女が作る映画誌 ー 女性映画・監督の紹介とアジア映画の情報がいっぱい
 (1987年8月、創刊号 巻頭文より) 夢みる頃をすぎても、まだ映画を卒業できない私たち。
 卒業どころか、30代、40代になっても映画に心が踊ります。だから言いたいことの言える本まで作ってしまいました。
 普通の女たちの声がたくさん。これからも地道な活動を続けていきたいと思っています。どうぞよろしく。
[シネマジャーナル]
35号   pp.64--67

■特集『黙秘』


  『黙秘』テーマは重いが爽やかな印象
  『黙秘』フェミニズムの視点が心地好い傑作
  静かに感動させてくれる映画『黙秘』
  『黙秘』二人の女の歪んだ友情は苦い味がする

黙秘

〜テーマは重いが爽やかな印象〜

高野 史枝

 物語の舞台はアメリカ東海岸の小さな島。冬の寒々とした光景の中で 繰り広げられる富豪女性の死、暴きだされる過去の夫の不慮の事故死、 母と娘の葛藤、妻への夫の暴力……ああ、なんて暗い話ばかり集めたものよ……と、 はじめはこの映画を観たことを後悔してしまうような展開が続く。しかし、 表面に出てきた事柄は全て裏があり、別の見方ができるのだから、実は…おっと、 この映画も一応ミステリー仕立てになっているので、あまり詳しく語ると種明かしに なってしまって未見の人に悪い。この辺にしておこう。しかしテーマは重くとも、 観終わったあとの気持ちは不思議に爽やか。元気が出る映画であることは保証いたします。 キャシー・ベイツが実にいい! 日本には、これほど腰のすわった女優がいないのが残念。

 この映画の中で、私が一番関心を持ったのが、父親による娘への性的虐待である。 アメリカでは決して珍しい事ではないらしい。最近、読んだ「記憶を消す子供たち」 (精神医学者レノア・テア著)にも、金持ちで上流階級に属する父親が四人の娘を くり返し犯した例が出てくる。娘の告発によってこの事実は明らかにされたが、 長女は七才から一八才まで、次女はなんと五才から二四才まで性的虐待を 受け続けていたのだ。しかし、いくら被害にあってもこの類の話はよほどの勇気を ふるい起こさないと、娘の側からは公にしにくい。それは、少し前までのレイプと よく似ている。自分は少しも悪くなく、一方的な被害者なのに、明らかにされることで、 もう一度精神的にレイプされるという構造。親による性的虐待はレイプ以上に深刻だ。 最も愛し、信頼を寄せている人からなされる最も屈辱的な行為に子供の心は深く傷つき、 トラウマ(精神的傷跡)が長く残ることは容易に想像できる。

 九五年に開催された国連の北京女性会議でも、テーマの中に「少女の権利に関する 持続的な差別および侵害」が加えられた。慣習的割礼や少女売春などで、幼い少女たちに 加えられる性的虐待を考えると胸が痛む。映画の話から大きくはずれてしまったが、 この『黙秘』は、長い間地下にもぐっていた性的虐待をはじめとする“女への暴力” をキチンと扱った映画として評価できる。レイプがテーマだった『告発の行方』 はレイプをとめようとせず、まわりではやしたてた人間も同罪とはっきり描いて 男性陣をビビらせたと聞くが、この映画も「実の娘を性的虐待するような男は 殺されて当然」という厳しいメッセージが入っているので、ぜひ多くの男性に 観ていただき、ビビッていただきたいものだと思う。

 映画の中の「事故は不幸な女の親友なのよ」というセリフの迫力、 個人的には九五年度の「最優秀セリフ賞」である。




黙秘
フェミニズムの視点が心地好い傑作

R. 松永

 勤務先に届いた匿名のFAX。そこに、富豪女性殺害事件の容疑者として、母親の名前が あることを知った娘のセリーナは、故郷の小さな島へ帰ってくる。

 閑散とした島で久し振りに再会した母親は、まわりの人間に毒ずく、頑固な嫌われ者となっていた。

 海辺に立つ粗末な我が家。荒涼たる冬の景色、殺人犯かもしれない母親ドロレスと、 第一線で活躍するジャーナリストでありながら、どこか精神のバランスを 欠いているような娘セリーナ。

 キング・オブ・ホラーとして名高いスティーブン・キング原作の映画化であることを 充分感じさせるこの冒頭の設定は、次ぎに起こるかもしれない不気味な出来事の 前奏曲として、見る者の心をじわじわと締め付ける。

 しかしこの後、衝撃的な何かが起こるわけではなかった。

 実はこの物語のほとんどは、回想シーンから成り、母と娘が、それぞれの心に 封じてきた過去の真実を浮かび上がらせ、それを解放することで、新たな出発に 向かう物語なのである。

 夫からの暴力、子どもへの性的虐待、老人介護??様々な要素を内包した物語が、 過去の夫殺しの疑惑を軸に、母と娘の確執を通して鮮やかに描き出された傑作である。

 まず、これだけの重いテーマを、確かな視点でまとめ上げた監督と脚本家の手腕に 拍手したい。

 保守的な田舎の島で、酒癖の悪い暴力的な夫と暮らす貧しい主人公ドロレスを、 忍従を強いられた受け身の母親ではなく、芯の強さを内に秘めた一人の女性として 描き切っていることに共感を覚える。

 キャシー・ベイツが、この難しい役を見事に表現していて、さすがだ。

 特に終幕で、初めてお互いを理解した母と娘が別れるシーンでは、これが邦画の場合、 涙なみだのベタベタした母娘物語で終りそうなところだが、この作品ではクールで 淡々としており、二人の女性の本質的な強さが滲み出ていて、心地よい。

 また、ドロレスと富豪女性の描かれ方も見逃せない。

 最初は、金持ちのわがまま女と使用人という関係でしかなかった二人が、 日食の日を境に、奇妙な共犯者としての友情を結んでいく。 この辺りの、男社会への対決の仕方が凄い。

 階級を越えて分かり合える、差別された女の悲しみと痛み。この思いを娘のセリーナも 理解したからこそ、ラストで母親の窮地を救いに島へ戻ってきたのだ。

 重いテーマにもかかわらず、見終わった後で清々しい気分になれるのは、こうした フェミニズムの視点が最後まで貫ぬかれているからに他ならない。

 映像もまた見事である。特に、クライマックスの日食のシーンは非常に印象的だ。

 無数のヨットが白い帆を浮かべる沖合、眩しい夏の太陽、何かが始まりそうな予感を 漂わせる不気昧な雲??そして起こる日食。ドラマティックで美しい場面だ。

 冒頭の冬の荒涼たる風景との鮮やかな対比は、物語により一層の陰影を与えている。

 当たりはずれの大きいスティープン・キング原作の映画化作品の中では、 「デッド・ゾーン」に次ぐ好きな作品になりそうである。




静かに感動させてくれる映画
黙秘

宮崎 暁美

 冒頭、言い争うような言葉のやりとりと車椅子の老婆が階段から落ちるシーンがあり、 このトリックによって私はてっきり殺人事件だと思い込んで観ていた。でもこれは、 母と子の和解ドラマであり女同士の友情と老いの問題を考えさせるドラマでもあり、 父親による自分の娘への性的虐待の存在を提示したものでもあり、現代の女性が 抱える問題を映像で表すとともに、女性がいろいろな制約のもとに生きてきたことを 白日のもとにあぶりだしたものでもある。ミステリー仕立てで、女性が観て「そう、そう」 と納得できる映画、女性を応援する視点の映画が、原作も監督も男性の作品で 出来上がったのがとてもうれしい。

 キャシー・ベイツ演じる主人公ドロレスが家政婦として働く富豪女性の家のエピソードを 描くことで、妻と夫の会話のなさ、夫から無視される妻の虚しさとか、夫婦のあいだに 出来た溝のことなどもさり気ないエピソードで表していて、二人の女の「事故」への伏線 になっていた。

 最初、嫌な女として描かれていた富豪女性だけどある日を境に同士的関係に なっていくのが銀行でのエピソード。娘の教育資金にと自分が働いてコツコツ貯めた貯金を、 夫がドロレスに内緒で解約してしまっても、銀行は名義人のドロレスに確認することなく 夫の思いのままだった。これが逆だったら銀行は夫に確認を取るだろうと詰め寄る ドロレスの悔しがる姿に、女であることで悔しい思いをしてきたことがいろいろな場面で あるなあと、様々なことを思い出し涙が出た。この悔しい思いを雇い主である富豪女性に 吐露するシーンが二人の関係の転換点で、二人はお互いの立場を越えたある種の友情で 結ばれることになる。あるいは共犯関係ともいうべきか。ここで富豪女性が言う 「事故は不幸な女の親友よ」という言葉は、本来なら心寒くなる言葉なのに 救いの神のように感じてしまった。そしてこのことが富豪女性とドロレスとの生涯に渡る 繋がりにもなっていったのだろう。でも最後の最後まで、ドロレスは富豪女性を 憎んでいたんじゃないかと思わせる演出は心憎い。

 細かい日常描写から伏線を紡ぎだしていくストーリー展開や、印象的な日食シーンなど 見所もいっぱい。               

 シネマジャーナルのことを知る以前は、監督や原作者のことなどあまり気にしないで 映画を観ていたが(今でもあまり作った人は誰かということより、その映画が自分にとって 興味ある内容かどうかが、観にいく映画を選択する一番の基準だけど)、『黙秘』 のパンフを見て、ホラー映画は観ないし、ミステリー映画もあまり観ない私だけど、 意外にこの映画の原作者スティーブン・キングの作品を観ていることがわかった (『スタンド・バイ・ミー』『デッド・ゾーン』『ミザリー』など)。やっぱり興味は 人を引き付ける?

 でも『ショーシャンクの空に』は観てないし、テイラー・ハックフォード監督の 『ロング・ウォークホーム』も見逃したのが残念。

 この映画は私の九四年のベストワンになりそうだ。




黙秘
二人の女の歪んだ友情は苦い味がする

R. 佐藤

 舞台はメーン州のとある小島。メーン州というと思い出されるのは、『八月の鯨』。 あのときの海辺の風景は、絵のように美しく、二人の老女も輝いていたのに、 この荒涼たる海辺の風景は…と思いつつ映画に見入る。人の心が豊かなら、 そこの風景も明るく描かれこのように暗い人ばかり集まっていると暗くせざるをえないのか と痛感する。キャシイ・ベイツのこの映画に見る人生はそれなりに正しかったのかも しれないけど、もうすこし別な生き方もあったのではないかと私は思う。富豪の老女と ある一点で心を結んだとはいえ自らの人生を「不幸」ととらえて、各々が 「事故」を起こす行為はただただ暗く、これが女なのさと いわれるとムッときてしまう。

 一種の宿命として死ぬまで老女をみとるキャシイの楽しみがただ娘の成長や成功だった といういきさつも悲しいことだ。自分の人生はそこにはないのだから。こんな母親に 側にいられたら私が娘だったら、やっばり息がつまって島を出て行き、多分 帰りたくもなくなってしまう。キャシイはいわゆる、教育ママであったにすぎない。 夫が悪いとはいえ、その改善策の取り方は「即離婚」等の解決もできたはず。 教育のない女で他では職が得られないという言い訳もなりたたないと思う。

 私がこの映画で胸が痛かったことは、富豪夫人のおろかしい家事への要求。 他に関心事のない女のさもしい要求なのだが(ガラス食器をぴかぴかに、銀は 顔が映るように、洗濯物の干し場所は、不便な場所に、干すものの間隔は… 洗濯ぱさみの止め方は等々)

 私は、パイトで家政婦の経験をしたことがあり、このようなことを家政婦に要求する 金持ち婦人という人種がいることを知っていたので、ああ同じだ、と涙で画面が かすんでしまった。キャシイはあの太い体でなにがしかのお金を得るため(彼女の願いは 娘の教育費捻出という目標があったが)に働く。この手をみて、と彼女が言うとき (娘が手をみたのか忘れたが)も、どぱどばと涙。農婦、家政婦、掃除婦その他、 手を荒らして仕事をする労働者に私は弱い。手のきれいな女性をみるとムッとくるのも 私のくせだ。

 だから、キャシイの心根はわかるのだけど、そうそう意固地に生きなくても肩の力を お抜きなさいと言ってあげたかった。まわりの人が理解できぬとて、ふたりでお屋敷に 籠もるなんて不健全だ。娘に人生をかけ、自分の人生を犠牲にするのは悲しいし娘だって、 いやなことだろう。娘の反発もその辺にあったではないだろうか。「おまえのために、 私は」が今にも口についてでてきそうなキャシイの生き方は母親としては失格だ。

 それにしても、父の娘への性的虐待、老人間題、母娘の葛藤等々スティーブン・キングの 原作ものは単なるミステリーを越えて、本当に面白い。この映画の中にも、キャシイの 留守の家をいたずらする悪がき共に「ショーシャンクにいれちまうよー」とキヤシイが 怒鳴っていたけど、同じキング原作の『ショーシャンクの空に』も今年の私のベストテンに 入る感動ものだった。ちなみにキングは『スタンド・バイ・ミー』の原作者でもあります。

本誌「シネマジャーナル」及びバックナンバーの問い合わせ:
order@cinemajournal.net
このHPに関するご意見など: info@cinemajournal.net
このサイトの画像・記事等の無断転載・無断使用はご遠慮下さい。
掲載画像・元写真の使用を希望される場合はご連絡下さい。