女が作る映画誌 ー 女性映画・監督の紹介とアジア映画の情報がいっぱい
 (1987年8月、創刊号 巻頭文より) 夢みる頃をすぎても、まだ映画を卒業できない私たち。
 卒業どころか、30代、40代になっても映画に心が踊ります。だから言いたいことの言える本まで作ってしまいました。
 普通の女たちの声がたくさん。これからも地道な活動を続けていきたいと思っています。どうぞよろしく。
[シネマジャーナル]
35号   pp. 18 -- 25
第8回東京国際映画祭

NIPPON CINEMA CLASSICS

1930年代の“幻の映画”が、今、甦る!

加藤久徳




 自分はこれまで、東京国際映画祭で日本映画を三本以上観たことがない。 年によってはゼロのこともある。それが今年は、日本映画を中心にしてしまった。 八回目の本映画祭には、「ニッポン・シネマ・クラシック」に非常に珍しい作品が 並んでいたため、自然とそちらに足が向いたのだ。

 珍しいという意味合いなら、一般のファンからみて、この「ニッポン・シネマ・ クラシック」にかかる旧作は、それこそ戦前のサイレントからトーキーへ移った大時代の 作品ばかりだから、すべてが珍しいということになる。しかし、映画史研究家からみれば、 スクリーンに上映可能な状態の上映プリントがこれまで存在したかどうかが、 珍しいという意味合いの分岐点になるため、一般のファンが考えるのとは少々の 隔たりがある。もっとも上映されなければ、プリントがあろうとなかろうと珍しいという 認識に変わりはないのだが…。

 今回のクラシックでは、この時までスクリーンに上映可能なプリントが、 戦後長期にわたって存在しなかったことになっている成瀬巳喜男監督の『噂の娘』(35) 『女人哀愁』(37)並木鏡太郎監督の『樋口一葉』(37)萩原遼監督の『その前夜』(37) などがニュープリントとして、二十一世紀間近の一九九五年に蘇ってくれた。 日本映画ファンにとっては朗報だったと思う。これらすべてはフィルムセンター所蔵 作品となるため、上映終了の段階で巷によくある「あの映画観たいようなあ」 「フィルムセンターにあるよ」という会話で片付けられる宿命になってしまうのだけれど、 渋東シネタワー4とBunkamuraル・シネマ1というオシャレ系商業映画館の 銀幕で観るチャンスを得た我らとしては、この幸福を十分満喫するべき良きチャンスに めぐり逢えたことを素直に喜ぶべきであろう。

 今回上映の作品群は、一九三〇年代の作品を中心に十五本、そのうち五本が ニュープリントで、世界の映画人一〇〇人が選ぶ日本映画 この一本 と題して九本が合わせて上映された。大阪プラネット図書館から借り受けた『忠臣蔵』(32) 以外は、すべてフィルムセンター所蔵作品と思われる。



『噂の娘』(PCL/1935年)

9月23日 渋東シネタワー4
監督・脚本/成瀬巳喜男
撮影/ 鈴木博
美術/ 山崎醇之輔
音楽/ 伊藤昇
出演/ 千葉早智子、梅園龍子、伊藤智子、汐見洋、御橋公、藤原鎌足、大川平八郎、 滝澤修、三島雅夫、大村千吉

 キネマ旬報ベストテン第八位に入選した作品。同じ年、『妻よ薔薇のやうに』 がベスト1に輝いているため、戦後の評価は鑑賞可能な『妻よ薔薇のやうに』のみで、 この年は語られている。ただし、『女人哀愁』と同様マスターネガから直接ビデオが 発売されているので、それなりに観ている人も多い。

 成瀬のオリジナル脚本だが、公開当時からチェーホフの「桜の園」を下敷きにしていると 本人が認めている。成瀬映画の特徴である情緒たっぷりの風俗描写と、ウイットに富んだ 心理描写は、この作品で十分発揮されていて、期待を裏切らない。

 新橋烏森を舞台に、老舗の酒問屋・灘屋一家の人生模様。成瀬と結婚する前の 人気女優・千葉早智子が妹思いの心優しいヒロイン邦江を演じており、 当時の日本的美徳を象徴するような女性像となっている。一方の腹違いの妹・ 紀美子(父親が愛人に産ませた娘で、本人は知らない。演ずるはレヴュー出身の 花形ダンサー・梅園龍子)は、当時流行のモガというべきか、極めて快活な都会的 ヤンチャ娘。この対照的な二人の葛藤が作品の基盤となって、後半一気にドラマは 盛り上がってくるものの、少々ひっかかる部分もあった。

 妹の母親・お葉が、灘屋に正妻として入ってくるのだが、妹が果たして彼女を 実母と知っていたのか?ドラマでは出ていなかったような気がする。しかし、 画面上では確かに妹は狼狽えていた。知っているからこそ拒絶していると思うのだが、 紀美子が姉の邦江と腹違いの姉妹と認識しているシークエンスは一つもなかったと思う。 残されている文献のストーリーを読むと、父親が紀美子に実母のことを告げるとあるが、 セリフ上はなかった。同じ点では、父親が自分の店で売っている酒になにか 細工をしているらしいシーンを何度となく入れてはいるが、映像的に不明瞭である。 ある日突然現われた刑事が容疑も告げず父親を逮捕する(同行ではない)。 父親はあっさりと観念して連れられていく。が、容疑そのものが皆目わからない。 だいたい家中の人間が酒の味がおかしいと知っていて売ったり、飲んだりしている 展開そのものが、どうかしているとしか思えない。心理的な感情描写は成瀬らしく克明だが、 社会的な常識表現は、製作年度を考え合わせても粗雑であると思う。腰砕けの印象が強く、 少々期待を裏切られた。



『忠臣蔵』(松竹キネマ/1932年)

9月24日 渋東シネタワー4
企画/ 白井松次郎、大谷竹次郎
原作・脚本・監督/衣笠貞之助
撮影/ 杉山公平
出演/ 阪東寿三郎、林長二郎、田中絹代、藤野秀夫、上山草人、高田浩吉、阪東好太郎、 風間宗六、斉藤達雄、飯田蝶子、川崎弘子、岡田嘉子、飯塚敏子、市川右太衛門

 サイレントからトーキーへ移行する三〇年代初頭、初めて音付きで作られた 『忠臣蔵』として日本映画史に大きく名を残している。スタッフ、キャストは 松竹系列の映画、演劇、歌舞伎界からトップクラスがズラリと顔を揃えて、 まるでタイムカプセルを映像化したようなもの。『忠臣蔵』の映画化は、 古今東西その製作会社の権勢をバックグラウンドに作られる規模をもっているので、 たかがお決まりの仇討ち映画とバカにはできない。

 衣笠の『忠臣蔵』は、公開当時、無声時代に作られた浪士ものと内容がほとんど 変わっていないと不評が多かった。この夜一緒に観ていた知人も同じ理由により、 あまりにもつまらなくて出ていったと後に告げられた。これまで観た『忠臣蔵』 と全く同じじゃないかと文句を言っていたが、彼が観ている『忠臣蔵』は、 衣笠版以降の作品であるので、比較する観点が違うと思うのだが、映画史上の 名作と言われている以上、六十年も前の作品であってもあっと息をのむ凄いシーンが あるのではと思ったらしい。それもまた純粋な意見でもっともだと思う。

 この夜上映されたプリントは、あるコレクターが所蔵していたプリントから ネガを起こし、プリントを焼いたもので、音は割れていてノイズがひどく、 コピーだから画質も悪い。本来堪能すべき衣笠らしい淡美な映像は味わえなかった (本作の少し前に、『狂った一頁』『十字路』というアバンキャルド的実験映画を 作った異能派の監督でもある)。本来は前後合わせて三時間を越える大作だが、 上映プリントは二時間二十分ぐらいしかなく、しかも本編と無関係な阪東妻三郎 演ずる赤垣源三が登場する。上映前にカットしたそうだが、さすがに討ち入り シーンの中まではチェックできなかったようだ。商売に使ったのか、阪妻ファンが 意識的にやったのかはわからないが、昔の人は二作以上の作品を再編集して作り変えるのは 茶飯事だったらしく、この上映プリントが好見本だったのである。丁寧に阪妻の名が 入った新しいタイトルまで付けられていた(このために戦後の映画研究者が 振り回されて、多くの勘違いを繰り返しているのである)。

 このプリントで『忠臣蔵』という作品の現代的な評価は無理だと思う。 多くのオールスター映画がそうであるように、この作品も登場する役者や スター達を楽しむのが正論だと思う。当時のゴールデンコンビ、林長二郎 (のちの長谷川一夫)と田中絹代のカップリングは見ものであるし、 斉藤達雄ら当時の松竹蒲田の俳優たちが次々とチョン髷を付けて出てくるのが楽しい。 短尺なので大石の妻りくを演じているはずの蒲田の大幹部女優・川田芳子の出番が なくなっていたのは、ガックリ。しかし後半のオープニングに刃傷事件を舞台化した 『東山栄華舞台(ひがしやまえいがのぶたい)』という狂言をトーキーで観られたのは、 ノイズ入りとはいえ観る価値十分であった。



『その前夜』(東宝=前進座/1939年)

9月26日 渋東シネタワー4
脚本/ 山中貞夫
監督/ 萩原遼
出演/ 河原崎長十郎、中村翫右衛門、山田五十鈴、高峰秀子、市川莚司(のちの加東大介)、 山崎進蔵(のちの河野秋武)、千葉早智子

 『百萬両の壷』(35/日活)、『人情紙風船』(35/PLC)などで、戦前その才能を 大きく謳われた山中貞雄監督が、脚本家時代に書き上げていた脚本のひとつ (映画祭のパンフには出征前に書いていたと記されている)で、38年中国戦線で 戦病死(享年29歳)した山中の惜しみてもあまりある死を悼んで製作された追悼作品。 山中の遺作『人情紙風船』に劇団ごと出演し、山中と映画製作では深い関係にある 前進座のメンバーが本作でも総出演している。

 監督の萩原遼は、戦後は新東宝、東横、そして東映、松竹と各社へ入社。 娯楽時代劇ばかりを作っていた二流監督…と私は思っていた。その中には 中村錦之助(現・萬屋錦之助)を一躍スターにした『笛吹童子』(54/東映) という、お子様時代劇と呼ばれた他愛ないヒット作もある。しかし、萩原は 山中貞雄の愛弟子として教えを受け、プライベートな面まで私淑した本格派で、 まだ若かった二十九歳の本作の頃は、意欲的に作品に取り組んでいたのだ。 『その前夜』は、山中が修業時代の1929年ごろに書いていた『三条子橋粟田口』 (オリジナル脚本)を、山中がメンバーとして参加していた脚本集団の鳴滝組の 同人(八人いるメンバーのうち誰かは不明。萩原も同人である)が脚色した作品で、 萩原はもし山中がメガフォンを執っていたら、きっとこう撮るという想定の元に 演出したらしい。ゲストで渋東の舞台に登場した戦前の美人女優・深水藤子が 評論家・山根貞男の質問中で、「山中さんと全く同じ撮り方をしているシーンが 何度も出てくる」と発言し、我々観客一同、興奮の中で作品に接することになった。

 幕末が背景になっており、歴史上有名な池田屋騒動が起こる直前の池田屋の周辺に 住む人々の数日間を描いた佳篇。主人公は池田屋の斜向かいで旅館を営む一家。 前進座の幹部俳優ナンバー2の中村翫右衛門が長男を、山田五十鈴が長女を、 高峰秀子が次女に扮し、ナンバー1の河原崎長十郎が町の三文絵描き(元は武士らしい) の役を軽いノリで演じ、いつもの臭みがなく、まあまあの演技(私はこの人を 映画俳優としては好きではない)。重要なキャラクターは翫右衛門である。 ライバルの池田屋に押され、旅館の経営が立ちゆかないと判断した大原屋の彦太郎 (翫右衛門)は、出張の洗濯屋を思いつく(クリーニング屋のルーツと見るべきだろうか)。 家族の反対も押し切り、得意先の一番手として彼が選んだのは、京の都で幅をきかせる 新撰組の屯所。男所帯の屯所に出入りして、隊士の着物をきれいに洗うことで彦太郎が 新しい仕事に意欲を燃やす。当然のことながら、新撰組内部の声も聞こえるわけで、 池田屋襲撃直前の情報も彼の耳元で飛びかい、淡々とした描写の中にも緊迫感が漂ってくる。

 日々平穏に暮らしたい一市民でさえ、否応なく戦いに巻き込まれていく時代の様相が、 暗示的とはいえ、今の目でもそれは判る。山中が赤紙一枚で中国戦線へ 連れ去られてしまったことに対する映画人の恨みがこもった作品なのである。 太平洋戦争前の作品だから声高に本音は叫んではいないし、叫ぶわけにはいかない。 しかし、私には、十分気持ちが伝わってきた。新撰組、勤皇派の侍双方に片寄ることなく、 人物を描いていて、作者たちの視線はまだ冷静で謙虚であった。公開当時不評であったのは、 時代のせいだと思う。



『花ちりぬ』(東宝/1938年)

9月27日 ル・シネマ1
原作/ 森本薫
脚色/ 山本紫郎
監督/ 石田民三
出演/ 花井蘭子、水上玲子、三條利喜枝      

 監督の石田民三は、本作の時は三七歳。東宝の前身であるJ.Oスタジオに 入社する前は、新興キネマで一風変わった女性映画を撮っていた。『前科もの二人女』 『妖炎菩薩』『春色五人女』『文政妖婦伝・妲妃(だっき)殺し』‥。二流会社らしい キワもの的題名だが、今の目でみれば見かけほどキワものではないと思う。 石田はそれ以前のサイレント時代には、娯楽時代劇ばかりを専門に作っていた。 本作は、文学座所属の劇作家で、まだ二十代だった森本薫原作による幕末を描いた時代劇。 騒がしい京の町の動きを祇園の料亭における女たちの見聞や反応を通して、元治元年七月 一七日から翌日の「蛤御門の変」の二日間の京都の変動を描く。出演者は全員女性で、 男は宴席の声や斬り合いの絶叫のみで姿は全くみせない。しかもカメラは舞台となる 料亭から一歩も出ず、あるいは料亭に向かってのカメラアングルしかみせない。 映画的には全くの密室劇。女性だけの出演者なら39年にジョージ・キューカー監督が 撮った『THE WOMAN』がある。時期的に接近しているのも面白い。 密室劇になっているのは原作が戯曲で、はじめからノンスター、低予算のつもりで あったから、実験的な作り方が可能だったのだろう。二日間に限定されているのは 『その前夜』に近いが、低予算映画には都合がいいからだろうかとも思ったが、 生まれた時から大衆演劇に親しんでいる時代の人々なのである。思いのほか 『花ちりぬ』のような演劇的な作品は、一般大衆の厳しい鑑賞眼にさらされることを 覚悟の上でつくったのかもしれない。

 当時の録音技術不備のせいか、もうひとつセリフが聞き取りづらく、上映された 英語字幕の入ったフィルムは極めて画質も悪く、私としては楽しめない映画鑑賞会に なてしまった。しかし、登場人物の動きに工夫を凝らすために作られたであろう セットの造形美や流れるように華やかなキャメラワークなど魅力たっぷりで、 映画そのものは褪せていなかったのがうれしい。“必見ですぞ”



『女人哀愁』(PLC=入江プロ/1937年)

9月29日 渋東シネタワー4
脚本/ 成瀬巳喜男、田中千禾夫
監督/ 成瀬巳喜男
撮影/ 三浦光雄
音楽/ 江口夜詩
美術/ 戸塚正夫
出演/ 入江たか子、沢蘭子、堤真佐子、佐伯秀男、大川平八郎、北沢彪、御橋公

 『妻よ薔薇のやうに』(35)でベストワン監督になった成田巳喜男監督が、 近代的美人女優としてトップスターだった入江たか子と初めて組んだ作品。 日本映画のお家芸ともいえる嫁いびりの話をモチーフにしたものだ。

 親のいいなりのままブルジョワ家庭に嫁いだ入江が、これでもかこれでもかと思える ほどのあからさまな嫁いびりを受ける。堪えに堪えた彼女だが、ついに最後は 「お暇をいただきます」と宣言し、新しい人生を目指して家を出る。

 成瀬は松竹蒲田時代、「小津は二人いらない」と当時の撮影所長・城戸四郎から 嫌われ、不満足な仕事ばかりをやらされていた。松竹から東宝の前身であるPLCへ 移籍したのはその理由が多分にある。本作の幕切れが爽快に思えるのは、成瀬自身の 過去とヒロインの境遇がだぶって見えるためだろうか?

 入江たか子は、戦前菅原氏の流れをくむ公卿の家柄から映画界に入った女優として 大きな話題を呼んだ人だ。気品あふれる美貌、抜群のプロポーション(身長162cm、 体重51kg、B82 W64 H89)お堅いはずのあの時代で水着姿のピンナップが 発売されるほどの大人気で、戦前は女優でただ一人、自分のプロダクションを持って 活動していた。収入面においても、時代劇が現代劇よりランクが上だったにも かかわらず、現代劇女優の入江が女優ナンバーワンであった。この点では、田中絹代も 原節子も遠く及ばないのである。プライベートな問題と病弱であったため、心身ともに 幸福とはいえず、戦後は怪談映画に出なければならないほど困窮状態に陥り、 化け猫女優の称号に甘んじ、戦前があまりにも華やかであったから、戦後は非常に 屈辱的な日々を送ってきた。田中絹代の伝記が、TVや映画で映像化されたが、 ドラマにするなら入江の方が遙かに映画的なのだ。

 大林宣彦監督がTVで『麗猫伝説』(83)という作品を作った。入江たか子と娘の 若葉を共演させたものだが、内容は化け猫女優として名声をほしいままにした 人気女優の後日談の話だが、入江たか子の実生活を華麗に伝説化したものだった。 それを本人がしかも親子で演じている。ビックリした。でも良いことだと思った。 映画はウソの産物なのである。現実の入江が化け猫女優として苦難の日々を送って いたとしても『麗猫伝説』の彼女が化け猫女優として名声をほしいままにしていた 女優として描かれる方がずっと望ましい。実際にスーパースターだったのだから、 それで正しいのだと私は思った。

 『女人哀愁』の入江は、市井に住む一民間女性。華族様ではない。控えめだが、 心はしっかりした話もよくわかる良妻賢母型の日本女性なのである。しかし、 最後は夫を捨てて家を出る。現実の彼女はこんなに単純ではなく、優しすぎるほど 男には優しかった。田中絹代もそうだったが、夫や家族のために一生を費やした 人なのである。『女人哀愁』というタイトルが出た時も、まるで入江たか子の人生 そのものじゃないかと、知りもしないのに感慨にふけってしまった。だからこそ、 クライマックスは爽快であった。脚本を書いた成瀬はそこまでは考えているまい。 今だからこそ考えつく。あとから観る者の勝手な理屈である。




雑感

 『樋口一葉』を見逃してしまった。残念だ。観た者は皆絶賛している。 萩原遼と同じく、娯楽時代劇ばかり撮っている二流監督と思い込んでいる並木 鏡太郎は、この時代は意欲的な作品を数多く作っている。若い時はみんな才能あふれる 作品を作り続けていたのである。小津や成瀬や溝口作品で日本映画や女性映画を語るのは 大間違いなのだ。石田民三しかり、『樋口一葉』にいたっては、戦前の山田五十鈴の 代表作なのである。『その前夜』にも出ていた彼女だが、この時代の彼女は、 『浪華悲歌』(36)以来、演技開眼して油がノッている頃の第一期黄金時代で、 もっとも美しい時であった。『その前夜』で山田の妹を演じていた高峰秀子の 可愛らしさ。この作品を観るかぎり、戦後、木下恵介や成瀬巳喜男の作品で 戦後ナンバーワン女優になるなど、まだ想像もつかない。

 『忠臣蔵』では、田中絹代や岡田嘉子など当時の人気女優がズラリと出演しているが、 田中は松竹セントラル3で開催されている「松竹百年史」でも出演作が多数上映され、 映画祭の時には野村芳亭監督、林長二郎と初共演した『金色夜叉』(32)が三十年ぶり くらいかで上映された(ラストシークエンスなく尻切れトンボに終わったのが 残念であった)。

 渋東シネタワー4、ル・シネマ1そして松竹セントラル3も大盛況であった。 私の観にいかない日は空いていることもあったと聞くが、昨年までの無料上映から 有料に変わった分、時間つぶしで来る人はなく、真剣に映画を観る人ばかりであったのが 救いであった(上映中、弁当を広げるヒマつぶしのご老人が少ないのが良かったということだ)。

 この映画祭でガッカリしたのが一つだけある。ゲストの選定である。渋東では毎夜 ゲストと呼ばれる人たちが舞台にあがり、プログラム・コーディネーターの山根貞男と 映画の通訳さんを相手におしゃべりするのだが、ゲストは必ずしも映画に関係ある人 ばかりでなく(五十年以上も旧作なら、関係者が残っている可能性はもちろん少ないのだが…)、 時には全く知らない人もいた。正直言って無関係な文化人?のゲストなどを呼んでほしくない。 客は映画だけが観たいのだ。早く終われば東京ではレイト・ショーが盛んだから、 そちらへ行きたい人も多いのである。家が遠い人も多いだろう。無理に人を呼ぶことは ないのだ。

 初日のゲストは東大の某学部長で評論家の蓮實重彦氏。山根氏と蓮實氏のふたりは ニッポン・シネマ・クラシックの実行委員…というよりも親友であらせられる。 ふだんからおしゃべりしている間柄なのだから緊張感などカケラもない。 映画祭の苦労話が出たのは当然だが、文書にすれば済むようなことを延々と 一時間以上も上映前にしゃべってどうするのだ。フランス映画やヌーヴェルヴァーグを 引き合いに出さなければ、成瀬巳喜男を語れないような情けない評論家と称する男に しゃべらせるなんて…。

 『噂の娘』が一時間足らずの作品のため、私の知り合いを含めて多くの人たちが レイトショウやら遠方への帰宅を想定してこの晩にやって来た。その彼らの期待を 「長くなって悪いね、悪いね」と楽しそうに詫びながら打ち砕いたのである。 「ニッポン・シネマ・クラシック」の中でもっとも不毛なトークであった。 『その前夜』の時、女優・深水藤子を呼んだのはヒットと認めるが、ゲストの選定に 身内のノリを入れるものじゃない。呼ぶ人がいないなら、映画だけ見せる方が 主催者として観客への最良の心遣いだと思う。山根氏も実は同意見なのではないだろうか?

本誌「シネマジャーナル」及びバックナンバーの問い合わせ:
order@cinemajournal.net
このHPに関するご意見など: info@cinemajournal.net
このサイトの画像・記事等の無断転載・無断使用はご遠慮下さい。
掲載画像・元写真の使用を希望される場合はご連絡下さい。