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女が作る映画誌 ー 女性映画・監督の紹介とアジア映画の情報がいっぱい
(1987年8月、創刊号 巻頭文より) 夢みる頃をすぎても、まだ映画を卒業できない私たち。
卒業どころか、30代、40代になっても映画に心が踊ります。だから言いたいことの言える本まで作ってしまいました。
普通の女たちの声がたくさん。これからも地道な活動を続けていきたいと思っています。どうぞよろしく。

『花子の日記』松本卓也監督インタビュー

プロフィール:1976年生まれ、東京都出身、ガリで近眼、鼻炎、快便。
10年のお笑いコンビ活動を経て、解散後、完全独学で映画制作の道へと進む。
以後、「ノーマネー、ノー真似」 の精神でオリジナリティある作品を創作。
制作した長編、短編が国内外の30を超える映画祭で入選・受賞。
シネマ健康会HPより)

― プロフィールを拝見するといろんなことをなさっているんですね。選んで選んでこの監督の道に来られたのですか?

いえ、逆にはじかれてはじかれて監督になったっていうか。僕はお笑いコンビを10年近く続けてきましたが、その相方以外とはコンビを組む気はなかったので、2001年に解散ライブをやった後なにもなくなってしまってぼ~っと一ヶ月過ごしていました。映像のほうは昔から趣味で、今で言えば自主映画をやっていたので、そのときに知り合った人たちの薦めもあってこっちをメインにしました。

― 『花子の日記』はさぬき映画祭での受賞作品ですね。

映画祭は作品ができてから応募するのが多いんですが、さぬき映画祭は企画の審査からです。ほかの映画祭にない企画から一緒にやっていこうというのが魅力だったので、出してみました。ぼくは2008年『グラキン★クイーン』、2009年『花子の日記』の企画で受賞しました。優秀作品に選ばれると賞金(50万円)が出て、次の年には映像作品を作って上映します。

― 賞金だけでは映画を作るのに足りませんね。

僕らのような東京からのチームだと、ロケハンだけでなくなってしまいます。『グラキン★クイーン』のプロデューサーと、もう一人のプロデューサーがタッグを組んで、資金集めをしてくれてほんとに助かりました。監督は全然役に立っていないんですが、いいとこどりをしてしまっています。

― このストーリーはどこから生まれたんでしょうか? 韓国とはどこで結びついたのですか?

すいぶん前に、日本の苺が韓国で作られているとニュースや雑誌で知ったんです。向こうでは苺がとても人気らしくて、日本のブランドの苺が持ち出されてコピーされているらしいということでした。それがずっと頭にありました。韓国といえば焼肉、日本の和牛の精子もイチゴのようにできるんじゃないかと妄想が膨らんで、いろいろリサーチするとありえない話ではない。ただ牛の精子をめぐる話はあまり前面に押し出さないようにしました。僕の着地したいのはエンターテイメントですし、いろんな人に面白く観てもらいたいので、ヤクザというステレオタイプな人間を出してそっちのせいにしました。

― そういうストーリーは思いついたら書きとめていくのですか?

漫才のネタと一緒ですね。すぐ忘れちゃうので書いておきます。メモ魔だったりするんですが、場所を統一していなくてノートに書いたり、携帯の録音機能だったり、とっちらかっています。それをまとめたら膨大な企画量になるんですけどね。パソコンにきちんと入れておこうと思っています。


松本卓也監督

― キャストはどのように決まりましたか?

映画祭で受賞した後、プロデューサーが用意できるよと言ってくれました。ふだんは当て書きが多いんですが、これも初体験としていいかなとぜひ、とお願いしました。倉科カナさん、永島敏行さんが決まって、金守珍(キム・スジン)さんが候補に上がっていました。水野美紀さんは後からです。
脚本は漫才のネタ作りの尺を長くした感じで作りました。
自主映画っていうのはどこを自主映画っていうかなんですけど、自分から発信するってことなら『花子の日記』まで自主映画なんです。特に原作もあるわけではないし、オリジナルを映像にできたことはほんとに恵まれているなぁと思います。観ていただいてわかるとおり、お金がかかっていません。集まってくれたスタッフにはインディーズの作品と比べると給料は出ていますが、プロの現場に出ているときよりはすごく安くやってもらっています。シネマ健康会のメンバーが8割以上です。

― 手作り感ありますよね、あの牛の頭とか。

全部そこに集約されています(笑)。これは脚本にも盛り込んでいて、学園祭なら手作り感出ていいなと。僕の高校でああいうのを作る文化があったんですよ。風船を膨らませてその周りに紙を貼って、乾いたら風船を外すと被れるようになります。当時の同級生にやり方を聞いて、その人に美術部と話してもらいました。20いくつか作りました。
あのダンスシーンはもともとなかったのですが、どうしても入れたくて後から作ったものです。もう予算がなくてダメダメ!というのを、自腹で場所を借りて専門学校生たちに協力してもらって撮りました。そしたらあとでプロデューサーの方々が「いいな、あの画像。ちょっとDVD特典にちょうだいよ」とか言って(笑)。劇中のバンドは架空のバンドです。友だちの集合体というか。主題歌はシンガーソングライターの友人(チャンベビのユウコさん)に牛の話につなげて作ってもらいました。

― 監督はどんな風に演出や指示を出しますか?

いやいや、僕はあんまり出さないです。こだわるところはこだわるんですけど、意外とざっくりだし、差が激しいと思います。
芸人気質なのか、リハーサルは照れてしまうんです。同じことを何度もやるってことに慣れないんですよ。できれば一発でやりたくていきなり撮ってしまうんですが、そういうやり方にとまどう役者さんもいるので、綿密に段取りをしてやる場合もあります。

―そのこだわった場面をいくつか教えてください

花子が見る妄想の保健室のシーンです。あと最後のトラウマから脱却するシーンで、あれは花子が自己完結しているんですけど、現実の世界よりも花子の心が素直に現れています。書いた人以外にはわかりにくいシーンだと思うのですが、水野さんはけっこう楽しんでやってくれたみたいで嬉しかったです。細かく聞かれることもなく、微調整するくらい。「あ、こんな感じですね、わかりました」と、非情に淡白というかさっぱりした方です。

― ほかの方々はいかがでしたか?

永島さんもなんというか、すごく変態性を出していただいて(笑)。永島さんのキャラと全然違う方向でやってほしかったので、「ここは気持ち悪い親父をやってください」「女子学生の身体をまさぐってください」と(笑)、永島さんまじめな方なので大変だったと思うんですけど。
僕も照れないでリハーサルできて、とても勉強になりました。

― 金さんはとてもいい笑顔のお父さんでした

新宿梁山泊の演出家で俳優さんですから、怖いイメージがあったんです。こんなヘナチョコ監督が演出つけていくなんてと思っていたんですが、そこはもう、いい加減な顔をしてやりました。たぶん生の舞台をずっとされているからか、一番僕の感覚を理解していただいたと思うんです。そのままカメラまわしてOKな感じで、きっと僕に合わせてくださったんですね。

SORAさんは殆ど初出演なのに全然物怖じしないです。親子役の金さんは相方になるわけですが、梁山泊の劇団員の人が見たらびっくりするようなやりとりをしていました。SORAちゃんの初々しさとキュートさのおかげで、金さんニコニコでやってくれました。

― キムスメちゃんっていう名前でしたね

キムさんの娘だからキムスメちゃんという。適当なんですけど、映画タイトルや登場人物の名前にはこだわりがあります。僕は鳥山明ファンで、あのネーミングが大好きなんです。そのまんまで、いい加減そうでいて覚えやすい。実は作品中の韓国人の名前は、自分の好きな韓国の映画監督の名前から取っています。キム・ギドク、リュ・スンワン、ポン・ジュノ。キムスメの本名のジャンヒャンは『おばあちゃんの家』のイ・ジャンヒャン監督から。あとは、乳製品の名前から森永ちゃん、メイド喫茶のグリコとか(笑)。映画タイトルは最初『ビーフのキョーフ』だったんですけど、そっちはなくなって『花子の日記』になりました。

― 俳優さんそれぞれと「こうやっていこう」といろいろ考えますか?

監督ってどこかいい加減なところがあったほうがいいと思っているんです。永島さん、金さん、みなさんすごい役者さんですから、現実を直視しすぎると萎縮してしまう。そうならないで、生意気ながら作品を撮る上で協力していただける役者さんと信頼関係をちょっとでも築ければ、勉強させてもらえればいいなというのがあります。今回の撮影日数は香川ロケが20日間と、戻ってきて韓国のシーンを新大久保で撮ってプラス3、4日です。

― そういういい(良い)加減なところと、監督としてここだけは譲れないところがあると思います。なんでしょう?

どの作品でも共通してあることってなんですかねー。作品には出ないかもしれませんが、現場が楽しい、ってことですね。仕事として作品を作るのに慣れてないせいもあるのか、とにかくみんなで作っていきたいんです。映画って学園祭の延長みたいじゃないですか? こういう言い方が許されるのかどうかわからないんですが。お祭り前にみんなで徹夜したり、泊まったりしてハイになって作り上げていくあの感じ。大人になっても、映画の中では許される学園祭。できるだけスタッフも役者も役職をこえて人間同士でつながりあって現場で楽しく作る、ということを心がけています。それがホラーであれ、サスペンスであれ、コメディであれ、裏側でそういう空気があったほうがいいものが作れると思っています。


松本卓也監督

― 撮影は早いですか?

時間が余ったら余ったで、その分使ってまた撮ってしまいますね。段取りで予定調和とか大嫌いなほうなんですよ。お笑いそのまんまかもしれないですけど。ロケハンに行って段取りしても、当日の天候や状況で違ってくるでしょう。基本的には、こぼれてるくらい撮りますね。スタッフは大変だと思いますけど。この作品はだいたい脚本のままです。編集ってお化粧に似ていると思ってるんですが、すっぴんに近い状態でいく映画なのか、ゴテゴテに塗りたくる映画なのかっていうことです。今回寄り道の感があるのは、そのニュースを元にしたノンフィクションのところを抑えるために、化粧してみたから。

―父と娘二人の話がメインですね。父親のモデルはいたのですか?

僕の父もそこそこああいうタイプの人間かな。日本のほうは不器用な父親でひとつの代表ですし、韓国のほうはなんでも本音で話し合えて、目上の人との関係性もある。実際僕の知り合いに、父親を「おやじ」と呼んでいたり、一緒に住んでいながら会話がなかったりという女の子がいます。
もとは、牛狂いの親父と、人のいい親父二人が精子をかけた逃走劇をくりひろげるというのが最初の企画だったんです。『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』のむさくるしいおっさん版のイメージ。男だけじゃなぁと、最後に理性も働いて娘を二人足しました。せっかくだから韓国との対比も入れました。

― 可愛い娘が増えて良かったです。花子のトラウマの根っこは牛と同じ名前というところですね。

花子は、韓国の親子と会ってちょっとだけ変わりますが、親父の前では肉を食べない。僕は急に変われる人間って信用できなくて、ちょっとだけ進歩できていればいいかなと。花子も妄想の中では素直だけれど、実際はあの「ツンデレ」でいいと思っています。

― 花子役の倉科カナさんの韓国語がお上手でした

韓国語の指導をしてくださる方がいたほか、SORAさんやほかの韓国人役の出演者の方々から教わったりしていました。SORAさんは日本で活動中なので、日本語ぺらぺらです。

― 永島さんのファンからぜひ聞いてきて、と言われたのが、あの滅多に観られないシーンです。 それも2度も入っていますね。

半ケツ部分のシーンは・・・でも永島さん最初から全然いやがってなくて、あのシーンについては二人でえんえんと話しましたね。まあ酒を飲んでしまうとああやって寝ちゃう「癖(へき)」ということで。「やっぱりケツ出して寝たら面白いじゃないですか」「そうだな」と(笑)。死んでるのかと思って駆けつけたらあれだったという意外性、だったらその前にも1回やっておこうと逆算でやりました。永島さんが立ち上げからやっている秋田十文字映画祭で、『花子の日記』50分バージョンをかけていただいたら、ファンの人に永島さんにあんなことさせて、と言われました。でも言いながらみんな顔ニヤケていましたね(笑)。

― あれも観たことのない一面ですね

永島さんだったら『遠雷』とかたっぷり観たうえで、「新たな一面をと、こういうの書きました」っていうアプローチが良かったんですが、そんな時間がなかった。次また永島さんにお願いする機会があったら、全く違ったキャラクターを書いてみたいです。作品に出ていただいたら、その俳優さんの何かちょっと違う部分出したいです。 花子だったら普段の可愛いヒロインと違う、怒るとぶちきれちゃうところがある、金さんは怖いイメージなんだけど、メイド喫茶での部分とか、この映画で新たな一面を出したい、しかもその人がやりかねんな、という延長上のところを突きたいんです。

― これからのご予定は?

できる可能性があったら全部やっていこうというスタンスではあるんですけど。一番は・・・どこまで行っても根っこは芸人。お笑いが好きなんです。やめているというよりメインの活動にはなってないだけで、当然ネタを書いたり演じたりは続けていきたいです。
ただ、映画が一歩勝っていると思うのは、仲間との団結ですね。さっきの学園祭ののりです。お笑いの場合、よくも悪くも個人かコンビなので自分たちで責任もとる。映画だと、監督以外の人がいないと成り立たない。いろんな人たちが技術を持って集まってお金もない中でやっている。「さるかに合戦」の世界感というか・・・栗がはじけて、臼が乗っかって・・・一発一芸のあの世界観が大好きです。仲間がいて頼もしいし、楽しいし、それだけはお笑いにないです。映画って中毒になってしまうような不思議な魅力がありますね。

僕は映画好きですけど、映画の勉強というのはしていないです。僕の役割はそこかなと思っているんですが、僕は色物から映画に横入りしたようなものですから、正統派の作品を作るなんておこがましい。普通のセオリーというのはできるだけ勉強しないようにして、変化球、反則技すれすれでやっていこうと思います。北野武監督の映画はできるたびに全部観ています。『アキレスと亀』が大好きなんですが、どんなジャンルであっても北野映画だっていうところがありますよね。できれば自分もそういうところを出していけたらと思っています。



インタビューを終えて:『花子の日記』が私の観た初の松本作品かと思っていましたが、幕張で行われていた海洋映画祭に2回入賞しておられるので、知らずに観ておりました。「種族:芸人 仕事:監督」という松本監督は表情豊かで、話題にも事欠きません。このほかにドラクエや、鳥山明さんの話、お父さんが集めていたビデオを観て映画好きになった話、はては映画の料金についてなどなど、ここに書ききれないほどたくさんのお話ができました。楽しくてあっというまの1時間でした。
ネットでは監督の最近の作品予告編ほか、お笑いコンビ時代の映像、実のおばあちゃんや弟さん(ヒロイン花子の彼氏役も演じています)出演の短編を観ることができますので検索してみてください。


『花子の日記』作品紹介はこちら


(c)2011 「花子の日記」製作委員会

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(取材・写真:白石映子)
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