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女が作る映画誌 ー 女性映画・監督の紹介とアジア映画の情報がいっぱい
(1987年8月、創刊号 巻頭文より) 夢みる頃をすぎても、まだ映画を卒業できない私たち。
卒業どころか、30代、40代になっても映画に心が踊ります。だから言いたいことの言える本まで作ってしまいました。
普通の女たちの声がたくさん。これからも地道な活動を続けていきたいと思っています。どうぞよろしく。
空気人形ロゴ

記者会見&舞台挨拶レポート

是枝裕和、ペ・ドゥナ、ARATA、板尾創路

 6月18日、今年の第62回カンヌ国際映画祭で日本から唯一の公式出品作品として「ある視点」部門に選出された、是枝裕和監督の最新作『空気人形』の記者会見と完成披露試写会が行われました。

 当初、是枝監督とペ・ドゥナ、ARATA、板尾創路の主演3人が揃う予定だったのですが、前日にニューヨークから日本へ到着予定だったペ・ドゥナが、ロシア・千島列島の火山噴火に伴う噴煙被害で搭乗予定の旅客機が欠航してしまい、別便には乗ったもののそれも遅れて記者会見に間に合わなくなってしまいました。登壇した是枝監督は冒頭で「男ばっかりになってしまって申し訳ない」と一言。

是枝裕和

 最初の長編映画『幻の光』をのぞき、すべて自身のオリジナル脚本で作品を撮ってきた是枝監督ですが、今回の『空気人形』は業田良家作の20pほどの漫画が原作です。どこに惹かれて映画化したいと思ったのか尋ねられ「普通は人の書いたものを映画化したいとは思わないのですが、この作品のある1シーンだけは別でした。空気人形がしぼんでしまった後に好きな人の息で満たされるそのシーンはとても官能的で、映画にしてみたいと思ったんです。」また、最初の挨拶で板尾が「詩集を1ページずつめくるようなゆったりとした作品」と述べたことに対して、「実は自分でも詩集を読むような作品にしたいと思っていました。板尾さんとはそんな話をしたことはなかったのだけれど、そう感じていただけたなら、ぼくの思ったところに着地できたかなと思います」と述べていました。

ARATA

 『DISTANCE』以来8年ぶりに是枝作品へ出演したARATAは、是枝組は特別な場所と語ります。「帰ってきた、懐かしいという気持ちがある一方で、撮影が進むにつれ監督の現場作りに変化も感じて、新鮮な気持ちもありました。はじめこそ自分の成長を監督に見せたいという気持ちもあったのですが、次第にそんな計算的な考えは消えてなくなって、どれだけ自然にそこに存在することができるかということを考えてできました。

板尾創路

 人形を相手に演技することになった板尾は「人形とコメディーを演じたことはあって、オファーを受けたときには、これはできるぞと思ったんです。人形なのでぼくが演出しないといけないんですが、2人で1つのお芝居をするというのは普段とさして変わりません。それにダッチワイフ、最近はラブドールと呼ぶそうですが、それと暮らすと聞くとアブノーマルな感じがしますけれど、実際にそういう生活をしている人を取材したものを見聞きするとそうは思えないんです。パートナーとして暮らしている普通の人として演じました。」

 今回のキャスティングについて聞かれ、監督は「ペ・ドゥナさんとはいつか一緒にやってみたいと思っていました。この役だったら片言の日本語から始められるから、チャンスだと思って“こういう設定ですが人間についての映画です”とオファーしたところ、受けてもらえました。ARATAくんは脚本段階から迷いなく彼にお願いしようと思っていました。板尾さんは芸人としても尊敬していますが、役者としてもこんな上手い人はいないと思っていたのでお願いしました。細かい動作などは全然ぼくの演出ではないのですが、秀雄という人物の優しさが醸し出されて、切なさや色気も出してくれました。」

 更に実際にペ・ドゥナに演出してみてどんなところが素晴らしかったかと聞かれて「可愛いかったなぁ」と思わず本音がぽろり。監督、顔がにやけてますよ。その後、居住まいを正して「非常にプロフェッショナルな方です。真冬の撮影にあの(薄い)衣装で不平不満何一つなく、同じ事は何度でも繰り返せるし。朝4,5時からメイクを始めるんですが、メイク室をのぞくと台本を読みながら感情移入してしまって泣いているんです。人形だから本番では泣けないので今の内に泣いているって言ってました」と、撮影裏話を披露。しかし、メイクの途中で泣かれたらメイクさんは大変だったのでは?! 板尾もペ・ドゥナの印象を聞かれて「うちに持って帰りたいくらい可愛かったですね。心を持って、歩き出して、いろんなものに好奇心を持ってという様子がうちの1歳9か月の娘とかぶってね。」こんな事言われてペ・ドゥナがどんな反応をするのか見てみたかった。

是枝裕和、ARATA、板尾創路

 映画では心を持った人形が部屋の外に飛び出し、見るもの聞くもの触れるものすべてに興味を抱いて、急激に成長していきます。そんな人形を演じるにあたって監督がペ・ドゥナにお願いしたのは、「人形を演じる必要はなく、生まれ落ちた赤ちゃんが世界に触れて短い期間で大人になって老いるプロセスを演じて」という事だったと言います。それに対して答えたペ・ドゥナの演技に是非とも注目して下さい。



是枝裕和 ARATA 板尾創路

 記者会見には間に合わなかったペ・ドゥナですが、夜の完成披露試写会での舞台挨拶には、もうすぐ到着という情報に先に登壇した監督たちが何とか話を引き延ばす協力もあって、途中に駆け込みでなんとか間に合いました! 開口一番日本語で「遅れて、申し訳ありませんでした」と言ってペコーリと頭を下げ、「あぁ・・・、こんなに大事な日にロシアの火山が噴火して遅れてしまいました。申し訳ありません。とても心焦りながら来ました」とハングルで続けます。

ペ・ドゥナ ペ・ドゥナ、ARATA

 今回、全編日本語で、ラブドールという役柄上裸体をあらわにするシーンも多いこの役を引き受けた理由を聞かれ「すべてのセリフが日本語というのは難しいとは思っていましたが、お話をいただいてとても嬉しかったです。監督の作品は全部観ていて素晴らしい方だと思っていたので、一緒に仕事をすることに迷いはありませんでした」と答えます。また演じるにあたって意識したことは「人形が心を持ったというのは、赤ちゃんが生まれたのだと思っていたので、外に出たときは真っ白な心で世界を見て、特にキラキラするものや動くものに心惹かれたりしていました」と述べました。

 この作品の製作途中に、監督にとっては大恩人であるエンジンフィルム会長の安田匡裕(まさひろ)さんが亡くなりました。完成した作品を見せることはできなかったけれど、音楽まで入れたものは観ていただけたそうです。そして、安田さんが倒れたその日に映画の感想を書いて送って下さったメールを、監督はその死を知った後、海外から帰国して初めて読んだと言います。そのことを下敷きに、監督は最後の挨拶でこのように述べました。
「業田さんの原作に出会って9年の時間が流れて、その間に色々なものと出会って、今回の映画の中では役者さんたちとの出会いもありましたし、新しい作曲家の方との出会いもありましたし、1つの詩(注)との出会いもありました。その一方、色々な人たちとの別れもありました。この映画に特別なメッセージがあるわけではありませんが、この10年近くの間にぼくが感じたり考えたりしたことが、ストレートに詰まっている映画になったなと思っています。」

是枝裕和、ペ・ドゥナ、ARATA、板尾創路

(注) 人間が抱える空虚感についてのこの映画の中で、人形が読み上げる1つの詩がとりわけ心に染みわたります。吉野弘作「生命は」という詩ですが、監督は人から紹介されて大変気に入り、今回の映画に使うことにしたそうです。

『空気人形』場面写真
©2009 業田良家/小学館/『空気人形』製作委員会
写真/瀧本幹也

★今秋、渋谷シネマライズ、新宿バルト9ほか全国ロードショー

製作 『空気人形』製作委員会(エンジンフィルム、バンダイビジュアル、テレビマンユニオン、衛生劇場、アスミック・エース)
配給 アスミック・エース

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(文・写真:梅木)

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