女が作る映画誌 ー 女性映画・監督の紹介とアジア映画の情報がいっぱい
 (1987年8月、創刊号 巻頭文より) 夢みる頃をすぎても、まだ映画を卒業できない私たち。
 卒業どころか、30代、40代になっても映画に心が踊ります。だから言いたいことの言える本まで作ってしまいました。
 普通の女たちの声がたくさん。これからも地道な活動を続けていきたいと思っています。どうぞよろしく。
[シネマジャーナル]
40号   pp. 78 -- 80

試写室から 『チンピラ』と『コーカサスの虜』



M.片岡

『チンピラ』

 この作品は十三年前、日本映画界に彗星のように現れて去って行った金子正次が 四本書いたシナリオのうちの一本です。金子正次が亡くなった直後に一度映画化された もののリメーク版ですが、前回は追悼作品的な意味合いがかなり濃かったようですが、 今回は原作イメージに近い『チンピラ』を作り上げているということです。


 四国から上京した洋一は(大沢たかお)公園でぶらぶらしているところを道夫 (ダンカン)に誘われヤクザの道に入りますが、今一つヤクザにもなりきれず かといって普通の男にもなれず中途半端な生き方しかできない二人の男達が兄弟のように じゃれあい、いたわりあいながら大都会の片隅で生きていきます。

 話題の大沢たかおが出ているからという単純な動機であまり期待せずに観に行ったのですが、 途中少し退屈な所もありましたが、大都会で生きる若者達の寂寥感、孤独感みたいなものが 良く出ていて面白く観ることができました。

 主演の大沢たかおはテレビで観る好青年役とは打って変わって、何を考えているのか 分からないような掴みどころ無い、それでいてゾッとさせられるような凶暴な 一面を持った、洋一を華やかに見事に演じていて、「ヘェー大沢たかおって こんな演技もできるんだ」と感心しました。この作品で全く違う一面を見せていた彼は、 将来が楽しみな役者の一人になりました。またもう一人の主役を演じた、ダンカンは なんとも不思議で小市民的でありながら危険な一面を持った道夫という役を彼の 持ち味なのか、演技なのか分からないほどの好演をしていて、大沢たかおと好対照を 見せていました。またヤクザの親分を演じた石橋凌が圧倒的な存在感で印象に 残りました。

 特筆すべきは、主演の大沢たかおの衣装の着こなしの上手さによって作品全体に とてもおしゃれな雰囲気が漂っていたことが、この作品を既存のヤクザ映画とは一味も 二味も違う作品にしていたことです。モデル出身の彼のことなので当然と言えば 当然なのでしょうが、特に後半からラストシーンにかけての、真っ白い麻のジャケットに 真っ白のTシャツに白のコッパン、白のスニーカーというファッショナブルな 組み合わせの、ファッション性の高さは役者自身の着こなしとも相俟って、 スタイリストと役者の勝利とも言える程の素晴らしいものでした。

 なお監督の青山真治は前作『Helpless』に続き本作が二作目になる 三十三歳という新鋭の監督です。

 都会の片隅で生きる若者達の孤独感とか寂寥感というよりも、男として愛する 女性達の愛さえも受け止めることも出来ないどこか「大人になりきれない」 無責任な男達の物語と、私は感じたのですが・・・??

 残念ながらこの作品はすでに上映の方は終了していますので、ビデオ化になったら お薦めの作品です。

『コーカサスの虜』

 トルストイの原作を現在のチェチェン紛争に舞台を置き換えたこの作品は 『自由はパラダイス』『モスクワ・天使のいない夜』などで知られるセルゲイ・ ボドロフ監督による最新作のロシア映画です。


 コーカサスにあるロシア軍駐屯地に配属され、ロシア兵として初めて戦闘に 出かけたその日にワーニャは、准将のサーシャと共に途中チェチェン人の待ち伏せにあい 捕虜になってしまいます。しかし二人を捕虜として買ったのは息子がロシア軍の 捕虜となっている、アブドゥル・ムラットでした。彼はワーニャ達と息子の 捕虜交換を望んでいたのです。二人は足枷でつながれますが、食べものを与えられ 比較的良い待遇を受けます。しかし遅々として捕虜交換が進まない中、 サーシャとワーニャは脱走を図ろうとして、途中で見つかりサーシャは処刑されます。 息子の居るロシア軍の駐屯地でもトラブルが発生しそのすきをついて脱走を図った息子も またロシア兵によって撃ち殺されアブドゥルの願いは空しく散って行きます・・・

 口八丁手八丁で調子の良いサーシャと新兵でどこかドンクサさのあるワーニャとの やりとりや、ワーニャのお母さんが必死になって息子の釈放に奔走する中で掛け合いに 行った駐屯地の隊長のあまりの怠慢ぶりに怒り隊長に殴り掛かる場面や、二人に 食事を運んでくるアブドゥルの娘と(ゴクミも真っ青の美少女でした)ワーニャとの淡い 恋心などが、ユーモラスに時には皮肉を込めて、また決して声高に反戦を 叫んでいる訳ではないのですが、緊迫した内容にも拘わらずどこかホッと させられるような所もあるのですが、私も含めて平和ボケしている日本人には とうてい理解出来ない事でしょうがこの話は決して絵空事ではないのです。 平和であるはずの今現在でも世界中のどこかしらで戦争が起きているといわれています。 そしていつの時代もその戦争によって傷つけられ悲しい目にあい、泣かされるのは 母親であり父親でありそして一般市民なのです。戦争が絶対いけないことと 分かっているのに人々はどうして戦争を起こしたがるのでしょうか・・・・????

 サーシャを好演してたオレグ・メンシコフは『太陽に灼かれて』でアカデミー外国映画賞、 カンヌ映画祭審査員大賞等を受賞した、ロシアを代表する名優です。またワーニャ役の セルゲイ・ボドロフ・ジュニアは、監督の実子で演技の勉強など全くしたことがなく この作品がデビュー作になるというズブの素人ですが、名優を相手に怯むことなく なかなかの好演をしておりました。

 本作品は一九九六年度カンヌ映画祭国際映画批評家連盟賞、観客賞、一九九六年度 チェコのカルロヴィヴァリ映画祭グランプリ、ロシアのソチ映画祭グランプリを 各受賞しています。

 この試写を観た一日か二日あとに所用で渋谷に出かけた所、号外が出ていたので 何事かとびっくりして受け取ろうと思ったら、芸能人離婚の号外でした。情けない 思いを抱きながら帰って来て、夕方のNHKのニュースでも放映されていたのを 観るに及んでは、日本て一体どんな国なんだろうと考えさせられてしまいました。

 前述のようにテーマはかなり重いのですが、美しいカメラワークで滅多に見ることの できないコーカサス地方の雄大な自然や景色を楽しむことができ、また民族色あふれた 結婚式の様子なども描かれていてなかなか興味深いものがありますので、 ぜひぜひお薦めの一本です!!!そして芸能人の離婚で号外が出るほどの、 表面的には平穏で平和な(現実にはオウム事件やペルーの人質事件、日本海の 重油流出事故など、けして平穏とは言えないと思うのですが・・??)日本の ありがたさをかみしめて下さい。

 東京では三月下旬に銀座テアトル西友にて、四月二十六日からは大阪九条 シネ・ ヌーヴォでも公開されます。

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