女が作る映画誌 ー 女性映画・監督の紹介とアジア映画の情報がいっぱい
 (1987年8月、創刊号 巻頭文より) 夢みる頃をすぎても、まだ映画を卒業できない私たち。
 卒業どころか、30代、40代になっても映画に心が踊ります。だから言いたいことの言える本まで作ってしまいました。
 普通の女たちの声がたくさん。これからも地道な活動を続けていきたいと思っています。どうぞよろしく。
[シネマジャーナル]
40号   pp. 58 -- 59

香港 張國榮跨越九七演唱會報告



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 いやー願えば叶うとはこのことで、私のチケットのI列というのは前から二番目のことでした。 相撲でいえば、砂かぶり。 Redの45から入場して赤い制服のキリッとしたお姉さんにチケットを見せたら「Second Row!」と一言。 思わず、「ウッソー!」と叫んで、その場でヘタッてしまいました。 もう頭が真っ白。

 ざわざわとアイスクリーム売りを眺めながら待つと、定刻を十五分遅れて八時三〇分、 場内が暗転し会場がどよめくと、威勢のいい広東語のアナウンスがあって(皆は笑っていた)、 音楽がスタート(その前になんだかドライアイスがずっと煙っている)。 つ、ついにステージ中央にかぶせられていたピラミッドが上にひき上げられると、 もう“ジャーン”という感じで丸型の高くなったステージに全身白の毛皮じゃないな、 何かモコモコフリンジヒラヒラの床まで届くガウン姿のレスリーが立っているわけです。 羽根の帽子みたいなものまでつけて。 しかも黒豹のコスチュームの男性ダンサーを足元にはべらせて、やってくれるんだわ。 その下はブルーの全身スパンコールのスーツ。 スーツの下はオーガンジーの(花柄みたいなのもついていた)シャツ。 ネクタイもオーガンジー。透けてるのよ、みんな。 ああ、いったい何を考えているのだろう? (ネクタイは後で花をくれた人にあげてた)。 とにかく衣装はすべておびただしいスパンコールつき。 派手というよりも“日本じゃ受けんぞそれは”という濃さ。 うーん、香港だ。まったく。

 衣装はひとつひとつ書くと限りがないので省くけど、全体は四部ぐらいの構成になっていて、 (1)はダンサブルなナンバー+握手タイム。 (2)は映画の情景を彷彿とさせるパートで「覇王別姫」では子役たちの一団が出てきてステージ中でとんぼ返りをしたり、 あの発声練習風景を再現してくれる。 そのうちレスリーが中央から胡弓の演奏者と一緒に舞台下から上がってきて唄っていたけど、 その間もずっと、子役たちは演技を続けていた。胡弓の人も良かった。 「夜半歌聲」はバレリーナと黒いマント・タイツ姿のダンサーが二人で踊りまくる、というもの (アンディのコンサートにもバレリーナがいたように思うけど、香港で流行っているのかな。学友のTVCMみたいに)、 ちょっと不思議。 「阿飛正傳」はやたら明るい衣装のダンサーたちがちょっとシブカジ系の路上パフォーマンスをするという感じ。 ストーリーはあるらしいけど、よく理解できなかった。

 (3)はゲストタイム。三人の女性で莫文蔚(カレン・モク)と、あの「夜半歌聲」のデュエットの相手の人と (この人とは二曲デュエットしただけだけど、麗しかった)、 (舎予)淇/シュウ・ケイ(この人は香港の神田うのだわ、まったく) この二人は『色情男女』のシーンを再現していたらしい。 レスリーが演技入っていて、泣いたり、口説いたり、キスしたり、観客に大受け。 高かったという特注の椅子を使っての妖しい、なまめかしい、 絡みがたくさんあって大変結構でございました。

 (4)、ここからがすごい。マリリン・モンローも青くなったり赤くなったり。 黒のあれもオーガンジーかな、キモノスタイルの衣装で出てきて、 舞台の四面方向を歌いながらお歩きになるわけですが、 各ステージ中央で突然風が吹いてくるの、下から。 で見事にモンローの地下鉄前のシーンみたいに裾がひるがえる。 違うところは決して押さえないこと。 “きっちり見せまっせ”と目が言ってました。だって立ち止まられるのですわ。 その下は黒のごくごく短いぴたっとしたショートパンツと、 黒の靴と何故か白いソックスなんだ、三つ折りの。 きっちり見せていただきましたが筋肉質の良い足です。はい。

 歌がどんなだったか、すっかり忘れました。あまりのショックと嬉しさに。 そのあと、あの椅子に寝てしまって、ポーズを決めるんだけど、 とても顔を赤らめずには書けない。

 香港のコンサートって一瞬静かになって、そこからフィナーレになだれ込むでしょう?  これからが今回の白眉だった。黒のスーツで真っ赤なハイヒールで赤いルージュなの。 似合うんだ、これが、これが。 始めはちょっと京劇の振りみたいな、可愛らしいというかしなしなした踊り。 そして、タンゴ。タンゴの相手役の男の人(紹介されてました)と、 まことにまことに扇情的なタンゴを踊る。 あの顔がまた見れるならいくら積んでもLDを買いますね、私は。魅力的なの。 本当に。その後であれは何だったんだろう、なんだかかんざしみたいだったけど、 レスリーはそれを彼に投げつけて、歌舞伎で言えば愛想尽かしをする。 そしてステージに横たわってハイヒールをはいた足を宙に差し出すと、 ダンサーたちがヒールを脱がせて黒い靴に履き替えさせる。 実に淫蕩な感じがするシーンなんです、脱がせるところが。うーん、 色情好色、全面展開という感じ。黒い靴になると、人格は入れ替わってシャキっとして。 それも見てて面白かったけど。それからルージュを拭った白いハンカチを客席に投げる。 私の時は一列目の男性が掴んでた。 で、まあ後はレーザー光線バリバリで「追」をやっておしまい。 また丸ステージに登って、今度は赤のヒラヒラモコモコの床までガウンを羽織っていました。 いやー、二時間四五分倖だった。私は。

 一緒に行った友人は(こちらも初めて)“グランドキャバレーのノリだ”と言ってました。 悪い意味じゃなくてね。エンターティメントが溢れているという意味で。 私は不幸にしてキャバレーには行ったことはないけど、 日本のコンサートとはすごく違うんだねえ。 客席と出演者がものすっごく近くって、それで両方とも何してもいいんだねえ。 日常生活の延長なんだ。皆、普段着で。嬉しかった。月並みな言い方だけど、 ひょっとしたら香港というのは自由な街なんだ、知らなかった。 呼吸が楽だし。羨ましいかもしれないな。

 あのステージでのレスリーを見て、あの表現を見て、あざといと思う人はいっぱいいるだろうなあ。 実際、香港では“いやらし過ぎる”と批判されて内容は変わったみたい。 私の後、行った人によると。でも私は惚れ直しましたね。 彼はむちゃくちゃ健康的なんだと思う、頭と心が。 ああ私も自分のしたいことをしたいようにしていいんだなあって思った。 すごく楽になった。コンサートを見るために外国に行くなんて自分でも不思議だったけど、 この先もいろんな風にしたいことができるようになるんだなあって思った。 うーん、これからだあ。気が弱くなったら、あのハイヒールを憶い出すようにしよう。

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