女が作る映画誌 ー 女性映画・監督の紹介とアジア映画の情報がいっぱい
 (1987年8月、創刊号 巻頭文より) 夢みる頃をすぎても、まだ映画を卒業できない私たち。
 卒業どころか、30代、40代になっても映画に心が踊ります。だから言いたいことの言える本まで作ってしまいました。
 普通の女たちの声がたくさん。これからも地道な活動を続けていきたいと思っています。どうぞよろしく。
[シネマジャーナル]
37号 (1996.06)  pp. 70 -- 71

英国アカデミー賞に見るイギリス人



山中久美子


 3月、4月と言えばアメリカならオスカー、香港なら金像奬と映画界は 華やかな話題でいっぱいになる。日本にはあまり情報が入ってこないけれど イギリスにも英国アカデミー賞というのがあり、毎年4月にその授賞式が ロンドンで行われている。主催するのは British Academy of Film & TV Arts (BAFTA)。映画だけでなくTVも含めた映像文化の発展と育成に貢献する目的で、1946年に 設立されたという権威ある団体なのだ。
 授賞式の様子はテレビで放映されるのだが、やっぱりオスカーのように スターが赤絨毯を踏みつつ入場するのを見たいもの。 だってせっかくイギリスにいるんだもんね。 ミーハー体質の私は早速リサーチを開始した。この辺のノウハウは 昨年の金像奬取材で体得しているのでバッチリ。式当日は会場のシアターロイヤル (通常はミュージカル、ミス・サイゴンをやっている劇場)前に駆けつけた。 意外だったのは入り待ち組の皆さんの年齢層が高かったこと。でも、ちゃんと みんなサイン帳やらごひいきのスターのグラビア誌持参だし、 スターが通れば声をかけて注意をひくところなどどこでもファンシーのやることは 一緒のようだ。(そういえぱ、オタクっぽい男性のファンも随分目についたっけ)
 プレスシートによればブルース・ウィリスも来るという話だったけれど、 結局姿を見せずじまい。やっぱり、スターのドタキャンは香港だけではないようだ。 それでも、エマ・トンプソン、ティム・ロス、ミラ・ソビーナ、 ケント・ウィンスレットなど、今話題の映画人に加えイギリステレビ界の 入気者達がぞくぞく会場入りしていく。そして、トリは誰あろうこのBAFTAの総裁、 アン王女でしめられたのだった。
 さて、お待ちかねの本編は皮肉を言わせたら英国一のコメディアン、 アンガス・デイトンの司会で始まった。オスカーではウーピー・ゴールドバークが、 始終笑みを絶やさず「映画って素晴らしい、受賞者の皆さんおめでとう」 と言うような雰囲気を演出していたのに比べてイギリスのはとてもクール。 前半のテレビ部門では、アンガスが受賞者に放つ辛口のコメントがさえわたる。 でも、ベストトークショーを獲得した「パノラマ」のダイアナ妃インタビューに対して 「パノラマがトークショーだなんてびっくりしました」と、 真顔で言って観客が大爆笑なんて、ちょっとイヤミな光景でしょ。 というのもパノラマはとても真面目で格調高いテーマを追及する硬派の番組。 かたやダイアナ妃の話題というのはイギリスでは軟派ネタに属し、日本で言えば スポーツ紙の芸能人記事のようなもの。同じ人気のプリンセスでも 雅子妃とは違った扱いを受けているように思う。だから、パノラマと ダイアナ妃のインタビューというのはとても意外な組み合わせ。 もちろん全世界に注目されたのだから、なにかの賞を取ることは予想されていた。 だからといって、トークショー部門に持ってきて、シリアスなダイアナ妃の告白を バラエティのトークと同列にするなんて意地悪だなあ。まあBAFTAの総裁はアン王女だから 仕方ないかもね。
 それにしてもイギリスのテレビ界の質はとても高い。各賞はドラマや ドキュメンタリーだけでなく、バラエティーやコメディと細かく分かれている。 それに耐えられるだけの番組作りがなされているということだろう。 前の週には映画テレビの技術部門への賞、クラフトアワードも発表されている。 イギリスがいかにテレビという映像文化を大切にしているかが、 この番組を通して伺いしれた。
 そして後半の映画部門の話題はなんと言ってもイギリスの女流作家 ジェーン・オースティン原作の『いつか晴れた日に』だ。 オスカーでは、たった一部門しか(!)受賞できなかったが、BAFTAでは12部門にノミネート。 そしてオスカーに対抗するように主演、助演女優賞にエマ・トンプソン、 ケイト・ウィンスレットが選ばれた。二人とも監督として影が薄いアン・リーに さかんに謝辞を述べていたが、その後のベストフィルム部門で無事彼もプロデューサーの リンジー・ドランとともに受賞を果たしている。 エマは大喜びで欠席したアン・リーのためにスピーチ。 最後は中国語でサンキューは謝謝[イ尓]と言うんだと しめた。でもここでも彼は監督賞をもらえなかった。どうしてもこの映画は 脚色と主演のエマの印象が濃い。 もちろん『ウェディング・バンケット』や 『恋人たちの食卓』の監督アン・リーだからこそ撮れた作品だと思うのだが。
 結局オースティン作品は、『いつか晴れた日に』で3部門、 そしてテレビドラマ「自負と偏見」の主演女優賞、 「説き伏せられて」が単発ドラマ賞と計5部門の受賞を果たし人気のほどを伺わせた。
 でも私は最初、なぜオースティンがブームなのか不思議だった。 だって彼女の小説は必ず結婚がハッピーエンド。ところが現実のイギリスでは、 もはや結婚は愛の終着駅としては成り立たなくなっているからだ。 若い世代は同棲はしてもなかなか結婚はしないし、 また愛がなくなれば離婚するのは当然のこと。シングルマザーも珍しくない。 となれば彼女の小説に描かれるような、 自分を幸せにしてくれる白馬の王子様を待つ生き方に共感を覚えるのだろうかと。 おとぎ話のお姫さまが幸せになるとは限らないことは、 ダイアナ妃が証明してくれているし…。 知り合いのイギリス人にその辺のことを聞いてみると 「古き良き時代へのノスタルジーでしょう」という答えが返ってきた。 みんな古い結婚制度が女性に幸せばかりをもたらしたわけではないことは 十分承知している、でも、今の状況が200年前のオースティンの時代よりも良いと 言いきれないことにイギリス人のさまよえる愛の行方を見た気がした。 日本の結婚制度はまだまだ女性に不利だと感じることが多いが、 コスチュームドラマ(時代劇)の中でしか「幸せな結婚」を信じられなくなると言うのも 悲しいかな、と考えさせられてしまった。まったくイギリスにいるとつい、 物事の裏側を見るようになってしまうなあ。
 と考え込むのは止めにして話題をBAFTAに戻そう。 『いつか晴れた日に』以外では、 『ジョージ3世の狂気』のナイジェル・ホーソンが主演男優賞、 『ロブ・ロイ』でティム・ロスが助演男優賞を受賞した。 監督賞は『イルーポスティーノ』のマイケル・ラドフォード。 プレゼンターにジェレミー・アイアン、シャーロット・ランプリング、 リチャード・E・グラントなどが顔を揃えていたのもイギリスならではの光景だろう。

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