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女が作る映画誌 ー 女性映画・監督の紹介とアジア映画の情報がいっぱい
(1987年8月、創刊号 巻頭文より) 夢みる頃をすぎても、まだ映画を卒業できない私たち。
卒業どころか、30代、40代になっても映画に心が踊ります。だから言いたいことの言える本まで作ってしまいました。
普通の女たちの声がたくさん。これからも地道な活動を続けていきたいと思っています。どうぞよろしく。

『マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白』
ユン・ジェホ監督インタビュー

1年間の出稼ぎのつもりで中国にわたり、騙されて中国人の妻として売られた北朝鮮の女性マダム・ベーを追ったドキュメンタリー 『マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白』。 6月10日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国で順次公開されますが、いち早く、この3月、第12回大阪アジアン映画祭で上映されました。その折に来日されたユン・ジェホ監督に、2誌合同で東京でお話を伺う機会をいただきました。

『マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白』
英題:MRS. B, A NORTH KOREAN WOMAN
監督:ユン・ジェホ
撮影:ユン・ジェホ、タワン・アルン
プロデューサー:ギョーム・デ・ラ・ブライユ、チャ・ジェクン
音楽:マシュー・レグノー
編集:ナディア・ベン・ラキド、ポーリーン・カサリス、ソフィ・プロー、ジャン=マリー・ランジェル

カンヌ国際映画祭ACID部門正式出品、2016年モスクワ国際映画祭、チューリッヒ国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー映画賞受賞


(C)Zorba Production, Su:m

シネジャ作品紹介 http://cinemajournal-review.seesaa.net/article/450089756.html

配給:33 BLOCKS
2016年/韓国・フランス/72分/DCP/ドキュメンタリー
公式サイト:http://www.mrsb-movie.com
★2017年6月10日(土)シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開



ユン・ジェホ監督 撮影:宮崎暁美

*ユン・ジェホ監督 プロフィール*

Jero YUN
1980年、韓国・釜山生まれ。13歳から絵画を学び、2001年に渡仏、ナンシーのエコール・デ・ボザール、パリのアール・デコ、ル・フレノワで、美術、写真、映画を学ぶ。2008年『The Fall』から始まり、『赤い道』(2010)、『約束』(2011)、『豚』(2013)、『ヒッチハイク』(2016)、5本の短編がカンヌ国際映画祭に出品。2011年『約束』が韓国アシアナ国際短編映画祭で大賞を受賞。2012年に中編『北朝鮮人を探して』がメキシコ、シネマプレンタにて審査員スペシャルメンション賞を受賞。2016年カンヌに出品された本作はこれまで25の映画祭に招待された。現在は韓国とフランスを拠点に長編劇映画の制作に取り掛かっている。







◎ユン・ジェホ監督インタビュー

◆劇映画のための取材の中で、マダム・ベーに出会った

― どのような経緯で、マダム・ベーのドキュメンタリーを撮ることになったのですか?

監督:元々、脱北を背景にした家族についての劇映画を作るつもりでした。そのリサーチの過程でマダム・ベーに出会いました。彼女のことをドキュメンタリーにしようと思ったのは、彼女と出会って2年後のことでした。

― どちらの家族も顔を出して、はっきり発言していて驚きました。スクリーンで流して大丈夫なのか心配になりました。家族のほうから、撮らないでほしいとか、言われなかったのでしょうか?

監督:心配にはあまりなりませんでした。撮影を始めるときに顔が出ると了解を得た上で撮っていましたし、映画にするかは決めていませんでした。2013年に中国に取材に行った時に彼女と知り合って、しばらく過したあとに、彼女がある日、中国人と暮らしている家に連れていってくれました。なぜ北朝鮮の自分がここにいるのかを話してくれて、映画にしたいか?と彼女から提案されました。映画化したのは、後からの結論で、彼女の方から撮らないでほしいといったことはありませんでした。


◆息子たちの将来を思って脱北を決意した

― 一緒に国境を越えていく場面で、映像では淡々と女性が歩いています。国を越えるところは、通常なら緊迫感があると思うのですが、同行されてどう感じましたか?


ユン・ジェホ監督
撮影:宮崎暁美

監督:実際に同行して、今だからこそ言えるけど、あの時は運がよかった。危険な目にあうというイメージですが、必ずしもそうじゃないとわかりました。国境を渡る時に、ブローカーが存在していて、ラオスのブローカーはかばんを背負ってくれました。対応がひどいところもありました。人によって違います。脱北の旅に同行してみて、絶対的な善人も悪人もいないと思いました。世界どこにいっても、そこにいるのは、「人」なのです。

― その人というのが、国家体制に翻弄されるということをこの映画を観て感じました。北にいても南にいても幸せじゃない、どこにいても幸せになれない人もいるのだと。 マダム・べーは国境で夫と会って、人間の皮を被っただけというひどい状況をみて、脱北させなければと思ったのでしょうか?

監督: マダム・ベーは、一年だけ出稼ぎするつもりで行って、北に戻るつもりだったけど、中国人と結婚することになって、その中国人が性格も良くて、ユーモアもあって、年も近くて気楽に過せるので一緒に暮らす決意をしました。北の夫を脱北させようと思ったのは、子どもへの思いがあるからです。子どもたちになんとか幸せな暮らしをさせたいと思って脱北させようと思ったところで、次男が父親と一緒じゃないと行かないと言ったから一緒に来ることになったのです。


◆厳しい現実の中の幸せな一瞬を捉えたい

― 子どもたちはお母さんについて何かおっしゃっていますか?

監督:長男とは韓国に行く前に、中国で一緒に暮らしていて、喧嘩もしていますが、中国の夫を義理のお父さんとして存在を受け入れています。それに比べると、次男は違う考え方です。


(C)Zorba Production, Su:m

― 息子さんがパックしている姿は、いかにも韓国らしく、それがまた、脱北して韓国で暮らしているのはいいけれど、あまり幸せじゃない。仮面をかぶって韓国に暮らしているようにも見えました。監督は、あの場面でどのように感じられましたか?

監督:次男は映画俳優になる夢を持っていて、肌が荒れているので、肌の管理に気をつけているのです。深い意味までは考えていませんでした。当時、20代初め、今は20代半ば。年相応のことをしていると思いました。 そのシーンが家族のおかれている状態と較べて、アイロニーを感じる場面でした。極端に厳しい状態の中でも、日常の笑いや幸せを感じる場面で見逃したくなかったのです。彼らにとっても、どんなに苦しくても笑うこともあるだろうと。


◆カラオケに託した切ない思いに触れ、撮影を終える


(C)Zorba Production, Su:m

― 最後がカラオケで唄う場面で終わって、とても切なかったのですが、ドキュメンタリーにしようと思われた時に、もしかしたらハッピーエンドになると思われていたのでしょうか?

監督:一番初めは、特に意図したことはありませんでした。彼女について、最初から作ろうと決めたのでなく、映画のために調査しながら撮っていました。タイ経由逃げる時にも成行きで同行することになって、タイで別れて1年後に彼女と再会しました。その時にもまだ彼女についてドキュメンタリーにするつもりはなく、撮り続けているうちに映画にすることになりました。
ラストシーンですが、彼女はカラオケが大好きでよく遊びに行くのですが、ある日、行くというのでついて行って、いくつか歌った中で自分の心に響くものがありましたので、ラストに使おうと思いました。
ちょうど北と中国の家族の間で葛藤している時期だったので、これ以上撮るのはやめて、ここで終らせようと決めました。

― 監督があそこでドキュメンタリーをやめようと思ったのは、予定していたのではなく、様子を見て、終らせようと思ったのですね?

監督:まさにそうですね。


◆マダム・ベーの今

― 中国の夫や夫のご両親とは、その後再会できたのか、監督はご存じでしょうか? とても気になっています。

監督:今は中国の夫でも北朝鮮の夫でもなく、独立の道を選びました。ソウル近郊の町にバーを開業して、稼いだお金の一部を両方に送っています。経済的に両方の面倒をみています。なぜ、そう決断したかは詳しいことは知らないので推測ですが、両方の家族を傷つけたくないと思っているのだと思います。


(C)Zorba Production, Su:m

― 中国のご主人が彼女のことをとても大事にしていて、いつか戻ってきてくれると信じて韓国に送り出したことや、中国のご主人の両親からも、やっと嫁に来てくれたと大事にしている様子も映画から伝わってきました。


◆次回作は、当初予定していた脱北を背景にした家族の物語

― 今後の映画製作のご予定は?

監督:マダム・ベーの前に準備していた劇映画を、本格的に撮り始めたいと思っています。 マダム・ベーとも共通しますが、一人の女性であり母である人物の物語。背景として脱北があります。それが映画の中心にはなっていません。メッセージは簡単。過去はともあれ、今から眺める未来はいくらでも変えられる。未来を変えるために小さな実践が必要。それは、相手に近づく小さな一歩で、未来を変える力になります。

― 楽しみにしています。今日はありがとうございました。


ユン・ジェホ監督 撮影:宮崎暁美


☆取材を終えて

マダム・ベーは、実にたくましくて、精力的で、監督が彼女に出会って取材を続けるうちに、彼女のペースに引き込まれていったのではないかと、お話を伺っていて感じました。一方で、彼女と家族の生活にずかずかと深入りせず、見守っていて、観察者としての監督の姿勢も感じさせてくれました。
マダム・ベーが韓国で暮らすうちに、どんどん綺麗になっていく姿もまぶしく、ドキュメンタリーのヒロインとして、実に素敵な人物に出会えたものだと思いました。監督の次回作は、劇映画とのことですが、こちらも楽しみです。(咲)



大阪アジアン映画祭でこの作品を観ました。
あいにく大阪では、監督トークのある時に参加できなかったのですが、東京に帰ってきてインタビューさせていただくことができました。穏やかな感じの監督で、きっとマダムベーの積極的な行動についていったという感じだったのではないかと思います。それにしても危険な脱北行に同行するという手法で撮った「脱北」映画を観たのは初めてでした。
1年間の出稼ぎのつもりで脱北したのだけど、だまされて中国の農村の家に売られてしまったマダムベー。
北朝鮮からの脱北というけど、だまされて売られてしまうという例はたくさんあるのだと思います。 そんな中でも彼女はとてもラッキーだったのかもしれません。
中国の家族が協力的で、他の脱北者の手引きなどをするようになったやり手でした。
そして家族の脱北も画策するのですが、夫や子供は必ずしも脱北を希望してはいなかったのかもしれません。
彼女の手引きで脱北したものの、あまり幸せではないという感じで、ほんとに脱北して良かったのだろうかとも思いました。
それにしてもマダムベーの行動力とかバイタリティに関心しました。(暁)

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取材:景山咲子(文)、宮崎暁美(写真)
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