女が作る映画誌 ー 女性映画・監督の紹介とアジア映画の情報がいっぱい
 (1987年8月、創刊号 巻頭文より) 夢みる頃をすぎても、まだ映画を卒業できない私たち。
 卒業どころか、30代、40代になっても映画に心が踊ります。だから言いたいことの言える本まで作ってしまいました。
 普通の女たちの声がたくさん。これからも地道な活動を続けていきたいと思っています。どうぞよろしく。
[シネマジャーナル]
37号 (1996.06)   pp. 31 -- 33

ジェラール・フィリップ映画祭/私見記



M. 片岡

 去る二月十七日〜三月二十二日までの約一カ月間、東京新宿のテアトル新宿において 『Fanfan La Philipe』と題されたジェラール・フィリップの代表的な主演作品 《肉体の悪魔》、 《ファファン・ラ・チューリップ(花咲ける騎士道)》、 《赤と黒》、 《悪魔の美しさ》、 《夜ごとの美女》、 《モンパルナスの灯》 の六本が大盛況のなか上映されました。

 ジェラール・フィリップは一九五九年三十六歳という若さで、肝臓ガンで 亡くなるまで活躍した、フランス映画史上に今現在も燦然と光り輝き続けている 正統派美男子スターです。
 昨今、日本に入って来ているフランス映画のほとんどは、かなり難解なものが多く、 すっかり通好みの〈趣味の映画〉になってしまいましたが、ジェラール・フィリップは、 フランス映画が繊細で、洗練され、かつまた優雅さと娯楽性を合わせ持っていることが出来、 独特の雰囲気やロマンの香りが消え去る直前に活躍した最後のスターだったといえます。
 ジェラール・フィリップが亡くなった翌年、フランス映画界にはいわゆる 〈ヌーベルバーグ・新しい波〉が起こり、新しい時代へと人っていくことになるのです。
 私が、初めてジェラール・フィリップと出逢ったのは、数年前にNHK教育TVで放映された 《パレムの僧院》が最初でした。 その時に初めて名前を知り、ギリシャ彫刻の美神像のような美しさにただウットリと 観とれておりましたが、美しいだけではない演技力の確かさにも驚かされました。
 今回の映画祭は、毎回々立ち見がでるほどの大盛況で、年齢層がたいへん広く 文字通り老若男女、たくさんの人達が観にきておりました。
 開場を待っている時などに、廻りの人達の話をなんとなく聞いていると、 「青春時代に憧れた人をもう一度観たい」という人、 「とてもきれいで、カッコイイ人が出ているよ」と、友達に薦められた人、 「TVで観てとても素敵だったから映画の大きな画面でもう一度観たいと思った」という人、 などなど理由は千差万別でした。
 面白かったのは、上映作品も後半になってくると何回も観に来て要領が分かっている人は、 係員の人達が誘導する前に、上映時間が終わる頃には、自分達で並んで列を作っていました。
 私は、上映作品六本のうち最後の二本は所用で観ることが出来ませんでしたが、 だいたい一週間で作品が入れ替わるので、四本観るのもかなりハードでしたが、 四作品とも観るたびに一〇〇パーセントの大感動でした。



肉体の悪魔》一九五二年日本初公開。

 彼の役は十七歳の高校生。この役の話が来たとき彼は二十四歳。 さすがに実年齢との開きに躊躇したそうですが、作品の魅力には勝てなかったようです。
 しかし、年齢の差などまったく感じさせない作品で、ちっとすねたような、 甘えたような表惰や仕種、しやべりかたなど観ていて思わず“かわいい!!!” て言いたくなるほどでした。
 第一次世界大戦終了間近、高校生の男の子が、年上の女性に恋をして、 人妻にもかかわらず生活を共にして子供までできるのですが、 若すぎる二人にはどうすることもできずに、女性は流産が元で亡くなってしまいます。
 今で言う不倫物語りなのですが、ドロドロしたものは全く感じさせず とてもロマンチックで、ベットシーン一つにしても暖炉の燃え方で 時間の経過をあらわすなど、他にも印象深いシーンがたくさんありました。
 特にラストシーンで、彼女の葬列をただ一人遠くから見送るシーンには 思わず涙がこぼれました。
 こんな大悲恋を経験してしまった彼はこれからの長い人生どのようにして 生きて行くのかしらなどと思ってしまいました。・・・・・・



ファンファン・ラ・チューリップ(花咲ける騎士道)》一九五三年日本初公開。

 この映画祭の題名にもなっている“FanFan・La・Philipe”は この映画からとったものだそうです。
 この作品は前作とはガラリと変わり、明るくて楽しい喜劇で、 彼自身役のイメージを固定されるのを嫌い、もともと明るくやんちゃな一面を もっていた彼は水を得た魚のように楽しんで演じていたということです。
 女ったらしの陽気な若者ファンファンは、今日も今日とて近所の女の子と ラブシーンの真最中、女の子の父親に見つかり危うく結婚させられそうになった所を 旨く言いくるめて逃げ出しますが、ジーナ・ロロブリジータ扮する軍曹の娘の甘言に まんまとのせられ、軍隊に入れられてしまいます。スッタモンダの末に自軍を大勝利に 導きジーナ・ロロブリジータともハッピーエンド。ジーナ・ロロブリジータの 弾けるような若さと、美しさは一見の価値があります。



赤と黒》一九五四年日本初公開。

 スタンダールの長編小説を映画化したものですが、あれだけの長編を 三時間という上映時間ですが、時間の長さなどは全く感じさせず よくまとめたものだと感心してしまいました。
 私にとってはこの作品が今回の一番のハイライトでした。
 レナール夫人を演じたダニエル・ダリューは、原作のイメージからは程遠く (まあ原作ものにはままあることですが)ジュリアン・ソレルにひかれていく気持ちの過程が 今ひとつ伝わって来ませんでした。むしろマチルドを演じたアントネラ・ルァルディのほうが 原作のイメージにも近く、高慢な態度から次第にジュリアン・ソレルにひかれていく気持ちの過程が よくでていたように思いました。 彼のジュリアンソ・ソレルは文句のつけようもないほど素晴らしいものでした。
 もし今、再映画化されるようなことがあったしとても、 彼以上のジュリアン・ソレル役者を望むことはできないでしょう!!!



悪魔の美しさ》一九五一年日本初公開。

“悪魔に魂を売った男”十五世紀末から十六世紀にかけてヨーロッパに流布した、 〈ファウスト伝説〉を名匠ルネ・クレールが映画化したものです。
 彼は悪魔のメフィストと、美貌の若者アンリに変身したファウスト、 老年のファウストと、若者に変身した後の老メフィストをミシェル・シモンが 演じるという面白い演出でした。
 この二人の演技のぶつかりあいはなかなかの見ものでした。
 アンリに変身した後の彼は定石通りという感じで、むしろメフィストの時の、 教授を誘うときの何とも言えない不敵な微笑みと、眼の動きというか輝きは、 なんとも不可思議な気持ちにさせられてしまいました。
 作品の根底に流れているものは人間賛歌なのですが、最近のアメリカ映画のような 押し付けがましさがなく、最後は“やっぱり人間て素晴らしいんだぞ” と自然に納得させられました。


 最後の二本は観ていないので、ご存じの方もいらっしゃるとは思いますが、 簡単なストーリーだけ書かせて頂きます。


夜ごとの美女》一九五三年日本初公開。

 田舎の冴えない音楽教師がヒョンなことから夢の中でモテまくるのですが だんだんとんでもない状況に陥り、やっとのことで夢からさめて 最後はハッピーエンドになるというこれも喜劇です。


モンパルナスの灯》一九五八年日本初公開。

 フランスを代表する画家の一人、モディリアニの短い一生を描いた作品で、 ラストシーンは史実とは多少違っているということです。



 最近はフランスでは英語に侵食されてかなり言葉が乱れており、 学者の間では英語禁止令を出そうかなどと、真剣に議論されていると新聞で読みました。
 しかし映画の中での彼のフランス語は美しく、 とてもきれいな標準語で話しているのではないかと思わせるほどでした。
 フランス語など全く知らない私でも音楽のように心地よく耳に響いてきました。


 若く、美しいままこの世を去ったジェラール・フィリップは、その姿とともに 私達ファンの心の中に色褪せることなく永遠に残っていくことでしょう。


 この映画祭は今年前半に上映されたどんな作品よりも、 この春最大のヒット作だったのではないかと、私は心秘かに思っております。

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