女が作る映画誌 ー 女性映画・監督の紹介とアジア映画の情報がいっぱい
 (1987年8月、創刊号 巻頭文より) 夢みる頃をすぎても、まだ映画を卒業できない私たち。
 卒業どころか、30代、40代になっても映画に心が踊ります。だから言いたいことの言える本まで作ってしまいました。
 普通の女たちの声がたくさん。これからも地道な活動を続けていきたいと思っています。どうぞよろしく。
[シネマジャーナル]
31号   pp. 62 -- 78
劇場で公開してほしい! せめてビデオ化してほしい!

香港映画(2)



「こんな香港映画が日本で劇場公開されればいいのに、せめてビデオ化されればいいのに」 という声がある中、日本で劇場公開される香港映画はほんの少し。それでもレイトショーで 公開されるのはいいのだけれど、東京より遠方に住む人たちや遅い時間帯に劇場に 足を運べない人には不都合なのが現状のようです。

 ということで、前号に引き続きこのコーナーを今回も設けました。 今回は、前号にも参加して頂いた功夫仔と読者の藤岡さんにご協力をお願いしました。

 次号ではもっと多くの方々の参加をと願っています。どうぞお気軽に原稿をお寄せ下さい。

地畑寧子










劇場公開/ビデオ化を望む作品



台湾編

『バナナ・パラダイス』

(原題…香蕉天堂)

記…藤岡奈津子

89年/監督・ 王童
出演・ 鈕承澤
張 世

 あの『悲情城市』とほぼ同時期に作られた作品。日本での知名度は侯孝賢 (ホウ・シャオシェン)ほど高くはないけれど、監督の王童は、『村と爆弾』 (原題:『稲草人』)(87年) 『無言的山丘』(93年) で台湾金馬奬や上海国際映画祭グランプリなどを受賞している。これらの作品は、 彼が侯監督に先馳けて?完成させた“台湾歴史三部作”と言えるかもしれない。 『悲情城市』が、台湾本省人の目から1945年から1949年の台湾を見つめた作品なら、 この作品は、49年に中国大陸から台湾に渡った国民党兵士の物語。

 「台湾に行けば、バナナが腹いっぱい食えるぞ」という誘いに乗せられてやってきたはいいが、 貧しくて無学な外省人の生活は、楽ではない。ある時、夫を亡くした母子を助けたことから、 大卒のインテリだったその男の経歴を使って役所に就職。その男になりすまして 生きていき、トントン拍子の出世。それから40年が過ぎ、1987年に台湾住民が 大陸の親族を訪問してもよいことになった。すると成長した息子が大陸で祖父を捜し出し、 出国は出来ないので、電話で父親(実はニセ者。でも息子は実の父と信じて 育ってきたのである)と話をさせようとお膳立てをしてしまう。さあどうする…。 といったストーリーなのだが、歴史の波に翻弄された庶民の悲哀を、こちらは あくまで喜劇的手法で描いているらしい。もともと美術畑の出身の監督らしいので、 映像にも期待したい。


編集部注:
 台湾映面を観ていると「本省人」「外省人」という言葉が出てきますが、 端的にいえば、「本省人」とは、第二次世界大戦より前に台湾に移り住んだ中国人を指し、 「外省人」は、戦後大陸からやってきた中国人を指します。 香港映画界の著名影星である梁朝偉(トニー・レオン)が主演した 『悲情城市』は、この台湾における「本省人」「外省人」の軋轢で起こった 二・二八事件を扱った作品です。台湾は、周知の通り、戦前戦中と日本の占領下にあり、 中国人の国家とはいえ、大陸とは異なった歴史を歩んでいます。 藤岡さんの文章にもある今や世界的にその名を知られた侯孝賢(ホウ・シャオシェン) 監督は『悲情城市』や『童年往事』などで、 台湾特有の人々の生きざまを描き、日本でもたくさんの映画ファンを魅了し続けています。

 詳しくは、「丸善ライプラリー刊/戸張東夫著/映画で語る中国・台湾・香港」 をお読みになれば、『彼女はシークレット・エージェント』ならぬ 三つのチャイニーズ国の映画とその背景について 理解を深めることができると思います。(地畑)



香港電影編

『[月因]脂扣/ルージュ』

記…藤岡奈津子

88年/監督・ 關錦鵬(スタンリー・クアン)
製作・ 成龍(ジャッキー・チェン)
出演・ 梅艶芳(アニタ・ムイ)
張國榮(レスリー・チョン)
萬梓良(アレックス・マン)
朱寶意(エミリー・チュウ)

 東京国際ファンタスティツク映画祭で一回上映されて以来、幻と化している作品。 『阮玲玉』の關錦鵬(スタンリー・クアン)作品というウリでビデオ化してくれないだろうか。 ポスターを見るだけで、幽玄の世界に誘われそう。

 物語は1930年代と現代の二つの時代にまたがる異色のゴースト・ストーリー。 アレックス&エミリーの現代人カップルがアニタ扮する半世紀前の幽霊を助けて 心中に生き残った相手のレスリーを捜すというもの。なんといっても 深みのある女性僚像を描いてみせることでは定評のある、クアン監督が当初 『阮玲玉』のヒロインにと考えていた梅艶芳(アニタ・ムイ)を使ってどんな 魅惑的な映像を世界を紡ぎ出しているのか、気になることこの上ない!

 原作は『覇王別姫〜さらばわが愛』の李碧蓼。 リーインカネーションをテーマにするのが、この方のこだわりのようなので、 この作品でもおそらく生かされていることであろう。

 “ルージュ”というタイトルもなぜか印象に残る。 第8回香港金像奬でも作品賞、監督賞など7部門、台湾の金馬奬では3部門を制した.

『審死官』

記…藤岡奈津子

92年/監督・ 杜[王其]峯(ジョニー・トウ)
製作・ 方逸華(モナ・フォン)
出演・ 周星馳(チャウ・シンチー)
梅艶芳(アニタ・ムイ)
呉孟達(ン・マンタ)
呉家麗(キャリー・ウー)

 30号でも紹介された90年代香港映画界の寵児・周星馳(チャウ・シンチー)の 代表作。と言ってもいいのではと思う。なにしろ92年古奏片(時代劇)ブームに乗って、 香港映画史上の興業収入記録を塗り替え、環太平洋映画祭で主演男優賞まで 受賞しているのだから。ご当地香港では、チョウ・ユンファ、ジャツキー・チェンと 並ぴ称されるまでになったチャウ・シンチーなのに、日本では無名に等しいなんて…。

 『オール・フォー・ザ・ウィナー』一本で彼の魅力に取りつかれた私が断言します。 この『審死官』と前号で紹介されている『逃學威龍』、この二本で絶対に チャウ・シンチーファンが増えるはず。観る者を笑い倒さんばかりの体当たりギャグの数々。 弾丸のようなテンポで繰りだされるセリフ(字幕なんてとても読み切れない…) 次々とバカバカしいことをやってのけながら、どこかそんな自分に呆れたり ウンザリしてるかのような、しれっとした表情を垣問見せる (それも白けない程度の絶妙な問合いで)ところが彼の魅力のポイント。 この作品では、それが最大限に発揮されていると思う。

 彼が演じるのは、口八丁手八丁の“審死官”、いわば弁護士のようなものか。 役人相手に扇子を広げながら立て板に水としゃべりまくり、 うまく相手を丸め込んでしまう彼も、客機(宿屋)と茶店を切り盛りする妻 (梅艶芳〈アニタ・ムイ〉)には頭が上がらない。このアニタがまた姉御肌の持味を 存分に生かし、勝ち気で気っ風のよいしかもメチャクチャ強い (アクション指導は程小東〈チン・シュウトン〉)女を余裕たっぷりに演じていて、 チャウ・シンチーの勢いに一歩もひけをとっていないところがさすが。 この夫婦が無実の罪で殺人犯にされた呉家麗(キャリー・ウー)を助けるため、 力を合わせて奮戦する、っといったストーリーで、アクションの迫力もなかなかのもの。 ただし、主に活躍するのは、アニタの方である。クライマックスは、 法廷で二人が漫才のような掛け合いを演じて、見事キャリー・ウーの無実を 証明してみせるところ。テンポのいい音楽と息の合った二人の表情を観てるだけでも 楽しい場面だけれど、やはり日本語字幕で話術の面白さも味わいたい。



『金枝玉葉』

記…藤岡奈津子

94年/監督・ 陳可辛(ピーター・チャン)
出演・ 張國榮(レスリー・チョン)
劉嘉玲(カリーナ・ラウ)
袁詠儀(アニタ・ユン)
曾志偉(エリック・ツァン)

94年裏休み映画の中では『スピード』に次ぐヒットを放ったと言われる作品。 BSでも取り上げられて何かと注目の電影人製作有限公司(UFO)の出品である。

 劉嘉玲(カリーナ・ラウ)演じる歌手の大ファンである袁詠儀(アニタ・ユン)が、 カリーナに近付きたいばかりに男装をして少年のフリをして芸能界にもぐり込む。 そこにカリーナの恋人であるディレクター・張國榮(レスリー・チョン) がからむといったストーリー。少年役のアニタ・ユンはもちろん、 主演の3人が今までとはイメージの異なる役どころを演じているのが興味深い。 93年香港映画界の話題をさらった 『新不了情』(『つきせぬ想い』のタイトルで日本でも公開予定)で、 香港電影金像奨最優秀女優賞を受賞したアニタ・ユンは、今年はひっぱりだこらしく、 出演作が目覚ましく増えまさに旬の女優で、彼女のちょっと異色の作品としてみても 面白そう。また長年トップシンガーとして活躍したレスリー・チョンが脚本面?でも 協力しているそうなので、業界ものとしても見応えがありそう。

 この作品に限らずUFO系列の映画は、現代香港を舞台にして等身大の人物を 登場させているところにも心ひかれる。きっと現代日本の私達がみても、 共感できるところが大だと思うのだが‥。






『蘇乞兒』

記…知野二郎

93年/監督・ 袁和平(ユエン・ウーピン)
出演・ 甄子丹(ドニー・イエン)
呉孟達(ン・マンタ) 他
準備中


『黄飛鴻之鐵鶏門蜈蚣』

記…知野二郎

92年/監督・ 王晶(バリー・ウォン)
出演・ 李連杰…(リー・リンチェ)
張敏(チョン・マン)
準備中


『黄飛鴻之五 龍城殲覇』

記…知野二郎

94年/監督・ 徐克(ツイ・ハーク)
出演・ 超文卓(ツォ・ウエンツォ)
關之琳(ロザムンド・クァン)
莫少聰(マックス・モク)
準備中


『中南海保[金+(鹿/れっか)]』

記…知野二郎

95年/監督・ 元奎(ユン・フイ)
出演・ 李連杰(リー・リンチェ)
鍾麗[糸是](クリスティ・チョン) 他
準備中


『酔拳3』

記…知野二郎

94年/監督・ 劉家良(リュウ・カーリャン)
出演・ 劉徳華(アンデイ・ラウ)
李嘉欣(ミシェル・リー)
鄭少秋(アダム・チェン)
任達華(サイモン・ヤム)
準備中


『東邪西毒』

記…知野二郎

94年/監督・ 王家衛(ウォン・カーウェイ)
出演・ 張國榮(レスリー・チョン)
林青霞(ブリジット・リン)
梁朝偉(トニー・レオン)
梁家輝(レオン・カーファイ)
張曼玉(マギー・チョン)
劉嘉玲(カリーナ・ラウ)
張學友(ジャッキー・チョン) 他
準備中


『飛侠阿達』

記…知野二郎

94年/監督・ 頼聲川(スタン・ライ)
出演・ 尹昭徳
陳文敏 他
準備中





『大富之家』

記…地畑寧子

94年/監督・ 高志森
製作・ 黄百鳴
出演・ 梁家輝/張國榮
黄百鳴/劉青雲
馮寶寶/袁詠儀
毛舜[竹/均]/鄭裕玲

 近年香港映画で恒例の監督・高志森(クリフトン・コウ)、製作・ 黄百鳴(レイモンド・ウォン)による大爆笑お正月映画。
 この製作コンピのお正月映画は、以前にも『花田喜事』『家有喜事』 といったものがあり(脇役で必ずレイモンド・ウォンが出演しているのも同じ)、 そのどれもがこの作品同様、売れっ子の芸達者な超豪華メンバーをキャストに据え、 “まずはめでたい”お正月映画らしく、「なにはともあれハッピーエンド」 になっているので、観ている側も非常に楽で、どんなに落ち込んでいても ハッピーな気分になるようになっています。

大富之家之謎

 今回の『大富之家』も前ぺージ図のような一家が主人公のクリスマスからお正月に かけてのファミリー・コメディで、笑いの洪水に溺れているうちに観おわってしまうという (ラストについているNG集も面白い)まことにハッピーな映画です。 この作品には、常連のレスリー・チャン、テレサ・モーに加え、前年の大ヒット作 『新不了情』で一躍時の人になったアニタ・ユン&劉青雲コンビも参加。 (この作品では、全く接点のない設定) 香港映画らしい、流行をいち早く取り入れる姿勢が光っています。
 流行といえぱ、ストーリーの中で登場人物が繰り広げるソフトな愛憎劇の中でも、 他作品のパクリを非常にうまく取りいれています。その最たるものが、 レイモンド・ウォンの『ミセス・ダウト』。 ご本家と同じく自分の失態で奥さんに三行半を突き付けられた夫が、 愛娘会いたさに女装をして家政婦として妻子家庭に潜り込むといったもの。 加えて新生活を始めた妻(ファン・ボウボウ)の恋人がうさん臭い男と知るや 二人の中を裂くべく画策するのもご同様。
 一方、次男を演じるレオン・カーファイの職業が、今をときめく漫画家というのも なかなか上手い設定。彼が、一目惚れをしたアニタ・ユンとの仲を願いを込めて画く (空想する)ヒーローもの時代劇コミックでは、思わずトホホと観ている方が 赤面したくなるような「ジュラシック・パークの歌」とかいうとんでもない歌を 大真面目に二人で歌いあげるといった始末。
 また、登場人物で一番損な役回りをしている(一番オトクな役回りとしているのは、 いわずもがなこの一家に闖入してくるキューピット役のレスリー・チャン)劉青雲は、 『パルプ・フィクション』のジョン・トラボルタっぽいちょっと不気味で かなりキザな投げキッスをテレサ・モウに送るなんていう細かい笑いもふんだんに 盛り込まれています。彼に関しては、出世作『新不了情』での寡黙な男が、 ウソのような大ドジぶりで思わず目を疑いたくなるほどです。香港の女優陣で 大御所的存在のドゥドゥ・チェンも少ない出番ながら、妹を気遣うばかりに イジワルな悪戯をしてしまうハイミスを好演。しかし、彼女のおおらかな持味が効いて、 ソフトな笑いに転化され効果的だったと思います。
 そして、作品の締めになるのはやっぱりこの人、“元祖黄飛鴻俳優”關徳興オジイサマ。 嫁にちょっかいを出す若者を得意のクンフーでやっつけるサービスシーンもあります。 ラストで彼がいう通り、本当に裕福な一家というのは、お金ではなく、 家族の愛情であるということ。ラストはちょっと格言じみた感じですが、 とかく金銭優位と言われる香港では、かなり痛烈な一言だと思います。
 最後に、この作品で使われているBGMも工夫されていて、思わずクスッと笑えます。 レオン・カーファイが仕事をする時に大仰にかかっているクラシック音楽、 彼がアニタ・ユンを見初めた時には、テニスをする美しい彼女をなぞらえて「白鳥の湖」、 彼女に声をかけようと迷うときにかかるサイモン&ガーファンクルの 「四月になれば彼女は」などなど。
 監督のクリフトン・コウは、専らコメディを得意とする監督で、 『ミスター・ココナッツ』を始め (ホイ兄弟とも関わりのある人です。また、今年のファンタスティック映画祭に来日した、 張堅庭(アルフレッド・チェン)監督を主演に据えた『夏日情人』(日本未公開)は、 もてない男の一夏の珍事を軽快なテンポのコメディに仕上げていて、お薦めです。






ビデオ化を望む作品

記…羽原美紀

 「香港四天王」の人気振りについては、みなさんよくご存じかと思います。 映画ではアクションでも魅せる劉徳華、亜州歌星と言ってもよい張学友、 ダンスの星のもとに生まれた人、郭富城。 そんななかで黎明は女の子には人気があるけれど、イマイチ、存在を強くアピールできる 得意分野がないような感があります。
 でも94年は、ステキな映画に出ています。これからお薦めする二本は、皆さんの 今までの彼へのイメージをきっと破ると思います。 しかも、どちらも映像がきれいな切ないラブ・ストーリーです。

『熱血男児之判逆小子/都市情縁』

94年/監督・ 劉鎭偉(ジェフ・ラウ)
出演・ 黎明(レオン・ライ)
呉倩蓮(ウー・シンリン)
呉孟達(ウー・マンタツ)

 なぜ監督は、ム所を出たり入ったり繰り返してる不良息子の役を、 あの黎明にしたのでしょう。実を言えば、 初めてタイトルをみた時に、「『熱血男児〜』で黎明?多分ミスキャストだろう。」 と思っていました。
 ところがいつもの“イイひとぶり”とはうってかわり、男らしいんですよ、これが。 「アブナイ奴だけど、奪われたい」みたいな。 (*実際そういうストーリーなんです。)
 幾ら待っても彼女(ウー・シンリン)は来ない、なにをやっても人に信じて貫えない、 親父(ウー・マンタツ)には殴られる、しまいには、ム所送り。ホント、かわいそう。 しかも幾ら突っ張っていても、心の底では愛情を、安らぐ場所を求めている若者の気持ちが、 こちらにも伝わってきます。
 それから、いつもHなおやじ役で笑わせてくれる呉孟達が、しんみりと、 父親の苦悩するさまを演じています。親子の心の葛藤も見どころです。
 相手役の呉倩蓮さん、今年は一体何本の映画に出たのでしょう。これまでに五天王 (最近、四天王プラス梁朝偉(トニー・レオン)をこう呼ぶそうです。知ってましたか?) 全員と共演して、すべてがヒットするし、周潤發(チョウ・ユンファ)の恋人も演じた、 女のファンをうならせる美味ししい人。でも、まるで透き通っているみたいな美しさで 全然嫌味じゃないし、不思議な魅力があるなあと思います。(その意味で、 『花旗少林』(フル・ブラット)での超能力少女の役は、ハマリと言えます。)
「やくざの大親分の女で幸せなのに、名もないチンピラに魅かれるなんて、 やめなよ〜! あ〜もうしらないよ〜」というのが彼女の今回の役です。

 「今日は、なんだか、落ち着いた映画を見て、はまってみたいなぁ。」というときは 是非この一本をどうぞ。私の回りに泣かなかったひとはいません。(本当です!!)

編集部補
 羽原さんの文章からもうかがえる通り、この作品は、黎明(レオン・ライ) の代表作のひとつと言ってもいいのではないでしょうか。 心がすれ違う父子の愛憎を縦軸に、運命的な出会いをする男女の愛を横軸に 織り成されるこのドラマは、日本人の心にも感動が、ひたひたと染み通ってくるに ちがいありません。

 監督の劉鎭偉(ジェフ・ラウ)は、『黒薔薇vs黒薔薇』 で日本でも一躍その名を挙げた人ですが、今年は、チョウ・ユンファ主演の 『花旗少林』が日本でも公開され、 近年の代表作は、アンディ・ラウの主演作を中心に比較的日本でも 公開・ビデオ化されている監督です。
 彼の作風は、ひとくくりで表せないほど多様で、『黒薔薇vs黒薔薇』 のような大バカコメディから、この作品や『天長地久』 のような映像に凝った落ち着いたドラマ性の高い作品まで様々。 ただ一貫していえるのは、映画の基本であるエンタテイメントに撤している点だと思います。 また、香港映画でよくであう本国を含め他国の映画の有名シーンやプロットや キャラクターのパクリを随所に折り込んでいるのもこの監督の特長。でもこの作品では、 この点には特に気が付きませんでしたが、そこはかとなくかつての 日活映画の香りがしているような気もします。
 なお、この作品の製作総指揮には、彭綺華(ジャッキー・パン)という女性監督が あたっています。彼女は、この作品の監督・劉鎭偉(ジェフ・ラウ)の弟子で、近年 めざましい活躍をしている人です。監督作には、師匠の『黒薔薮vs黒苗薇』 の続編を始め数本の作品、アシスタントプロデューサーとして 『彼女はシークレット・エージェント』や『欲望の翼』 といった話題作に参加しています。アジアの他の国に比べ、 女性監督が多く存在する香港映画界ですが、その大半が文芸ものを主軸にしているのに対し、 彼女は、自分の監督作に関してはエンタテイメントに撤した作品を手懸けているようです。

 根はいいけれど、運が悪く人生を転落していく青年を好演したレオン・ライは 当然評価されていいとは思いますが、この作品の影の主役はやはり、 彼の父親を演じた呉孟達(ウー・マンタツ)。彼の存在感、熱演なしには、 この作品は成り立ちません。香港映画ファンには、お馴染みの名バイプレーヤーである彼は、 綻んだシャツにサンダルばきが似合うまさに庶民の代表みたいな雰囲気をもつ 貴重な俳優だと思います。この作品でも彼のそんな持味が100%引き出されていて、 不器用にしか人生を歩めない息子を叱り、愛する父親を見事に演じきっています。
 来年の香港金像奬の助演男優賞は、ぜひ彼に獲ってほしいと今から期待しているのですが、 いかがなものでしょう。(地畑)



『仙人掌〜RUN』

94年/監督・ 張文幹
出演・ 黎明(レオン・ライ)
葉玉卿(ベロニカ・イップ)
軟硬天師

 この映画がなんでいいのか、幾つか考えてみましょう。
 1・・メキシコ・ロケだから
 仙人掌(サボテンのこと)って、こんなにでっかいのか〜とびっくり。 花屋に売っているのを想像しては駄目です。タイトルになるぐらい、存在感があります。
 でも、なんで現地人が中国語を話しているの? もともと、異国の地で 言葉が通じないために黎明は事件に巻き込まれていくのに… ほとんどマンガのようです。
 2・・黎明だから
 もし、主役が劉徳華だったら…
 あんなダサイ悪者、一発で倒せるでしょう。
 そこら辺ににいそうな大学生の卒業旅行、というカンジで弱々しいので、 見ているほうがハラハラしてしまいます。その結果、一生懸命に 彼を応援している自分がいたりします。
 3・・ベロニカだから
 もし、相手役が關之琳(ロザムンド・クァン)だったら…
 華やかで、上品すぎます。あんなメキシコの片田舎にいるはずがありません。
 幸せの薄そうな、影のある、しかも復讐のために生きている女。 ロザムンドのためにある役ですよ。これは。(地畑さんに怒られそう…)
 4・・軟硬天師だから
 どこにいても“オレたち香港人”というカンジで、外国でも頑張る庶民的な若者二人組。 登場するだけで笑ってしまいます。我〓(一字不明)支持?!!
 5・・ちょっとHなシーンがあるから
 映像がとても綺麗なので、思わず見とれてしまいます。うわ〜ドキドキ
 6・・いい曲だから
 黎明の歌う『最後的恋愛』という歌が主題歌になっています。

 今のところ日本では、黎明の出演作は少ししかビデオ化されていませんが、是非、 注目したいものです。また、彼は日本の歌を多くカバーしているので、 音楽の面でも親しみやすいとおもいます。

 これからの彼の人気急上昇を期待して、書きました……

P.S
町並みがとってもメキシコしてるから(あたりまえか)♪ドンタコスったらドンタコス… のオヤジが、路地から踊ってでてくるんじゃないかと思ったんですけど…。

編集部補
 冒頭いきなりサボテンが林立する荒野をなめるように空撮で映し、 人気のないハイウエーを一台の車がやってくる。乾き切った大地に降り立つ 東洋人の一脊年。フェイド・イン、フェイド・アウトを多用して、 時が止まったような簡素なメキシコの時の流れを画でみせてしまう手法。 ヴェロニカ・イップが、レオン.ライにナイフの使い方を教えるシーンで、 手や足のアップを流れるように繊細に美しく撮る手法。 (この場面でライティングに焚火の炎を使っているのもオシャレ) この作品の監督・張文幹という人については全く知りませんが、彼の映像は サラリとしていて、香港映画であることを忘れてしまう不思議な魅力があり、 彼の他の作品もぜひ観てみたいと思いました。ストーリーは、至って簡単で、 恋愛を絡めて異郷の地でトラブルに巻き込まれる一青年の姿を追ったものなのに、 陳腐どころか観る者をグイグイ画に引き込んでいく力は、羽原さんの文章にある 配役の妙と、一つにはこの映像の魅力にあるのかもしれません。
 この作品の他の魅力については、前にある通りですが、笑ってしまったのは、 レオン・ライのトランクの中に出前一丁があったこと。彼はどこかで自炊して 食べる気で旅に出たのでしょうか?
 ちなみに、主題歌『最後的恋愛』の作曲作詞は、俳優も兼業している 単立文という人が担当しています。(ジョイ・ウォンとの共演作が多いので、 顔を見かけたことがある人も多数いるとは思いますが) 艶のあるレオン・ライの歌声にマッチしていて、耳に心地よい曲です。(地畑)






『凌凌漆大戦鎗客』

記…地畑寧子

94年/監督・ 周星馳(チャウ・シンチー)&李力持
出演・ 周星馳(チャウ・シンチー)
袁詠儀(アニタ・ユン)他

中国語をかじった人ならすぐにお分りになると思いますが、この映画のタイトル 『凌凌漆大戦金槍客』の「凌凌漆」の読みは、ling ling qi ですから、 中国語の数字読み 007 と同じわけです。そして後半の「金槍客」を意訳すれぱ、 「黄金槍を持つ人」となるわけで、この作品に日本語タイトルをつけるとすれぱ 『007黄金槍を持つ男』となります。これでもお分りの通り、この作品、 かの007シリーズの第9作『007/黄金銃を持つ男』 をところどころパロっているとりあえずはアクション映画です。 ここでとりあえずがつくのは、監督・主演の周星馳(チャウ・シンチー) の作品ということですので、当然作品中にふんだんにお笑いと巧妙な?パロディが 隠されているわけだからです。

 この映画のプロットは、呑港が舞台になっている『007/黄金銃を持つ男』 と同じく、悪者に盗まれたあるモノ(この作品では古代恐竜の骨)を取り返すために、 中国本土から香港へ派遣される「凌凌漆」なるシークレットエージェントの活躍という ことになるのですが、このチャウ・シンチー演じる凌凌漆は、例によって 決めるときには決めるけれど、かなりの大ボケ男。
 ご本家007シリーズになぞらえて、タイトルロールが出るまでの長いふりも同じなら、 ご本家007シリーズの名物・モーリス・ビンダーによる女体のシルエットを使った メインタイトルデザインまでそっくり頂き。でもシルエットに映る彼は、 女性を投げ飛ばして叱られるボケをかましています。(ここでまず大笑いできる)
 前任の006が死んで、いよいよ彼の出番が回ってくるのですが、 (呼ぴ出しを受けて本部にくるといかにもまがいものっぽいミス・ペニーや ミスターQが待ち構えていて(笑)、かなりテキトーな指令を受けて いざ出陣とあいなるわけです。 (本部の手違いで、香港での逗留先が薄汚い売春宿?になってしまうところも笑))

 ここで登場するのが、袁詠儀(アニタ・ユン)扮する刺客。彼女のキャラクター設定は、 ハッキリいって『殺人者の童話』。モトネタでは、わけあってアンディ・ラウを 殺さなくてはならないハメに陥る彼女でしたが、ここでは、本部の上司で実は悪者の 黒幕である男に、凌凌漆を殺すよう指令を受けた刺客で、 とりあえずは凌凌漆の味方を装う女性エージェントというわけです。 (彼女の持つ拳銃の弾丸に印がついているのは『O07/黄金銃を持つ男』から頂いたモノ)
 その後の経過は、上記したプロットと毎度お馴染みのご本家007を思い出して頂ければ 想像がつくと思いますが、協力者を装うアニタ・ユンに呼ぴ出しを受けた凌凌漆と 彼女の出会いが、これまた笑。凌凌漆は彼女の指定通り赤いバラを口にくわえて登場。 対して彼を公園で待つ彼女は、リュックを背負って犬に餌をやっている…。 もろパロディ(『刀劍笑』と『新不了情』)とわかることを平気でやってのける二人を スゴすぎる!と思ったのはいうまでもありません。特にアニタ・ユンは アタリ役のパロディを自分で演るなんて、まるでチョウ・ユンファです。
 その他にも、『欲望の翼』のメロディにのってトニー・レオンの役どころを丸ごと パクるシーンや、アニタ・ユンの母親が李香蘭だからと、張學友のヒット曲「李香蘭」 をチャウ・シンチーがピアノの弾き語りで朗々と唄いあげちゃうなんていう とんでもないシーンもあります。
 まがいものみたいなミス・ペニーやミスターQも登場するのですから、 当然まがいものみたいなジョーズ(ご本家で演じているのはリチャード・キール)や 取ってつけたようなボンドガール(ボディコンを着た陳寶蓮が演っている)も登場します。
 そしてまがいものといえば、この映画のサウンド・トラック。007のテーマを 少しづつ外したまさにパロディ音楽。合間に流れるBGMもどこかで聞いた 『アンタッチャブル』風な曲調。 あまりによくできていて拍手を送りたくなるほどです。

 いよいよ監督業にも進出した周星馳(チャウ・シンチー)。 香港のメル・プルックスを目指しているのかどうかは不明ですが、この作品では 脚本スタッフの一人に名を列ねています。
 前回に引き続き、今回も周星馳(チャウ・シンチー)の作品を二作掲載しましたが、 藤岡さんが書いて下さった『審死官』の頃に比べるとこの作品では、 確かにトーンダウンしているような気もしますが、それでもチャウ・シンチーは 香港映画界の寵児であることに違いはありません。これからも笑いに撤した シンチーワールドを繰り広げていってほしいと思います。






以上、今回は知野二郎さん、藤岡奈津子さん、羽原美紀さんのご協力を得て 前回に引き続きこのコーナーを設けましたが、いかがでしたか?
 香港映画に限らず、台湾映画や中国映画についても原稿を受け付けておりますので、 ぜひご参加下さい。(地畑)



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