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女が作る映画誌 ー 女性映画・監督の紹介とアジア映画の情報がいっぱい
(1987年8月、創刊号 巻頭文より) 夢みる頃をすぎても、まだ映画を卒業できない私たち。
卒業どころか、30代、40代になっても映画に心が踊ります。だから言いたいことの言える本まで作ってしまいました。
普通の女たちの声がたくさん。これからも地道な活動を続けていきたいと思っています。どうぞよろしく。

『悪夢のエレベーター』
堀部圭亮監督インタビュー

堀部圭亮

2009年10月10日(土)、シネセゾン渋谷、シネ・リーブル池袋、新宿ミラノ3ほか全国ロードショーされる『悪夢のエレベーター』は、この秋オススメの1本です。原作は木下半太さんのブログから生まれた人気小説。次から次へと予想外の方向へテンポ良く転がり続けるストーリーにドキドキ。濃くくっきりと描かれるキャラクターたちは、それぞれに魅力的。そして常に可笑しさと怖さ、日常と非日常、諦めと希望といった相反する感情が同居するシーンづくりに、ちょっとうなりました。

冒頭、主人公の三郎(内野聖陽)は客もまばらな球場でぼんやりと野球の試合を観ています。それは2軍の消化試合。自分の人生もなんだかこの消化試合のように感じ、むなしさがこみ上げてきて、苦虫を噛み潰したような表情に。ところが、そんな三郎が次のシーンではまるで違う人間のように、怪しげな関西弁を操るハイテンションなおっさんとなって現れるのです。な、なんだこの人は? そこでもう観ている方は映画の世界に取り込まれてしまいます。

監督はこれが長編第1作目となる堀部圭亮(ほりべけいすけ)さん。俳優として数々の映画に出演している他に、テレビのバラエティ番組への出演や構成作家もされてきた方です。色々なことをやりながらも、ずっと映画をやりたかったと言います。念願叶った監督作品について、そして映画への思いをうかがいました。

◆ スクリーンの中の1人1人の人生を大切に描きたい

― 人生を2軍の消化試合にたとえているところは、三郎の格好良くはないけれど、それなりに一所懸命生きている小市民ぶりが際だってよかったのと、40歳過ぎて何となく先が見えるなと感じている人間にはイタい表現だなと思いました。監督自身は、三郎のような実感があるのですか?

結局、そこなんですよね、自分の表現したいものは。でも、それだけを前に出して言うと、すごく説教くさい、もっと言うと作り手の愚痴を見せられるような映画になってしまうと思っていたんです。しかし、この原作を読んだときに、自分が表現したいものを入れても、これならば耐えてくれるなと思いました。原作が持っていた割とポップでライトなサスペンス・コメディという形になら、上手くのせられるんじゃないかと。そしてぼくの表現したい部分を汲んでもらえたら嬉しいなと思っていました。
ぼく自身も年齢的にリアルに感じていたことですし、今、社会全体が閉塞感を感じていて、この先がんばったところでどうにかなるのかなぁ、という思いはどこかにあると思うんです。日々の生活の中で、希望どころか現実すらも引き下げられてしまうような感じがすることがあって。しかしそうは言っても、やっぱりバットを振り続けなくちゃダメじゃないのかなという希望を織り込みたかった。消化試合って酷いんですけど、それでもそこで全力を出してやらなければ、次が無いんじゃないかと思うんです。

— 映画の宣伝としては予想のつかないどんでん返しというところが前面に出されていますが、4人のメインキャラクターの背景がしっかり作り込まれていて魅力的というのも、この映画の面白さだと思います。その4人のキャスティングがとても良かったのですが、監督の人脈が生かされた部分があるのですか?

堀部圭亮

今回は、以前にお仕事をご一緒したことがあって知っていたのは、斎藤工さんと芦名星さんぐらいで、人脈とかはなかったですね。ぼくが作品を観て一方的に良いなと思っていた方々です。
脚本を書いている段階で、キャラクターを丁寧に作り込むというのが一番大事だと感じていたので、メインキャラクターはもちろんですが、出てくる登場人物全員に背景を作って、打ち合わせのときに説明しました。「この役はこういう背景を持っていて、こういう事があってたまたまこの場面に交差しています。だから何かやりたいことがあれば、その流れの中でやって下さい」と説明して、やって下さったことがOKであればそのままいきますし、浮いてしまうようならこちらからまたお願いするようにしました。自分が俳優として色々な作品に関わる中で、やっぱり雑に扱われてしまう役というのがあるんですよ。特に説明もないままに、ただ立ち位置に立って、あっという間に本番が来て終わってしまうような。また子役の人たちに対しても、どうしても子どもに対する接し方になっていることが多いんです。「はい、じゃあこっち見てね」って言って向かせるのと、「なんで君はこっちを見るかって言うとね・・・」って説明してあげてそちらを見るのとじゃ、違うと思うんです。全部ちゃんと説明すれば、ある程度の年齢の子役ならわかってちゃんとやってくれます。彼らもプロですからね。ですから、この作品作りに関われることになったとき、そういったところをちゃんとやりたいとスタッフに言って、できる限り全員の人と話し合う時間をとってもらいました。

— そういうスタンスは今までにご一緒した監督さんから学ばれたものですか?

そうです。特に『クライマーズ・ハイ』でご一緒させていただいた原田眞人監督は、画面の中に映っている人でいらない人はいないんだという考え方でした。あの新聞社の広いフロアの一番奥で、いるかいないかわからないくらいの人にも役割を与えるし、あだ名まで考えていましたからね。街を歩いている人を見回したときに、意味なくそこにいる人っていないじゃないですか。みんなそれぞれの背景を持っているのだから、スクリーンの中にいる以上はみんなが役割を持っていて欲しいと思うんです。その役割をしっかりわかっていてもらえさえすれば、あとは役者さんにまかせても安心していられます。

— 絵作りも面白いなと思う部分があったのですが、エレベーターのシーンはセットですよね? 狭いのに色々なアングルから撮れていましたが、どうやって?

セットを1つ作ったんですが、全部パネルを外せるようになっていました。各パネルは3分割できるようになっていて、角だけとか真ん中だけとか外せるようになっていたんです。美術部さんが非常に苦労して作ってくれました。エレベーターは極めて日常的な空間で誰もが認識しているものですけれど、突然赤の他人と2人きりになっちゃったりするような、、面白い空間ですよね。今回映像にするにあたっては、この映画の中で、エレベーターの中だけはSFっぽいような、空間としての感情がないような異質なものにしたかったんです。
映像という点では、あのマンションもひとつの主役たり得てしまうものだと思っています。まわりに高い建物が何にもなくて、1つだけヌッとあるようなマンションを探してもらって、あちこちロケハンしたんですが、茨城の水海道にあったあの建物が1番気になったんですよね。

『悪夢のエレベーター』場面写真 『悪夢のエレベーター』場面写真
©2009「悪夢のエレベーター」製作委員会

— エレベーターを異質な空間にするために、具体的に何を工夫されたのでしょう?

ぼくの方からまずそのコンセプトを伝えて、撮影部、美術部、照明部の皆さんに話し合ってもらい、1番こだわって作っていただいたのは照明ですね。エレベーターの中は、誰の影も出ていないんです。ちょっと異常な感じになっていますよね。日常的に見ているはずの空間だけど、何か違う感じ。これはスタッフの皆さんの技術とセンスのおかげです。

— 今回初めて長編作品を監督されたわけですが、助監督はベテランの方についていただいたんですか?

かなり年数をやっていますけど、ぼくよりも若い方ですよ(塩崎遵さん)。『ユメ十夜』の清水崇監督の作品に役者として出ていたときに、彼が現場についていて、仲良くなりました。その後も何作かで一緒に仕事をしていたので、今回この話が来たときに彼にお願いしたいと思いました。他に幾つも大きな仕事があったらしいのですが、全部断ってこちらに来てくれたんです。それが果たして男気なのか、暴挙なのかはわかりませんが(笑)。ぼくはとにかく初めての監督で、知らないことがいっぱいあるわけです。ぼくが知っている撮影現場は、役者としての現場だけで、監督ってのはこうあるべきというのを、一から教えてもらったようなものです。「ご飯はここで食べて下さい!」とか。それはつまり監督にとって、ご飯を食べているときは休憩じゃないんです。その間も打ち合わせがある。例えば美術部さんがちょっとした小道具の確認をしたいときに、監督が外に行っていたんじゃ、その作業が遅れてしまいます。だから常に現場にいなきゃだめなんだってことです。俳優はその点気楽ですからね。なるほどなと思いました。

『悪夢のエレベーター』場面写真 『悪夢のエレベーター』場面写真
©2009「悪夢のエレベーター」製作委員会

◆ 松田優作に憧れてスクリーンのあちら側へ

— 最初は松田優作さんに憧れて芸能界に入ったそうですが、そのころから映画というものにこだわっていたんですか?

映画でしたねぇ。松田優作さんの何に憧れていたんだって聞かれると、何て言っていいかわからないんですけれど、ただ松田優作さんが関わっていらした作品のあの空間がいいなぁ、なんか楽しそうだなぁと思ったんですよ。テレビドラマの「探偵物語」にしても、映画の遊戯シリーズや『蘇る金狼』や『野獣死すべし』なんかも、とにかくこの人の出ている、この空間が良くて、ぼくはずっとスクリーンのこっちで観ているけれど、あちら側に行ってみたいなという思いが漠然とありました。

― 最近特にテレビでバラエティをやってきた人たちが映画を撮るということが多いですが、テレビの人が映画を撮りたいと思う、テレビと映画の魅力の違いというのは何なのでしょう?

自分が関わってきて実感として感じたことだけを言いますが、テレビってやっぱり広告なんです。NHKは別として、民放はCMを見せるために番組を作っていくわけです。つまり、見ている人を常に受動的な状態にしておいて、そこへどんどんとこちらから発信して、その中に広告を入れていくという発想です。映画はその真逆で、完全に能動的ですよね。まず、この日のこの時間に、この劇場まで来て観るというのは、すべてが能動でなければいけない。
だからテレビは、どこかで現実的なことを感じさせたらおしまいだと思います。一方映画は、誰かの人生を観に来るものだと思うんです。それが自分に返ってきて、何か考えたり、感じたりすることがあって、「ああ1本映画観たな」と思ってもらえるものだと思います。テレビでそこまでしてしまうと、多分CMが見られなくなっちゃいますよね。感慨に浸っているところにいきなり全然関係ない元気なCMや、ニュースで事故だ事件だと見せられてもねぇ。
自分が映画を観るときにそういう気持ちだったので、映画の監督をするとなったら、誰を観られても、どこを観られてもいいように、丁寧に背景を作っていかなくてはと思ったわけです。
あと、テレビは時間的制約が大きいですね。常に時間が無い状態です。映画も膨大な時間をかけられるわけじゃないけれど、テレビに比べればずっと余裕があります。この作品は、撮影に3週間、最初にお話をいただいてクランクインまでは約1年かけました。
別にテレビを否定するつもりは無いです。そもそも違うものなんですよ。

― 最後に、沢山観た映画の中で、ご自身の人生を変えたこの1本というと何になりますか?

堀部圭亮

何だろう。いっぱいありすぎて・・・
映画ってこんな風に作っていいんだ! と思った作品は、もうこの仕事していたころですけれど、アベル・フェラーラの『バッド・ルーテナント/刑事とドラッグとキリスト』(1992)ですね。ハーヴェイ・カイテル主演なんですけれど、もの凄いイヤな終わり方をして、本当に気分が悪くなるんです。でも、こんなハッピーエンドがあるんだ、こういうものを映画にしていいんだって、すごく自分の可能性を開かれた気がします。もしかして、あの瞬間に自分でも脚本や監督をやってみたいと思ったのかも。それまでは漠然と映画、映画と思って、俳優として少しずつ映画の仕事をさせてもらえるようになっていましたが、そこではっきり自分で映画を作ってみたいと思った。しかも結構好きな世界だったんですね。つまり、ただ舌触りの良いものよりも、結構きついというか、ちょっと辛いものを残される感じというのが。そいうものがあって良いと思うし、だからこそ映画館まで来て観てもらう意味があるのではと思ったりするんです。
松田優作さんで言うと、何だろうなぁ。映画じゃないんだけど、やっぱりテレビドラマの「探偵物語」は世界観と魅力が凝縮されていると思いますね。出演している他の俳優さんたちもすごくいい空気だし、楽しんでやっていますよね。骨董屋の飯塚(清水宏)いいなぁ、松本刑事(山西道広)いいなぁとか思います。

取材後記

お話する様子からは、凄くまじめな人柄が伝わってきました。子どもの頃にIQ180あったというのは本当だそうで、大人になった今も論理立ててきちんと考えるタイプとお見受けします。
「映画は誰かの人生を観に行くもの」とおっしゃいました。誰かの人生を観て、自分の人生を考える、そんな映画をまた届けて下さるよう、これからもがんばって欲しいと思います。(梅)

『童貞放浪記』で酒癖の悪い先輩役を観たばかり。堀部監督、ほんとはどんな方なんだろうとお会いするのを楽しみにしていました。質問をしっかり受け止めて、けっして外さず十二分の答えが返ってきます。出演者1人1人の背景を考えていること、テレビと映画の違いなどたいへん興味深いお話が伺えました。
映画は完結していますが、三郎たちのこれからが気になる私は思わずネット検索して小説を読み続け、寝不足になってしまいました。次の作品も期待しています。(白)

『悪夢のエレベーター』

監督:堀部圭亮
脚本:堀部圭亮、鈴木謙一
原作:「悪夢のエレベーター」木下半太(幻冬舎文庫)
出演:内野聖陽、佐津川愛美、モト冬樹、斎藤工 ほか

10月10日(土)、シネセゾン渋谷、シネ・リーブル池袋、新宿ミラノ3ほか全国ロードショー

作品紹介はこちら

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堀部圭亮監督ブログはこちら

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(取材:白石、梅木 まとめ・写真:梅木)

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