女が作る映画誌 ー 女性映画・監督の紹介とアジア映画の情報がいっぱい
 (1987年8月、創刊号 巻頭文より) 夢みる頃をすぎても、まだ映画を卒業できない私たち。
 卒業どころか、30代、40代になっても映画に心が踊ります。だから言いたいことの言える本まで作ってしまいました。
 普通の女たちの声がたくさん。これからも地道な活動を続けていきたいと思っています。どうぞよろしく。
[シネマジャーナル]
37号 (1996.06)   pp. 12 -- 15

『女人、四十』






『女人四十』女たちの勝手にトーク

女40歳代、精神的にも肉体的にも一番しんどい時。 シネマジャーナルの仲間も次々と高齢者介護問題に直面していますが、 この映画はそんな私たちにどんな感想をもたらしたでしょうか?


■身につまされる話

出海「今日は許鞍華監督の『女人、四十』です。佐藤さん」

佐藤「いつも私から? 若い人からにしましょうよ。志々目さん」

志々目「私は三十代で、これから主人公の年齢にさしかかるので、 色々考えさせられました。夫の兄弟構成が同じですし、舅の職業も似てます。 しかも身体が大きいところも似てるので身につまされるっていうか…まだ、 壊れてませんが(笑い)」

出海「壊れてる?(笑い)」

志々目「あのお父さんは自分の華々しい時のことを しっかり覚えてますよね、年を取るとそうなるのかなあ、 他の記憶はどうなるのかなあと参考になりました」

出海「どうなの、香港も長男が親をみることが多いの?」

志々目「そういうのはないみたいですね。 長男に限らず一番最後に親と同居している男の子が面倒みると聞いたことがあるけど…」

佐藤「娘は?」

志々目「お嫁にいきますでしょう。やはり男になるのかな」

出海「それから、香港映画っていうとどしても スター中心て考えるんだけど、こういう文芸物っていうか社会的な問題を扱ったのって、 香港映画ファンとしてどうですか」

志々目「『我和春天有個約会』のように めだったスターが出てなくてもいいものがたくさんあるから、 意識して分けて考えないですね」

出海「では、次ぎに若い人は誰でしたっけ」

宮崎「私だと思うけど」

佐藤「もうあなたなの(笑い)」

宮崎「私の場合は父親が病気になって3年前に死んだのね。 実際に母が病気の上に父親の病気でしょう」

佐藤「大変じゃない」

宮崎「母はノイローゼで、父はガンで。もう、最悪で。 でも結局、母は父の看病をしないといけないと思ったとたん逆に治っちゃった」

出海「そんなことあるの」

宮崎「そうなのよ、治ったの。 最初の2、3週間はもうこの事態をどう切り抜けようかって悩んだわよ」

佐藤「で、今は?」

宮崎「治って元気にしてるけど、今度は母がボケたら、 どうしようかって心配も出て来た。そうなったら生活変えないとね。 ただ私は4人姉妹だから男兄弟の場合と違うかもしれない。 あの弟夫婦の奥さんが習い事や、映画行くから忙しいとかいうでしょう。 ああいうこともあるよね。それに、夫の妹も台湾でしょう。 住んでる場所も近くならすぐ車で来れるけど、海を渡るし、 やっぱり介護を分担しあうのは難かしいね」

■エンターテイメントでまとめた香港映画の底力

出海「次ぎに若いのは私かな」

佐藤「そんな強調しなくても知ってる(笑い)」

出海「喜劇として割り切って見たから面白かった。 ただ、老人の問題は社会の問題なんだけど、 何だか家族だけで解決しようとしてる間に死んじゃったっていう印象があったわね。 終わりがあっけなかった。それから、日本では老人と家族をテーマに映画を作っても メジャーではやっていない。それが、エンターテイメント映画を作ってる許監督がやって、 国際的な映画賞もとっちゃうなんて、香港映画の底力、実力を感じた。 これにお金出すことも日本では考えられない」

宮崎「前作がこけて、少し作れないで構想を練れたから 逆にラッキーだったんじゃないかな。それにこの作品、本当は深刻なんだけど、 面白さや見せ場を作って飽きず見れるように作ってあったでしょう。 だから成功したと思う」

出海「お待たせしました。では、佐藤さんは」

佐藤「やっときたわね。私、とても楽しく見たわ。 気負わずすごく色々な要素が入ってて。 女性がキャリアウーマンで仕事を続けるか否かの大事な選択を亭主が協力することで切り抜けたり、 女性問題は世界共通だと思いました。また、香港の市場とか、 屋上とか街のようすが描かれていたし、 中国との関係もトイレットペーパーに関連させてリアルに描かれていた。 働くいきいきした中年女性が家族の問題で疲れて行く姿がよく描かれていたので 評価しますね。あ、それからあのお父さんがすごく魅力的でいいじゃない」

出海「え、すこし男っぽすぎない?夫の方がいいわ」

佐藤「亭主は全然だめよ、あんなの(笑い)」

出海「でもお父さん、体格がいいだけ哀れを誘うわ」

佐藤「フラフラで死にそうなおじいさんだったら 笑いどころじゃないものね(笑い)」

出海「笠智衆だったらどうかしら?」

宮崎「やっぱり、当たり前すぎて話しにならない」

■監督について

出海「さっきも触れたけど、許監督については」

宮崎「監督さんは、エンターテイメントも撮るし、 歴史ものやドキュメントも監督しているし、香港を代表する女性監督。 TVから出発して、映画はキン・フー監督のADの仕事から。 ツイ・ハークと並んで香港のニューウェーブの旗手と言われている」

出海「日本でいえば団塊の世代の人ね。 70年代に2年間ロンドンフィルムスクールに留学、帰国後香港大学で比較文学で 博士号をとったと資料にあります」

志々目「『客途秋恨』見ました? お母さんは日本人なんですよ」

佐藤「それもこの作品みたいなの?」

宮崎「ううん。母と娘の和解ストーリー。 いくつか作るうちにエンターテイメントっていうか、深刻な話を深刻でなく、 見せ場があって面白く見れるような映画作りを考えるようになったのかしら」

出海「彼女の場合、日本で言うみたいに、 監督の前に女性を強調するのがバカらしいくらいプロとして、 実力をもった映画監督ですね。 人気役者を使うとか、お金を集めるのも監督の才能のうち、 彼女はその力は証明済みだから、これからアジアの監督として、 才能が勝負となる広い世界にどんどん羽ばたいていってもらいたいですね」

■現実に直面してる人たちはどうみるか

出海「高齢者問題って、香港はわからないけど、 日本は今深刻な問題でしょ。実際に問題に直面している人がこれを見たら、 どうなのかしら、笑って見れるかしら。私の場合、両親はもういないけど、 母が誰にも気付かれずに事故っぽく死んで、悲しい思いしてから、 老人問題は家庭の問題であるとともに絶対社会問題だって思うようになった。 だから、少しもの足りなかった部分もある」

志々目「お父さんに対して家族の対応が 皆な優しいですよね。家族がいろいろあってもあたたかい目で見ているから ホッとするけど、実際は邪魔にされて、いじめられたりするのが多いのと違います?」

佐藤「でもね、実際に年寄りのオシメを替えてる人が ああいうのを見て、自分たちもユーモアをもって、あまり苦しく考えないで やっていった方がいいと思って欲しい。現実はこんなんじゃないって思ったら 人間性が狭い。ボケてる母もここがおもしろいって思えばその方が 楽しく生きていけるんじゃないかしら」

出海「早く死んでよ死んでよと思ってる人が、 年寄りは可愛い赤ん坊に戻るんだと発想を変えるわけね」

佐藤「もちろん、老人をかかえている人達に見てもらいたいわ。 でも、実際は私もボケた母を世話した経験者だからわかるけど難しい。 殺そうなんて一瞬思うこともあったわよ。だからこういう映画を見てね、 余裕を持って考えて欲しいわけ。ラストの方で夫婦がダンス踊るでしょう、 あれ感動的だったわ、あんな風な時間が必要ね」

出海「でもああいうの見てると家族がいない場合は どうなっちゃうんだろうって考えちゃったわ」

宮崎「私も考える。結婚してないし、 その方がよっぽど深刻だけど」

佐藤「だから、そういう風には見ないで、深刻なんだけど、 楽しく見せて感動させてくれる映画として評価した方がいいわ。 母のことで老人問題に詳しくなった私がいうんだから間違いない(笑い)」

出海「確かに女性たちがこれを見て、 自分たちの親や老後を考えさせられる映画ね。 ひとごとじゃないと切実な気持ちでしゃべり出したくなる映画であることは確かですね」



 ※この後、とりとめもなく自分の親の場合の話しがはじまり、 自分たちが高齢になる21世紀の話しへと広がっていった。遺書を書いてるとか、 自分の部屋で静かにひとりで好きな映画のビデオを見ながら死にたいとか、 自殺とか…1人の若者が4人の老人の世話をする時代にもはたして シネマジャーナルのおばあさんたちが元気にトークをしているか、 これも深刻な問題です。(まとめ出海)



出席者:佐藤、宮崎、志々目、出海
見学 :大園、岸井、片岡


製作・監督=アン・ホイ(許鞍華)
脚本=チャン・マンキョン(陳文強)
撮影=リー・ピンビン(李屏寶)
音楽=大友良英
出演=ジョセフィン・シャオ(蕭芳芳)
   ロイ・チャオ(喬宏)
   ロウ・カーイン(羅家英)
   ロウ・コーンラン(羅冠蘭)





『女人、四十。』との事

流浪花



 噂には聞いていたが、旺角の映画館は満員で、一入だというのに 空いた席は端しかなかった。物語はよく有りがちな老人痴呆症のおじいさんと家族、 特に嫁との関わり合いが題材。この映画、私には「特別のある理由」 で深く心に残るものとなった。

 嫁、舅姑の難しい関係については、私は母と祖母を通してイヤと言うほど見て来たので、 自分の家庭を思い出さずにはいられなかった。責任感が強くしっかりした母と、 祖父を早くに亡くし男勝りで、思った事をズバズバ言う祖母は、 正直言って最後まで心の打ち解けることはなかったかもしれない。 祖母が病院に入ってから、母は病院食がまずくて食べられないという祖母の為に、 何かしら祖母の好きなおかずを持って、毎日身の回りの世話に出かけていた。 祖母はボケはしなかったが、反対に足の動かぬ分、頭の中はぐるぐる回り、 私達の行動にも目を配り、母はもちろん私も何度も呼びつけられ小言を食らった。 だんだん猜疑心が強くなり、サイフを取っただの、夜遊びして夜が遅いだの、 果ては妊娠してるだの、有り得ない(?)ことまで言い出していた。決まって最後は 「母親は教育を間違えた。父親が可哀相だ」とくる。自分自身なまけ者で、 親不孝者というのはわかっているのだが、母親の事を言われるのはやはり 何とも言えず辛い。しかし反対に、母から祖母のことをいろいろ聞かされるのに、 閉口するのも正直なところだったのだ。私はどちらとも血を分けた人間だからである。 いざこざのある度に母は、「義務として一生世話をしていく」と言っていた。 『女人、四十。』と同じく母は仕事を持ち、朝は一番に起き、夜は誰よりも遅い。 その座る間もない生活ながら、母は不思議なぐらいいつも明るく前向きでいられる 女性である。いくら義務と考えても私には到底出来ない生活である。
 私が香港に来る年の夏祭りも終りこれから本格的な夏だというある日、 7年以上も入院していた祖母が、運動中に突然何の苦しみもなく亡くなった。 暑い暑い特別に暑いその祖母の葬儀の日、最後の義務を果たすかのように 一番立ち働いていたのはもちろん母だった。
 出棺前に祖母の好きな物をお棺に一緒に入れるのだが、 祖母の好みを知り尽くしている母はたくさんの物を用意していた。 果物、お菓子、着物、そしてその中の一つのトマトは、 私がさっき家まで取りに帰ったものだ。もう十分入れるものはあるのだが、 トマトだけ忘れてきたので取りに帰ってくれと母が私に頼んだのだった。 暑い中、喪服を着てヒーヒー言いながら家に着いて冷蔵庫を開けると、 きれいなトマトが2個タッパーに納まっていた。わざわざ湯むきがしてある。 祖母はトマトの皮がきらいで、いつも母がそのようにして病院に運んでいた。 涼みがてら冷蔵庫のドアを開けたまま、しばらくトマトを眺めていた。 世話をしてきたのを義務だと言っていた母だったが、 ちょっとは違った感情も抱いていたのだなと思えてきた。 ビニール袋にトマトを入れ、また暑い中お寺に向かって歩いていた私は、 きっとちょっとうれしそうな顔をしていたんじゃないかと思う。
 映画の中で心が通い始めた二人が、家へ帰る道で「雪が降っている」 と喜ぷきれいな場面がある、私はトマトを持って歩いたあの夏の道のことを思い出した。 涙がダラダラと断りもなく出て来てしまった。

 これが私の「特別なある理由」。
 映画を見終えた後、関わり合える家族がいる有難さみたいなのが湧き出て来た。 「世代を繋いでいくこともまんざら悪くないことだ。 そりゃうっとうしいことも多いだろうけど。」 私は暗い映画館から清々しい気持ちで旺角の雑踏へと出て来た。


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