女が作る映画誌 ー 女性映画・監督の紹介とアジア映画の情報がいっぱい
 (1987年8月、創刊号 巻頭文より) 夢みる頃をすぎても、まだ映画を卒業できない私たち。
 卒業どころか、30代、40代になっても映画に心が踊ります。だから言いたいことの言える本まで作ってしまいました。
 普通の女たちの声がたくさん。これからも地道な活動を続けていきたいと思っています。どうぞよろしく。
[シネマジャーナル]
25号 (1993.04)   pp. 46 -- 48

映画評




阮玲玉(ルァン・リンユィ)出演の作品
『おもちゃ』『女神』『新女性』

宮崎暁美

昨年の第五回東京国際映画祭で、マギー・チャン主演の香港映画『阮玲玉』を見て、 ぜひ阮玲玉が出演した作品を見てみたいとシネマジャーナルに書いたら、 勝間さんから「今度フィルムセンターでやりますよ」という連絡がはいった。 昨年十月から「孫瑜監督と上海映画の仲間たち」というのをやっていて、 一九三〇年から一九五〇年頃に作られた映画の特集上映だった。 その中に彼女が出演した作品が四本含まれていた。

その中から私が見たのは『おもちゃ』(「小玩意」一九三三年作品)、 『女神』(「神女」一九三四年作品)、『新女性』(「新女性」一九三五年作品)の主演作三本。 そのうち『おもちゃ』、『女神』が無声映画で『新女性』がトーキーだった。

阮玲玉は一九三〇年代前半に上海で活躍した女優である。十六才でデビューし、 九年間で二九本の映画に出演、人気絶頂の一九三五年にスキャンダルの標的になり 二五才の若さで自殺した。彼女の自殺は『新女性』の主人公がたどった展開と同じ結果になり、 世間を驚かせたという。 その劇的な生涯ゆえに中国では伝説的な女優として今も語りつがれる存在らしい。 中国の映画雑誌で今でも時々名前を見かける。

『おもちゃ』(監督孫瑜)は蘇州のおもちゃ作りの村で、 いろいろアイディアおもちゃを考え出す人気者の葉ねえさんが主人公。 彼らが作り出すおもちゃは、生活に根ざした素朴で愛らしい中国古来の手作りおもちゃである。 貧しいながらも平和な生活が日本による侵略開始によって崩れ、村の人たちは上海に避難する。 そこでも彼女たちはおもちゃ作りを続ける。 戦火で村を追われた人々がこの状況の中で明るくたくましく生きていく姿に、 封建制からの解放と民族の独立への願いが込められている。 しかし、ここに至るまで彼女は夫の死や幼い息子が誘拐されたりと、 色々困難な状況に向き合わされる。そして、たったひとり残った娘も戦死し、 すっかり気弱になった彼女は気がおかしくなってしまった。 上海の街でおもちゃを売り歩く彼女にひとりの少年が近づいてきて、 彼女のおもちゃを珍しそうに眺める。 実の親子とも知らないで彼女は国を救う人からは代金をもらわないと、 人民が敵に立ち向かう姿のおもちゃを与える。 その時爆竹が鳴り、彼女は記憶を取り戻したように叫ぶ、 「敵がやってきた、立ち上がれ、自分と自分の国を守れ!」と。 もちろん叫ぶシーンがあるだけで無声である。字幕もない。 このように抗日映画ではあるけど、サイレントの制約ある画面、さらには厳重な検閲下で、 巧妙にしかもユーモアたっぷりにこのような映画を作り出したこの時代の上海映画人たちの心意気が伝わる作品だった。

この映画での阮玲玉は幸せの絶頂期のこぼれるような笑顔の女を演じたかと思えば、 絶望の淵に立たされ悲嘆にくれる母親の姿を、音のない世界でただ顔と体の表情だけで演じていた。 サイレント映画をあまり見たことのない私だけど、 音がなくてもこれだけのものが伝えられるんだと思わぬ発見をした。 思えばパントマイムだって顔の表情や手や体の動きで表現しているのだから、 このボディランゲージというのは万国共通、時代も飛び越えるものなんだよね。

『女神』(監督呉永剛)は子供を抱えて生活苦にあえぐ女性が娼婦になり、 子供の成長を楽しみに生きているが、 弱みに付け込んだヤクザが彼女のヒモとしてつきまとうようになり、 思いあぐねた彼女はヤクザを殺してしまう。 近所の奥さんや母親たちの彼女を見る目に耐え、せっかく子供を学校に通わせることができたのに、 けっきょく子供と別れることになってしまったというストーリー。

いわば女の堕落ものとして、今もよくあるパターンのはしりの作品でもあった。 しかし、自分の置かれた状況に負けずに立ち向かっていく女性として描かれ、 単なる女の悲劇とはなっていない。

『新女性』でもそうだけど、力強く社会の矛盾に立ち向かう女の情念というものを演じさせたら右に出るものがいなかったそうだ。 中国の今の作品の中に表れる女性像というのは、 革命前の時代から育まれていたんだと彼女の作品を見て思った。

その『新女性』(監督 蔡楚生)、女性の自立(民族の独立といことも暗示) ということを描いているのだけど、この時代にもうこんな作品を作っていたのかとびっくりした。 今でこそ状況は少し変わったけれど、七〇年代の日本のウーマン・リブの運動の中でも言われた 「結婚とは終生の奴隷だ」ということや 「専業主婦も売春婦も男からのお金で生活していることにかわりがない。 つまり、妻という座に安住している女は売春婦を蔑すむけど、状況としては同じだ」 といったことが、この作品の中で言われていたのだ。一九三五年という時代で、 もうこういうことに気がついて映画にしていた人たちがいたのだ、ということはほんとに驚きだった。

『新女性』のストーリーは音楽教師をしながら作家を目指している女性が主人公で、 彼女に目をつけた学校の理事長があの手この手で彼女を自分のものにしようとする。 校長に圧力をかけ彼女の職を奪い、お金に困った彼女に自分の女になれとせまったり、 彼女の子供が病気で入院費用が払えないでいると、彼女の大家を通して 「良い客がいるから一夜の奴隷になれ(つまり売春)」と強要する。 しかしそれに気がついた彼女はそれも拒否する。 彼女の作品は出版され注目され新聞にも載るが、理事長は彼女は売春婦だとか、 未婚の母だとかいうスキャンダルを流し、彼女を窮地に追い込む。 結局彼女の娘は死んでしまい、絶望の淵に追い込まれた彼女は自殺してしまう。 彼女の作品はさらに評判を呼ぶがその時にはすでに遅しで、 いったんは息を吹き返し、自分を死に追い込んだ人たちに復習したい、 生きなきゃと思うのだけど結局死んでしまう。

蔡楚生監督の作品は「上海ロマンのヒロイン白楊(パイヤン)の発見」 というユーロスペースでの上映会で『春の河、東へ流れる』(一九四七年作品)というのも上映された。 これは日中戦争時代の男女の出会い、結婚、別離、流転、離散を描いたメロドラマだったが、 これもヒロインの自殺で物語は終わっている。

女が自分の人生に立ち向かおうとして壁にぶつかった時、それを乗り越えるのでなく、 死によって解放されるという作品になってしまうのは、 男の監督の作品に対するロマンなのだろうかと思った。 最近の作品でも『テルマ&ルイーズ』『ファイブ・ガールズ・エンド・ア・ロープ』 などがそうだった。それにしても阮玲玉は二五才の若さで自殺してしまい、 生きていたらもっとすばらしい作品を残してくれたのではないかと思うととても残念なことだ。

香港映画『阮玲玉』は一般公開されることが決まったそうだが、 今度見たら彼女に対する前知識が全然ないまま見た、前回と違った印象を持つことだろう。



見知らぬ人

サタジット・レイ
(インド映画)

穂曇

岩波ホールでやる映画はなんだか寝てしまったものが多くて見にいくのどうしようかなと思っていた。 『チェド』『達麿はなぜ東へいったのか』『安心して老いるために』 など寝てしまって話の展開を覚えていない。 しかも『安心して老いるために』なんて「良いという評判だよ」と友人を二人誘って見にいったのに、 二人の間にはさまってイビキをかいて寝ていたとひんしゅくをかってしまった。 それにサタジット・レイ監督の作品は『大地のうた』か『大河のうた』かどちらか見たはずなのに、 これもほとんど寝てしまっていて全然覚えていない。 去年のサタジット・レイ映画祭で見た『大樹のうた』もなんだか退屈だったので、 見にいくのはやめておこうと思っていた。 でも遺作だしと思って一応見ておこうと、期待しないで見にいったら、 これがまあすばらしい作品だった。

三〇数年、行方不明だった「おじさん」が故郷に唯一残っている姪を訪ねてやってくる。 姪の夫は会社の重役で息子と三人家族、召使を何人も使い大きなお屋敷に住んでいる。 夫はニセ者のおじだと決めつけるが、姪は本当の「おじさん」だと思いつつ 自分が二才の時にいなくなってしまったので確信がなく疑いも持つ。 家にある金目のものが目当てじゃないかとか、財産目当てじゃないかとかと夫は言い、 そんなこんなでサスペンスタッチで物語は進行していく。

その「おじさん」は文明社会のしがらみに嫌気がさし、 先住民族を訪ねて世界中を放浪していたのだった。そのうんちくある語り口に次第に家族は 「おじさん」に親近感を抱くようになる。

しかし、疑いが頂点に達し、「おじさん」はがっかりして、 都会から離れた所にある昔ながらの伝統を守っている集落に行ってしまう。 いろいろ調べて本当のおじさんだとわかった姪家族は「疑って悪かった家に帰ってきてほしい」 と三人でおじさんを迎えに行く。 その集落で人々が踊っているのを見て姪もいっしょに踊りだす。 その姿を見て「やはり血は争そえん」と、やっぱり本当の姪だったんだと確信する。 そして、おじさんも実は本当の姪かどうか疑っていたんだと告白する。 そこがユーモアたっぷりでおもしろかった。 実はおじさんは自分の財産を姪に全部あげるために帰って来たのだった。 そして世界の先住民族を訪ねる旅にまた出かけて行く。

機械が発達して便利な事だけが文明や文化でないこと、 先進国や都会から見れば遅れていると見られている先住民の中にもすぐれた技術や文化、 伝統があることを身をもって体験し、 世界中を放浪し探求して生きてきたおじさんの生き方がとても羨ましかった。

この映画の中で「おじさん」がアルタミラの洞窟に描かれたバイソンの絵によって 自分の人生観が変わったと語っていたけど、私も中学生の時、 アルタミラやラスコーの洞窟に描かれた何万年も前の壁画の発見記を読んで心躍らせたことを思い出した。 何万年も前の原始人たちが描いた絵がそのまま残っていたことにも驚いたけど、 その絵の精密さにぴっくりしたことを覚えている。

おじさんが行ったところの話や写真を見せてくれた中に、 南米のインカ帝国マチュピチュ遺跡が出てきて、ああいいなあと思った。 それは私がぜひ行ってみたいと思っている所だから。 インドにも私と同じような事に影響を受けた人がいるんだと嬉しかった。

本誌「シネマジャーナル」及びバックナンバーの問い合わせ:
order@cinemajournal.net
このHPに関するご意見など: info@cinemajournal.net
このサイトの画像・記事等の無断転載・無断使用はご遠慮下さい。
掲載画像・元写真の使用を希望される場合はご連絡下さい。