女が作る映画誌 ー 女性映画・監督の紹介とアジア映画の情報がいっぱい
 (1987年8月、創刊号 巻頭文より) 夢みる頃をすぎても、まだ映画を卒業できない私たち。
 卒業どころか、30代、40代になっても映画に心が踊ります。だから言いたいことの言える本まで作ってしまいました。
 普通の女たちの声がたくさん。これからも地道な活動を続けていきたいと思っています。どうぞよろしく。
[シネマジャーナル]
33号   (1995 June)   pp. 40 -- 45
楊貴媚(ヤン・クイメイ)来日会見


愛情萬歳/VIVE L'AMOUR

【キャスト】
不動産のセールスマン(メイ):ヤン・クイメイ(楊貴媚)
墓のセールスマン(シャオカン):リー・カンション(李康生)
露天商(アーロン):チェン・チャオロン(陳昭榮)

【スタッフ】
監督:ツァイ・ミンリャン(蔡明亮)
制作:チャン・フーピン(鐘湖濱)
エグゼクティブ・プロデューサー:チャン・フェンチー(江奉[王其])
プロデューサー:シュー・リーコン(徐立功)
脚本:ツァイ・ミンリャン(蔡明亮)ヤン・ピーイン(楊碧塋)ツァイ・イーチェン(蔡逸君)
撮影監督:リャオ・ペンロン(廖本榕)
編集:ソン・シンチェン(宋〓辰)
美術監督:リー・パオリン(李寶琳)
録音:ヤン・チンアン(楊静安)
照明:ワン・シェン(王盛)リー・コーシン(李克新)

原題:≪愛情萬歳≫/1994年/台湾映画
製作:中央電影公司 Central Motion Picture Corporation/
上映時間 1時間58分 配給/ブレノン・アッシュ


 この映画を見おわって、いつまでも耳に残っているのは、ヒロインの靴音だ。 土ではなくアスファルトの上をコツコツと足早に歩く彼女の靴音は、現在の都会で 行き抜く女性のペースをそのまま象徴しているかのようだ。彼女は、バリバリの 不動産のセールスウーマン。車をバンバン飛ばし、つぎからつぎへと顧客周りをする。 しかし、彼女には笑みがほとんどない。忙しい毎日の中でなにかが足りないと 思っているけど、はっきりとはわからない。

 ふとしたことで知り合った男性とほとんど言葉もないままに、たちまちベッドインする。 けれど満たされるものがない。自覚はないが、彼女が心の奥で求めているのは、 いったい何なのだろう。この満たされない思いは、何なのだろうと 模索しているかのように、ラストシーンで彼女は、延々と泣き続ける。

 この作品の前生にあたる『青春神話』を観ていない身で、この作品を紹介するのは おこがましいが、蔡監督が描く台湾は、今まで侯孝賢監督の作品で観てきた台湾とは、 明らかに異なる。舞台が土の香りが全くしない大都会ということもあるが、 台湾という国の歴史と風土、気質というものよりも、どこの国の大都会でも 置き換えられる若者の孤独感を描いているからだろうか。

 大都会が舞台という点でいえば楊徳昌(エドワード・ヤン)監督も『独立時代』 (邦題『恋愛時代』)で都会に生きる若者の姿を描いているが、混乱する台北の様相を 彼らの姿に色濃く反映させている点や、彼らが最先端の横文字の職業についている いわゆる洗練されたヤンエグであることも、『愛情萬歳』とは、かなり様を異にしている。

 侯監督や楊監督の次の世代の監督の作品で日本で劇場公開されている作品に、 陳國富監督の『宝島』と徐小明監督の『天幻城市』という作品がある。『宝島』 もやはり大都会台北が舞台で、必ずしも明るい青春を描いた作品ではないが、登場人物が 五、六人のいわゆる青春群像ものに属する作品で、彼らの輪の中に闖入してくる 謎の女性やヤクザがいたりと事件で展開していく物語で、若者の心底にある何かを 描き出すのがメインテーマではなかった。一方の『天幻城市』は、一地方都市と都会を 舞台にした生き急ぐ少年たちを赤裸々に描いた作品で、若者の孤独感を組み入れた作品とも 思えるが、愛情をテーマにするには主人公たちがあまりに若く、世間のアウトサイダーに なっていく彼らの姿が痛々しく映った作品だった。

 このようにたった数本の公開作を思い浮かべてみても、台湾映画の多様性と層の厚さに 改めて驚くが、その中でも『愛情萬歳』は、主人公を三人に絞り込んでいる点で、 一人一人の人物描写に念が入っている。しかもバックには音楽というものが存在せず、 主人公たちの台詞も極めて少なく、彼らの生活音だけが音になって響いてくるだけだ。 それだけに彼らの行動すべてが感情を代弁する形でクローズアップされ、各々が持つ 孤独感の深さが強調されている。

 この作品には、一人の女性と二人の男性が登場するが、古来からの 恋愛三角関係といった図式は存在しない。一人の男性と女性は肉体関係をもつが、 感情はない。もう一人は、愛に飢えながらも二人の姿を傍観する立場に収まってしまう。 ただ同じマンションの一室に住んでしまったという偶然にすぎない間柄なのだ。 孤独にさいなまれ、あえてお互いを深く知り合おうともしない大都会の若者の姿。 感情をもたない冷たい性だけが彼らを繋いでいる。

 かつてミケランジェロ・アントニオーニ監督は、『情事』というタイトルとは裏腹に 現代人の愛の不毛を描いたが、蔡監督は『愛情萬歳』というタイトルとは裏腹に 現代の若者の心底に潜む孤独を描いている。この二作に同一性を求めるのは いさいさか強引とも思えるが、突放したように乾いた風景をバックに知的なリアリズムを 感じさせる点では、近似していると思う。

(以上 地畑)



『愛情萬歳』は、台湾映画としては、八九年の侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の 『悲情城市』に続いて、昨年ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞(グランプリ)を受賞。 ナント国際映画祭では、最優秀監督賞、主演男優賞:李康生(リー・カンション)、 台北電影奬では、最優秀作品賞、最優秀俳優賞:楊貴媚(ヤン・クイメイ)、 台湾金馬奬では、最優秀作品賞、最優秀監督賞、録音賞を受賞しています。

 また、世界各国の映画祭にも出品されており、イタリア、フランスでもヒットを 放っています。


八月、シネヴェヴァン六本木にてロードショー公開が決定。



『愛情萬歳』の主演女優

楊貴媚(ヤン・クイメイ)来日会見

94年ヴェネチア映画祭グランプリをはじめ、国内外で多くの賞を受賞している 『愛情萬歳』が、日本でもいよいよ八月に劇場公開されます。公開に先駆け去る六月に この作品の主演女優・楊貴媚が来日しました。作品の中では、笑みの少ないクールで バリバリのキャリアウーマンを演じていた彼女でしたが、ご本人は長かった髪を 軽やかに短くまとめて、極めて外交的な女性。人気のある有名女優であるにもかかわらず、 飾らない大らかな性格の持ち主のようで、よく笑い、質問は丁寧にハキハキと答える 彼女は、作品の役柄とは別人のような印象を受けました。

『愛情萬歳』出演のきっかけは

 「蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)監督のことは、彼の初監督作『青春神話』を 観ていたことと、媒体の作品紹介でしか知りませんでした。彼とは、偶然ビデオの スタジオで初めて会いました。私はその時MTVを撮影しており、監督は『青春神話』の ビデオの仕事をしていました。その時には『いつか機会があれば一緒に仕事を しましよう』と言って下さいましたが、私は、これは単なる社交辞令だと思っていました。 というのも私は、彼の映画はごく若い若者を描写したものだと思っていたので、私には チャンスがないだろうと思っていたからです。『愛情萬歳』の主演女優は当初、 金素梅(メイ・ヂン:李安監督の『ウエディング・バンケット』の主演女優) に決まっていました。しかし、準備期間が八月進んでから、 彼女が突然降板してしまったのです。『愛情萬歳』は、政府からの補助金を得て 製作していたものですから、仕上げの日時も上映日時も決まっていて、蔡監督はかなり あせっていたようです。そこで、以前会ったことがある私に声がかかったのです。 私は非常にラッキーだったと思います。監督からは、最初違う女優を予定していたから 悪く思わないでくれと説明を受けましたが、とにかく受けたからには責任をもって 仕事をしますといって受けました。

 脚本は、準備期間中監督が金素梅を念頭においてずっと練ってきたものでした。 しかし、女優が交替した以上、当初のものとは変化が生じてくるわけです。

 監督からいただいた脚本は、詳細にわたるものというよりは、ごく大まかなもので、 私としては役柄の特徴とか個性とか、役づくりに必要なところを掴んで、 詳細は監督と一緒に作っていきました。」

作品中の演技について

 「私には、不動産屋の知識がなかったので、この役をするにあたって、実際に 不動産セールスウーマンの方に3、4日付いて、彼女の仕事ぶりや生活、 ものの考え方などを体験しました。蔡監督も同行しました。この経験をもとに 撮影をはじめたので、詳細にこだわることなく進みました。演技的には自分が もっているものを引き出してもらいたいという監督の要望でした。

 作品中には二回のベッドシーンが出てきます。このシーンを撮るにあたって私は 非常に心理的な抵抗を感じました。まず。カメラが部屋の片隅に固定されていて、 外から人間が室内に入ってきて、ベッドシーンにはいるまで、カメラの位置がぜんぜん 動かないという点でした。もう一点は自分個人の思いと正反対のシーンを演じなければ ならなかったという点です。私個人は、このようなシーンにはロマンチックな、 つまり愛情あってこその性的な関係というものを自覚しています。しかし、この作品では、 冷たい性、つまり一時の欲求のはけ口で、愛情が存在しません、ですから、かなりの 抵抗があったものの、このメイ役は、私本人ではないんだ、といいきかせて割り切って 演じました。そして、相手役の陳昭榮(チェン・チャオロン)に少しでも愛情を もとうと努力しました。

 しかし、このメイ役を経験したことで、現在の若者の性の認識というものを改めて 知ることができました。

 相手役の陳昭榮(チェン・チャオロン)とは以前、何度か共演をしていますし、 『恋人たちの食卓(飲食男女)』にも一緒に出演しています。彼と私は、ほとんど 姉と弟のようなつきあいですので、彼もこのようなシーンを私と演じることには、 かなり抵抗があったようです。」

———働く女性のごく自然な日常が丁寧に描かれているように思いますが。

 「そうですね。社会でバリバリ快活に仕事をこなしている女性が、仕事をもちながら かつ家の面倒をみる。その体力的精神的な消耗というものは、私もそうですが、 どの女性にも共感が得られると思います。外で精力的に働く一方で、一人になった時、 ふと孤独感に襲われるとか、ストレスや疲れといったものを抱えて、それを 発散しようとするなど、この作品にはそんな女性の日常性が細かく描かれています。 ですから、監督の働く女性に対する観察力というものは、非常に鋭いと思います。」


———このようなシーンを演じるにあたって監督からは どのような指示がありましたか。

 「仕事から帰って化粧を落とす。お風呂に入る。寝坊しないように目覚し時計を セットしてから寝る。なぜか目覚まし時計が鳴る前に起きだしてしまう…など、 行動そのものへの細かい指示はありませんでしたが、ヒロインが持つべき感情の状態への 指示はありました。毎日同じように仕事をして、帰宅しても、日々彼女の感情というものは 違います。ですから毎日の同じような行動をしていても、微妙に違ってくるわけです。 例えば、湯気で曇った鏡を何度もこするシーンは、彼女が自分の姿を見直したいと思う 気持ちから出たものです」

———ラスト10分間の演技について。

 「ラストシーンの舞台になったのは、建築中の台北市内の七号公園です。 はじめはとにかくなんの予定もなしに、この公園を歩いてくれと監督にいわれ、 歩きました。私が演じたヒロインは、一時の鬱屈した気持ちのはけ口として男性と 性的関係をもち、しかし愛情が得られず、空虚感に襲われているわけです。

 私は歩いているうちに感情が首をもたげてきて、ヒロインと同じ空虚感をもちました。 歩いている公園はあちこちに土が盛ってあったり、資材が山積みになっていたりして、 荒涼としています。その風景も感情を代弁しているものといえます。

 ラスト・カットの泣きのシーンは、監督の指示では、昔のことを思い出して 泣いてほしいといわれ、泣きました。しかしはじめは少ししか出なかった涙が、 泣いてから2分たつうちに止まらなくなり、10分も泣きつづけてしまいました。 最後には監督に泣き崩れてしまうほどでした。」

『愛情萬歳』撮影内外のエピソードから

(以下は楊貴媚本人と彼女の同席したマネージャーの言)

「『愛情萬歳』のスタッフは家族のようで、監督をはじめ自由な雰囲気が漂っていました。

 作品中で私が車を運転するシーンが、かなりありますが、実は運転は不得手なのです。 ですから、長距離を運転するシーンはスタッフに代わってもらったり、 手慣れた風に乗りこなしているさまを見せるために、監督から煙草を吸いながら ハンドルを握ってほしいといわれたシーンがあります。」

「この作品は、台湾で最多の賞を受賞しています。楊貴媚はもちろんですが、 李康生(リー・カンション)も演技に定評があり、ヨーロッパにも彼のファンがいます。 楊貴媚は、台湾では、郷土派の女優として(中国大陸の鞏俐/コン・リーと同様に) 有名で、中国大陸でも有名です。

 蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)監督は、全く靴下を履かない人で、ヴェネチア映画祭の 受賞式の時でさえ、履かずに壇上に上がり、観客の注目をあびていました。(笑)

 昨年の金馬奨ではこの作品は最優秀作品・監督賞を受賞しましたが、受賞の壇上で 監督は、主演の三人にかなり困難な演技をしてもらったにもかかわらず、 賞が与えられなかったことに対してどう私は申し訳をしていいかわからないといって 泣き出してしまいました。また、楊貴媚が、主演女優賞候補に上がった際、審査員の中で 激論が交わされたようです」

(以上 地畑・志々目)



<楊貴媚 プロフィール>

 テレビの端役を皮切りに、『又見春天』で映画デビュー。
 『無言的山丘』(邦題『無言の丘』)では、シンガポール国際影展最優秀女優賞を受賞。 作品も上海国際電影節最優秀作品賞などを受賞している。またこの作品で彼女は、 台湾金馬奨最優秀女優賞にノミネートされた。
 昨年は『飲食男女』(邦題『恋人たちの食卓』)で、再び台湾金馬奨最優秀女優賞に ノミネートされた。惜しくも『愛情萬歳』ではノミネートされなかったが、この作品での 彼女の傑出した演技が絶賛され、台北電影奨は、彼女のために最優秀俳優賞を新たに 創設して授与した。
 台湾ニューウェーブ第二世代(世界的に著名な侯孝賢監督などの台湾ニューウェーブに 続く次世代の監督たちをさす)の監督たちの作品にかかせない女優として活躍中。 歌手としても有名。

* 台北電影奨
旧名・中時晩報電影奨 台湾金馬奨のあり方に疑問を抱いた映画人によって設立され、 八八年より施行された映画賞。金馬奨と同時期に開催されるのが通例で、 両奨の授賞作品が一致することは、あまりないが、『愛情萬歳』は両奨のグランプリに 輝いている。



<楊貴媚 フィルモグラフィー>

              ()内は監督名
八一年『又見春天』(李行)
八七年『稲草人』邦題『村と爆弾』(王童/ワン・トン)
八八年『媽媽再愛我一次』(陳朱煌)
八八年『校樹青青』(蔡揚名)
八九年『[口自]們都是台灣人』(李嘉)
九三年『無言的山丘』邦題『無言の丘』(王童/ワン・トン)
九四年『飲食男女』邦題『恋人たちの食卓』(李安/アン・リー)
九四年『愛情萬歳』(蔡明亮)
九四年『寂寞芳心倶楽部』(易智言)
九四年『在陌生城市』(伊〓/スタン・イン)
九五年『日光渓谷』(何平)(台湾・香港・大陸の役者が出演)
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