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女が作る映画誌 ー 女性映画・監督の紹介とアジア映画の情報がいっぱい
(1987年8月、創刊号 巻頭文より) 夢みる頃をすぎても、まだ映画を卒業できない私たち。
卒業どころか、30代、40代になっても映画に心が踊ります。だから言いたいことの言える本まで作ってしまいました。
普通の女たちの声がたくさん。これからも地道な活動を続けていきたいと思っています。どうぞよろしく。

『まともな男』ミヒャ・レビンスキー監督 インタビュー

ミヒャ・レビンスキー監督 撮影:白石映子

■ミヒャ・レビンスキー監督プロフィール


1972年ドイツ カッセル生まれ。スイスのチューリヒで育ち、ジャーナリスト、脚本家、音楽家として活動。2005年に監督デビューを果たす。2008年に発表した初長編『Der Freund』はスイス映画賞 最優秀作品賞に輝き、この『まともな男』(原題:Nichts passiert)は2016年の最優秀脚本賞を受賞しています。

作品紹介はこちら
http://cinemajournal-review.seesaa.net/article/454972614.html






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インタビュー(C=シネマジャーナル、Y=YABO)

:主人公のトーマスに「なぜそちらを選ぶのか?」という疑問や感想がたくさん出て来る作品でした。本国スイスでヒットしたというのは、共感する方が多かった、または自分だったら、と考えさせたからでしょうか?

監督:うーん、簡単に言うと、トーマスに共感したのは男性が若干多く、女性は「なんで?」という方が国を問わず多かったです。:そうそうそう) それは女性の方が、いざというときに問題と向き合う勇気を持ち合わせているというか勇敢であるからじゃないかと思います。

:日本には「イヤミス」というジャンルがあります。私も観ている間気持ちがざらざらして、観終わった後いやな気持になるというか、不安になる映画でした。もし監督がトーマスの立場だったら、ザラに「秘密にしてほしい」と言われたときどういう選択をしましたか?


監督:正直言ってわからないですね。いつもいつも考えることですが、たとえばドイツではホロコーストを今も現実にある問題として捉えて、過去にしきれずにいます。みんな早い段階のうちに声を上げたい、何かすればよかったと思っています。
自分自身良い人でありたいから、すぐに警察に行けばいいと思ってはいても、実際にできるかどうかはわからない。あなただったらどこでアクションを起こしたと思いますか?

:難しいですね、どこでと言われると。私もやっぱりその時になったら迷ったと思います。

監督:昨日(取材を受けて)話していたのですが、日本には「ノー」と言う文化がない、相手に「ノー」と言うのは難しいと。無礼だと思われてしまうかもしれない。あのシーンで女の子の方も言い出すことは難しいのではないかと思うんです。「自分が悪かったのかもしれない」「思わせぶりなことをしていたのかもしれない」と思ってなおのこと言えないんじゃないかと。言えるんでしょうか。

:私はトーマスが最初の段階で奥さんに話してほしかったです。でもちょうど家庭不和だったりしてできない。監督の書かれた脚本はこの後でも問題が起こるたびに障害を用意しています。上手い脚本だなと思いました。

監督:人生においては多くの障害があるものです。叫び声が聞こえたとします。なんだろう、何か起こっていると外に出ようとしたら寝間着だった。出られないとか、ね。この映画の奥さんも何かあったような気がしている、けれども自分は静かに仕事を進めたいので、何もなかったと思いたいのかもしれません。

:トーマスは押しに弱い人ですよね。奥さんに対しても「大丈夫、まかせとけ」と何かにつけ言い、頼ってほしがってる気がします。アルコール中毒気味なのも打ち明けられずにいるのは、良い夫でいたい、男としてのメンツにもこだわる人なのかなと思いました。感想ばっかりになっちゃってますね。

監督:僕も全く同感です。誰しも“承認欲求がある”というか、人に認められたい愛されたいと思っています。愛されることに依存している人は弱いものです。トーマスはそれが特別に強い人です。いつも愛してもらいたいと思っているので不安にかられているんです。もし僕がトーマスにアドバイスできるなら「そんなに皆に好かれなくてもいいんじゃない?」「そしてここぞという時に正しい行いができる人になればもっと愛してもらえるかもね?」って言ってあげたいですね。

:公式インタビューでは2人の子供の父親になり私生活の変化で疲れていたとありました。監督ご自身の経験が奥さんの気持ちに反映されていますか。

監督:日本ではどうかわかりませんが、一般的にヨーロッパでは結婚すると全てできなくてはいけないんです。男性が仕事をして女性が家庭を守るというだけでなく、何でも平等にクリエイティブでなくてはいけないし、稼がなくてはいけないし、子どもとの時間も作りたい。そして夫婦としてペアでもあり続けたい。それはとっても難しいことですよね。だから…ちょっと入っているかもしれません。

:いろいろな問題を含んでいる作品ですが、中でも大きいのは上司の娘であるザラがレイプされたことだと思います。15歳の少女の気持についてどのようにリサーチされたのですか?


監督:まず本をたくさん読みました。ザラ役のアニーナ・ヴァルトは当時18歳で、演劇学校の経験もあるすばらしい女優でしたので、彼女と一緒に性被害に遭った人の相談センターに行きました。ここにロゴがあります(と協賛各社のロゴの一つを指さす監督)。そこにはたくさんの事例があり、ほんとうに驚きました。一件一件のケースが全て違って、その後の反応や経過も違っていました。元気にしていたかと思ったら突然鬱になったり、直後でなく大分たってから不安になったりしていました。こんなデリケートなテーマを映画で扱って、という批判もありましたが、私たちが訪れたセンターは、レイプの問題は、当事者よりもその後事情を知った周囲の人たちの問題が一番多い。その人たちへ対してのアプローチとして重要だからと、この映画を後援してくれたのです。

:ザラは事件の後で「アフターピルが欲しい」と主人公に頼みます。15歳の少女がアフターピルを知っていることに驚きました。スイスでは性教育の一環として、一般に知られているのでしょうか?

監督:普通に知られています。逆にこれは問題かもしれません。というのはティーンエイジャーが軽はずみに避妊もせずにいて「アフターピルがあるからいいや」ということにもなりがちです。

:日本は酔っ払いに寛容な国だと思っているのですが、トーマスがセラピーを受けているにもかかわらず心の弱さからまたお酒に手を出したり、飲酒後運転したりしています。飲酒の問題は重要ではありませんか?

監督:日本もスイスも礼儀正しくしなければとか、付き合いを良くしなければとか、たくさんコントロールされていると思います。肩の力を抜いてストレスをなくすツールとして、アルコールは有効です。トーマスの場合は飲酒そのものより、その原因となるものがたくさんあるのでそちらが問題です。彼はちょうど圧力鍋のような状態でいるんです(笑)。

:監督のこれからのYABO(野望、希望)を教えてください。

監督:またこのようなジャンルのよくわからないような映画を撮ることができて、同時に家族との時間もきちんととれて、仕事と両立できたらいいなと思っています。




▼取材を終えて

新宿K'sシネマで上映中の『まともな男』ミヒャ・レビンスキー監督が初来日、11月18日(土)上映前にお目にかかりました。フリーペーパー「YABO」のライターさんと合同取材です。試写で知り合って初めて一緒に取材することになりました。前もって質問事項を打ち合わせできたので、短い時間でスムーズにお話が聞けたと思います。若い女性の通訳さんもテキパキして言葉選びの上手な方でした。

原題の“Nichts Passiert”は、ドイツ語で「何も起こっていない」。「なんでもないよ」とトーマスが妻に応えているのがこれでしょうか。日本語でもそう言うときは、何か裏に言えないことが往々にしてあるんですよね。 監督のこれまでの作品はラブコメが多かったそうで、本作は驚きをもって迎えられたようです。主人公のトーマスは小心でいたって人のいい「まともな男」ですが、最初の嘘にまた嘘が積み重なって悲劇を呼び寄せてしまいます。他にも選択肢があるのに、なぜか悪い方にいってしまうトーマスに監督は親近感があるそうです。

事を大きくしたくなかった気持ちもわかりますが「それはないでしょ」と言いたくなるトーマスの行動とセリフに苦い笑いがこみ上げます。飲酒も喫煙もしない筆者は嗜好を理解せずシビアかもしれませんが、節制できない人はお酒を遠ざけてほしいと思います。後半飲んでいなければ、ここまでひどいことにならなかったでしょう。

事件を知ったセヴェリンの親の対応に男女の性差を感じ、またトーマスにしても自分の娘のジェニーに起きたことだったら、もっと感情的になったはずと思いました。監督は「観終わった後も、観客の心に残っていろいろ考えさせるラストにした」と言われました。宿題を受け取ったように様々な感想が出てくる作品です。ぜひ劇場へ足をお運びください。

(取材・まとめ・写真:白石映子)

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