アカデミーで賞を取ったり、世界的に高い評価を得ているのはなぜでしょう?

タラネ:『セールスマン』はもちろん素晴らしい映画だと思います。それだけでなく、ファルハディ監督は素晴らしい映画を作っている監督で、世界的にも知られていて、皆が新作を待っています。新作が出ると注目されます。ほかの監督が素晴らしい作品を作ったとしても、注目されないかもしれません。ファルハディ監督が注目されるのは彼の経歴もあるし、彼自身の運もあります。映画には運があるとよくいいます。いつ、どの状況で上映されるかも映画の運です。

佐々木:まだ質問はあるかと思いますが、本日の上映会と質疑応答はこの辺で終わりにしたいと思います。皆さん、最後にもう一度大きな拍手をお願いします。


大きな拍手に見送られて、会場をあとにしたタラネさんでした。

●日本記者クラブ『セールスマン』上映会&記者会見

   6月9日(金)
   13:00〜15:04 『セールスマン』上映
   15:15〜16:00記者会見
   場所:日本記者クラブ(東京都千代田区内幸町2-2-1 日本プレスセンタービル9階 )


『セールスマン』原題:forushande   英題:Salesman
監督アスガー・ファルハディ
2016年/イラン・フランス/124分
配給スターサンズ/ドマ
公式サイト:http://www.thesalesman.jp

*ストーリー*
無秩序に開発の進む大都市テヘラン。小さな劇団に所属している国語教師エマッドと妻ラナ。二人の住むアパートが、隣の土地を掘り起こしている影響で崩壊の危機に。そのことを知った劇団仲間に、空いている部屋があると紹介されて引越す。「セールスマンの死」の初日舞台を終えて、舞台化粧も落とさないまま先に帰宅した妻が、浴室で何者かに襲われる・・・


一度、試写で観ていましたが、もう一度拝見。いろいろな伏線がわかって、さらに楽しめました。 「セールスマンの死」の初日舞台の後、妻のラナが先に帰宅したのは、夫エマッドが初日舞台をチェックした検閲官に対応するために残ったためだったことに、あらためて気付きました。開演直前に、劇団の女性が「3ヶ所、検閲に引っかかるかもしれないところがあるの。エマッド、うまく説明してね」と叫ぶ場面がありました。映画も舞台も、こうして作り手と検閲官のせめぎ合いが行われるのですね。


◎記者会見


日本記者クラブにて

司会(テレビ朝日 川村晃司氏): イランの女優さん、しかもアカデミー賞受賞作品の出演者の方をお迎えするのは初めてです。タラネさんが日本にいらっしゃるのも初めてです。外国語映画賞を受賞しましたが、トランプ大統領が7カ国の入国制限をしたことにより、監督とタラネさんは授賞式出席をボイコットされました。その経緯も含めて、タラネさんのこの映画に寄せるお気持ちをお伺いしたいと思います。


日本記者クラブに寄せられたメッセージとサインを紹介するテレビ朝日の川村晃司氏

タラネ:ここで皆さまとお話できることをとても光栄に思います。初めて日本に来ました。この二日間、記者の方とお話して、皆さんイラン映画を観てくださっていて、映画を通じてお互いの事を知ることができることを嬉しく思います。

司会:『セールスマン』は、東京では明日6月10日から公開され、全国で公開されます。アカデミーの外国映画賞を受賞した時にどのように思われたのか、また本来ならば授賞式のためにロサンジェルスに行きたかったと思うのですが、行かなかったことについての思いをお聞かせください。

タラネ:アカデミー賞の授賞式が開催された時間、イランでは朝方の5時でした。ドラマの撮影中で、ライブでは見れませんでした。ファルハディ監督は前にもアカデミー賞を受賞していますし、『セールスマン』はカンヌで賞を取っているので、受賞の確立は高いと思っていました。出演作が受賞するのは嬉しいことですので、もちろん授賞式の会場にいたいと思いました。今回は入国制限の発令がありましたので、いろいろ考えて、私がその場に登場するよりも、ボイコットした方がいいと判断しました。今、とても喜んでいるのは、会場に集まったほかの国の映画人が我々のために声をあげてくださったことです。皆、正しいことには同じ意見であると思い嬉しく思いました。授賞式に参加するより、そのことが嬉しかったです。

司会:イランでは最近大統領選挙も行われましたが、イランの映画界、イランの文化や社会における女性の立場、女優がどういう存在であるか、男優との違いなど含めていかがでしょうか?

タラネ:イラン女性は政治や社会の様々な場でとても活躍していて、強い立場にあると思います。イランの女優としては、ニーキー・キャリミーや、レイラ・ハタミ―など、海外の映画祭の審査員として活躍している方もいます。

司会:今回の映画のストーリーの中で、女性として性的被害をうけていますが、日本でも性的犯罪に対する刑罰をもっと厳しくしようという動きがあります。この映画を通じて、女性について考えたこと、主張したいことはありますでしょうか?

タラネ:暴行の問題は伝統的社会であるイランや日本のような国では、もっともっとつらい思いをしている女性もいるかと思いますが、グローバル的にある問題だと思います。
性的暴行を受けるのは女性のせいではないということ、法的に整備しても、被害にあった人がなかなか口にできないので、第一のステップは自分の気持ち、次に周りの目を変えていく必要があります。伝統的に「恥」と思って言えないことは女性だけでなく男性にもあります。まだまだオープンにして考える必要があると思います。


◆会場の記者との質疑応答

― 映画からテヘランの空気が伝わってきて、親近感を覚えました。タラネさんがおっしゃったように映画を通じてお互いを知ることは、とてもいいことだと思います。ただ、日本で観られる多くのハリウッドの映画では、往々にして、イランというと暴力的でファナティックなムスリムの国という描き方をされます。タラネさんは、そのことについてどのように思われますか?

タラネ:現実のイランの姿や文化を見せることをあえてしない、違うイメージを見せるのはプロパガンダだと思います。今の時代、ネットを通じていろいろな考えをシェアしています。プロパガンダだとわかっているのはネットの力だと思います。
ハリウッドは商業映画でエンターテインメントの世界なので、人々の目を引く必要があると思います。イランでも案外ハリウッドの映画をよく見ています。私たちは一つの映像だけでなく、リサーチすれば次から次に情報が手に入ります。一方的に観たものを信じるのか、信じなければもっと調べて知る権利もあります。それをするかどうかだと思います。

― 『運動靴と赤い金魚』を観て以来、イラン映画の虜になっています。イランでは、映画の製作にはいろいろと制約があると聞いています。本作を作る上でご苦労はあったのでしょうか?

タラネ:この映画に関していえば、一切、検閲にひっかかっていません。検閲は2回あるのですが、脚本が書き上がり製作する前に許可を貰って、撮影が終了し完成した映画が上映できるかをチェックされます。『セールスマン』は、許可は簡単にもらって、壁にはぶつかっていません。
今の状況を説明すると、映画を作っている人たちは、社会の制限がわかっています。
検閲官に赤の線を引かれてしまった時には、話し合いで解決します。納得するか、納得させるかです。今の芸術家と政治家はうまく会話していると思います。悪意を持って監督が作ろうとすると壁にぶつかって検閲を通らないこともありますが、いい考えで映画を作ろうとすれば、検閲官もわかってくれて話し合いで解決できると思います。これからもっともっと芸術家と政治家は近づいていくと思います。


東京外国語大学にて

― 日本のメディアが取材する時には、文化情報省の許可を貰って取材をするのですが、帰国までずっと同行してチェックされます。映画の場合には、脚本の段階でチェックしたあと、完成作品を上映前にチェックするまで、製作現場に時折検閲官が来ることはないのでしょうか?

タラネ:今の話を聞いて、イランで国外の方が取材する場合、検閲官や関係省庁の人が同行するということを知りました。国内の場合、脚本がOKなら、自由に映画を作って、公開の前にもう一度上映のためのチェックを受けます。脚本を検査する担当官と、上映を許可する検閲官は違います。この時には脚本通り撮っているかどうか、違うものが作られていないかをチェックします。イランで映画を作っている人は、どうすればいいかわかっています。また、観る側と作る側の思いには、それほど違いはないです。

― 50年ほど前、王政の時代にイランで取材したことがあります。全体的に非常に親日的でした。日本はロシアに勝ったということもあるようでした。日本にいらっしゃるのは初めてだと伺いました。日本人の印象はいかがですか?

タラネ:2~3日の滞在の印象ですが、日本の方はフレンドリーで、町にはテヘラン同様、人が多いのですが、日本の方は平和の中で暮らしていてストレスがないように感じました。もしかしたらストレスを隠しているのかもしれませんが。また、おもてなしが上手で、私を優しく包んでくれて居心地がいいです。今回は仕事で忙しいのですが、また来て、ゆっくり見て回りたいと思います。
イラン人全体は日本人がとても好きです。誰に聞いても、日本人は礼儀正しいと言うと思います。ある時期、イランの労働者が多く日本にきて、今は帰ってきていますが、皆、いい印象を持っています。

記者:先ほど、ハリウッド映画などでのイランの描かれ方がファナティックで暴力的でプロパガンダだとおっしゃいましたが、数年前にベン・アフレックが製作出演した『アルゴ』は1979年に起こったテヘランのアメリカ大使館占領事件という事実に基づいて作られた映画です。誰もが知っている事件で、これは全く罪のない人たちを長期に渡って監禁したもので、まったくの暴力行為です。これもプロパガンダだと言いたいのでしょうか? 映画はもちろんエンターテイメントですので、若干の誇張はあると思いますが、事実に基づいて描いたものですので。

タラネ:『アルゴ』は観ています。私は33歳ですので、事件が起きたときには生まれていません。当時のことは学校や親から教えて貰ったり、元アメリカ大使館も見たりして知っています。アメリカとイランの関係が悪化していた時期に起こった事件であることは間違いありません。語り方の問題だと思います。現実ではあるけれど、映画ですので多少脚色した部分もあることと思います。映画を観て悲しくもならないし、嬉しくもならない。当時の状況を説明しているかどうかというと説明しきってないと思います。歴史を描く時には、白か黒ではなくグレーな感じで描かないと正しいことが伝わってこないと思います。


*映画『アルゴ』についての雑感 参考までに  

アルゴ』  2012年 アメリカ
監督、製作、主演:ベン・アフレック
第85回アカデミー賞作品賞受賞

1979年のイラン革命の折、テヘランにある在イラン・アメリカ大使館が占拠され、444日にわたって人質が拘束された事件。この『アルゴ』で描かれているのは、大使館が占拠された時に、運よく脱出して人質にならなかった6人の物語。カナダ大使公邸に匿われた6人を、『ARGO』という映画のロケハンでイランに来たことにして救出したという実話をもとにしています。
イランを舞台にしているので、どういう風に描かれているのかが気になって観た映画です。冒頭に、1951年に石油国有化政策を打ち出したモサッデク首相が、1953年8月、アメリカが後押しするパフラヴィー国王の皇帝派クーデターにより失脚させられたことが掲げられていました。なぜ、イラン革命がおこったか、なぜ、アメリカが敵対視されるかが、当時の歴史を知らない人にもわかりやすく説明されていて、まずは好感が持てました。
(アメリカ政府が自分の利益のためには民主的に選ばれた首相も倒したという事実を、一般の観客がこの冒頭の短い説明でどれだけ理解してくれたかですが)
その後の展開も、これが実話?というくらい、はらはらドキドキのサスペンスで興味深く最後まで観ました。イランに対する悪意は感じませんでした。当時の事実を多少脚色しながら再現した映画だと思いました。もちろん、イランで撮影していないので、テヘランの空港は、ちょっと山が近すぎるかなとか、バザールはイスタンブルのグランドバザールだなとか、一瞬、イスタンブルの街角とわかる場面があったりとかするのですが、山の手の住宅街や、通りの様子など雰囲気はとてもよく出ていました。ベン・アフレック、なかなかやるじゃない!と、思った映画です。タラネさんのいうグレーに近い描き方だと思います。(咲)


●『セールスマン』 初日舞台挨拶

   6月10日(土)10:20からの上映終了後 12:30〜12:55(約25分)
   場所:Bunkamuraル・シネマ


Bunkamuraル・シネマでの初日舞台挨拶

初日初回の上映を観たばかりの観客の前にタラネさん登壇。今日は、白地に大きな花柄の上着を羽織って、とても華やか。

MC(みんしるさん):大きな拍手でお迎えください。(拍手鳴りやまず)
まずはご挨拶を!

タラネ:こんにちは。観てくださってありがとうございます。いろいろお話できればと思います。

MC:日本は初めてとのこと

タラネ:バーレバレ(はい、はい) 初めてです。素敵なところですが、仕事ばかりで、見て回る時間がなかったので、また絶対来てゆっくりいろいろなところを見てみたいです。

MC:『セールスマン』初日を迎えました。あらためまして、アカデミー賞外国語映画賞受賞おめでとうございます。 (会場 拍手)  今日から、いよいよご覧いただくチャンス。こちらのル・シネマほか2館でスタートしましたが、初回は3館とも満席です。おめでとうございます。

タラネ: 拍手!

MC:多くの方が待ち望んで、早く観たい方が多かったのですね。
アカデミー賞にノミネートされた際に、トランプ大統領の7カ国の人たちに対する入国制限命令が出て、ツイッターで授賞式出席をボイコットすると宣言されました。その際のお気持ちは? まわりの反応は?

タラネ:抗議した後、いろいろなコメントをいただきました。反対の方もいましたが、結果は成功。イランの国民と一緒に何かしたいと声をあげたのですが、アメリカの人たちからも声があがって、世界の人たちが一緒になって動いたお陰で、入国制限が解除されて、よかったと思います。

MC:国内と国外の反応に違いは感じましたか?

タラネ:海外からの反応はそんなに伝わってきてないけれど、制限を受けた7カ国だけでなく、全世界で反対の声があがりました。今の時代、国籍、肌の色、宗教は差別を受けるものではないと思いました。

MC:アカデミー賞外国語映画賞受賞は一つの勝利と受け止めました。さて、『セールスマン』を観て、皆さん色々と疑問が渦巻いていることと思います。 ファルハディ監督とは4本目の作品になりますが、現場ではどんな監督ですか?

タラネ:とても厳しい監督です。厳しい方のもとで仕事すると、自分も成長するのでいいと思います。

MC: カンヌで男優賞を獲得された夫役のシャハーブ・ホセイニさんとは、『彼女が消えた浜辺』でも共演されています。イランで現在放映されている国民的人気ドラマでも夫婦役とのこと。シャハーブさんは、どんな俳優ですか?

タラネ:今、イランの中で、ベストの男優さん。共演しているからでなく、普通の観客として観て、最高の俳優だと思います。ほかの男優さんともこれまで共演してきましたが、シャハーブさんとは、息が合うのか、やり方が合うのか、共演するといい評価を貰えます。

MC:イランの夫婦役といえば、お二人といえますね。

タラネ:そうでもないです。二人共いろんな監督の映画やドラマにも出ているので、終ったら、皆さん忘れます。笑

MC:ラナは女性からみて、つらい思いをしました。どのような役作りをしましたか?

タラネ:キャラクターは私とあまり離れていません。舞台で演じていて、年も近いです。でも、彼女に起きる悲劇的なことは経験していないので、精神科の目線から、こういう経験をした人がどういう思いをしているかや、暴行を受けた人がコメントを書いているものなどをネットで調べて読みました。監督ともよく話して、意見を交わしました。

MC:監督は撮影前にいろいろな機会を設けて役作りをさせると伺ったことがあるのですが、どのようにな説明を受けましたか? 皆で集まって話しましたか?

タラネ:映画の中では、「セールスマンの死」の舞台も演じています。撮影に入る前に長い間、実際に舞台のほうの練習もしました。2ヶ月くらいかけたのですが、監督は皆の心を一緒にして撮影に入るように狙って、舞台の練習もさせました。映画では一部しか出ていませんが。『彼女が消えた浜辺』も、稽古が2ヶ月と長かったです。10年間も一緒にいたような雰囲気にして、撮影に入りました。直接、映画には使われない部分もきっちり稽古しています。

MC:「セールスマンの死」の舞台もきっちり稽古したのですね。

タラネ:完璧ではないのですが、映画に関係のある場面は特に何回もやりました。

MC 一つの映画の中で、二つの役を演じるのは難しくなかったですか?

タラネ:演じることは、もともと大変です。一つの作品に入る時、ものすごく準備します。今回は舞台もあって、しかも老女の役。複雑な役なので、演技技術も伴わないといけません。

MC:『彼女が消えた浜辺』の上映会を昨日行いました。『セールスマン』とは、“ガラス”が繋がる部分だと昨日おっしゃってました。両方観れば繋がっている部分を感じていただけると思います。
(『彼女が消えた浜辺』がアジアフォーカス福岡国際映画祭で上映された折、ファルハディ監督にインタビューした時に、ガラスが割れるのは、その後の運命を暗示していると語っていました。『セールスマン』でも、冒頭、建物が隣の工事の影響で壊れそうになる時に、窓ガラスにひびが入ります。)

MC:次回作のご予定は?

タラネ:今、ドラマの撮影中で、シーズン2があと1週間でリリースされます。秋まで続きますので、それが終ってからどうするかです。

MC:そのドラマも日本で観れるといいですね。さらなる活躍を!  素晴らしい演技を届けていただければと思います。



*撮影タイム

マスコミのあと、観客にも時間を取ってくださって、笑顔を振りまくタラネさんでした。


(左)Bunkamuraル・シネマ ロビーのポスターに寄せられたサイン
(右)Bunkamuraル・シネマにて                


**********


★取材を終えて

上記、3つのイベントのほか、下記のイベントにタラネさんは登壇されました。

6月7日(水)
『セールスマン』一般試写会 三浦瑠麗さん(国際政治学者)との才色兼備トークショー
場所:ユーロライブ

6月9日(金)
『セールスマン』公開記念 タラネ・レトロスペクティブ 『彼女が消えた浜辺』上映と Q&A
場所:Bunkamuraル・シネマ

6月10日(土)
『セールスマン』公開記念 タラネ・レトロスペクティブ 『私は15歳』、『Modest Reception』上映と Q&A
場所:早稲田大学


最後の早稲田大学でのイベントには、イラン人の留学生や在住の人たちも大勢参加し、質問も多く飛び出して熱気溢れる会場だったそうです。
2本目に上映された『Modest Reception』は、マニ・ハギギ監督の作品で、観たことがなく、参加できなくてほんとうに残念でした。イラン人を相手に、どんな回答をされたかも知りたかったです。


東京外国語大学では、ペルシア語を学ぶ若い学生さんたち、日本記者クラブでは、ベテランの記者の方たちと、投げかけられる質問も違いましたが、ほんとうにどの質問にも素敵な回答をしてくださったタラネさんでした。
今回はイベントの合間にも個別取材をこなされて、自由時間がほとんどなかったようです。次に来日される時には、ゆっくり日本を味わっていただけるといいなと思います。

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(取材:景山咲子)
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