女が作る映画誌 ー 女性映画・監督の紹介とアジア映画の情報がいっぱい
 (1987年8月、創刊号 巻頭文より) 夢みる頃をすぎても、まだ映画を卒業できない私たち。
 卒業どころか、30代、40代になっても映画に心が踊ります。だから言いたいことの言える本まで作ってしまいました。
 普通の女たちの声がたくさん。これからも地道な活動を続けていきたいと思っています。どうぞよろしく。
[シネマジャーナル]
31号 (Dec. 1994)   pp. 90 -- 91

崔健と艾敬のコンサートを見にいって

宮崎 暁美

 崔健(ツイ・チエン)のことは八九年の天安門での民主化運動が始まった時、 集まった人々が彼の「一無所有(俺には何もない)」 を歌ったという記事を読んで初めて知った。まさか中国にロックが あるなんて思ってもいなかったのでびっくりした。 聞いてみたいと思ったけど情報は入ってこなかった。その後、張暖忻監督の 『おはよう北京』の中で彼の「假行僧(ニセ和尚)」が使われ、朱延平監督の 『炎の大捜査線』では「最後一槍」が主題歌になって、徐々に崔健の音楽に 接することができるようになってきた。そして彼のアルバム「新長征路上的揺滾」 に出会ったのは崔健のことを知ってから三年後のことだった。 昨年の東京国際映画祭では崔健も出資し出演もしている張元監督の 『北京バスターズ』も上映された。

 そんな崔健の日本での初めてのソロコンサートが行なわれた。約七〇〇人収容の 全席立ち見のリキッドルームというところで行われ会場は満パイ状態だった。 ほんの一年前までまさか彼のアルバムが日本で発売されたり、 コンサートをやるなんて考えてもみなかったので感激もひとしお。 三枚目の新しいアルパム「紅旗下的蛋」の曲を中心に以前の曲も歌われた。

 観客は日本人がほとんどだったけど中国人もけっこういた。 中国語の掛け声も飛びかいライブらしい雰囲気だった。アンコールでは 「新長征路上的揺滾」を歌ってくれた。


 アジアミュージックフェスティバルに艾敬(アイ・チン)が出るというので、 この夏の CLUB ASIA に行けなくて見逃していた私は喜び勇んで出かけた。

 九一年の東京国際映画祭『ファイブ・ガールズ・エンド・ア・ロープ』 に出演していたのでこの映画の上映の時にも艾敬のことを見ているはずなんだけど、 この時は五人も女優さんがいてあまり記憶にない。そんな彼女が「我的1997」 で一躍脚光をあび、この四月彼女の初めての日本盤アルバム「我的1997」も発売された。 あの映画に出ていた彼女かと思って聞いてみたら、これがめっぽう良かった。 アルバムタイトル曲「我的1997」は中国側から香港返還を歌った歌。 アジアNビートで紹介されたり、筑紫哲也ニュースのエンディング曲に 「川は流れる」が使われたりして日本でも彼女のファンが増え、 彼女の歌を聞くチャンスは今年何度もあったのに全部行かれなかったので このコンサートを楽しみにしていた。

 ギターを抱えて出てきた艾敬は楚々としていたし、何回目かの日本での演奏で 場慣れし貫禄まで感じさせてくれた。歌ったのは六曲程だったけど、 やっぱり「我的1997」が良かった。私は生ギターで弾き語りというのが好きだから、 すっかり気に入ってしまった。今度は彼女のソロコンサートをぜひ見てみたい。

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