女が作る映画誌 ー 女性映画・監督の紹介とアジア映画の情報がいっぱい
 (1987年8月、創刊号 巻頭文より) 夢みる頃をすぎても、まだ映画を卒業できない私たち。
 卒業どころか、30代、40代になっても映画に心が踊ります。だから言いたいことの言える本まで作ってしまいました。
 普通の女たちの声がたくさん。これからも地道な活動を続けていきたいと思っています。どうぞよろしく。
[シネマジャーナル]
28号 (February 1994)   pp. 32 -- 36

中国映画祭 93

Y. 勝間

去年(92年)あたりから中国映画にはまっている私は、今回はできるだけ スケジュールを都合して何本か観ようと、前売の3回券を買った。 前評判の高い『北京好日』は東京国際映画祭で観てしまったので、 一番の楽しみは去年出会った李少紅監督の新作。 次はスーチン・カオワー主演の『香魂女—湖に生きる』。 もう一本は、痛烈な社会風刺を得意とすると評判の黄建新監督の 『青島アパートの夏』にしようと決めた。

香魂女—湖に生きる

この作品がベルリンでグランプリを取ったことは、観る前は全く忘れていた。 この作品を選んだのは、ただ香港のスタンリー・クワン監督の 『フルムーン・イン・ニューヨーク』で主役の一人だったスーチン・カオワーが 出ているからだ。『フルムーン…』で彼女は、中国からアメリカに住む同胞に 嫁いで来たばかりの女性の役だった。実際にも帰国子女で英語もペラペラの シルビア・チャンとマギー・チャンがNYの街を闊歩するのに比べ、 カオワーは、まるで私自身が今からNYで暮らすことになったら、 ああだろうなあという自信のない女性を、親しみを感じるような表現で演じていた。 出身地(シルビア=台湾、マギー=香港)も性格も違う二人と交流するうちに だんだん解放されていく彼女を見るのが、なんだか我がことのようにうれしかった。 実際のカオワーは現在スイスに住んでいるというから、 語学にはもう苦労していないのだろうが。

さて、この『香魂女』は農村の女性の因習と情念を描いた、ある意味で 大陸的すぎる題材だが、私には十分見ごたえがあった。監督は『蕭蕭』の謝飛。 未見だが、これも売買婚を描いた作品。男性の監督がこういうテーマを選ぶ。 そしてちゃんと女性の感情を表現している。日本の「おしん」や花登筺のような根性物、 あるいは『極妻』のようにあくまでクサさを売り物にする世界とは全く違う。

香魂女』のヒロイン二嫂は13歳で買われて嫁に来た。 それが現在は近隣でも評判の働き者のおかみさんとして胡麻油を製造し、 日本の会社から投資の申し出を受けるほどの、経済的な成功者である。 だが決して家族に恵まれているわけではない。夫は仕事をせず、酒を飲み、 近所の悪友たちと昼間から遊んでばかり。長男は成人したが、知恵遅れ。 それでも二嫂はメソメソせず、夫の手綱を締め、長男には悪いことは叱る。 実にしっかり者で、"偉大なのは女なり"と拍手したくなるほどだ。

日本の女性社長の来訪は、二嫂と異文化との出会いでもあった。 年齢よりもずっと若々しく見える社長は、独身だが共同経営者と永い恋愛関係だという。 二嫂には20年来の不倫相手の任がいた。無能の夫ではなく、 才気ある任のような男を選んで公私ともにパートナーとなることが 外国では当然のことなのか、と彼女は感心する。

その一方で二嫂は長男にそろそろ嫁を取ることを考え始めている。 知恵遅れでは、露骨な財産目当ての娘以外はどの娘もいやがる。これは仕方ない。 彼の精神年齢では結婚は明らかに無理だ。それなのに二嫂は男の子には嫁(働き手) を取るのが当然という因習に捕らわれている。自分がかつて売られて来て、 今では他の男に愛情を感じているというのに、若い世代に自分と同じことを求める矛盾。 彼女にとって幸い、長男のお気に入りの環環という娘は働き者で、家は貧乏だ。 二嫂は環環と相愛の青年を体よく追い払い、実家の借金の弱みにつけこんで、 嫁入りさせる。

ここでの二嫂はもはや"偉大な女"ではなく、封建制から脱けられない 愚かな勝者でしかない。私の素朴な疑問は、なぜ息子ではなく、 まだローティーンだが健常者である娘を跡継ぎにしようとしなかったのかということだ。 親の職業の跡継ぎということ自体封建的でもあるが、それよりもまず、 どうして娘ではいけないのか? 中国では『秋菊の物語』でも出てきたが、 今でも男の子を生むのがこれほど大事なのだろうか?

やがて二嫂は人生の勝者の座から転げ落ちていく。任に別れ話を切り出されたのだ。 任がいなくなったら、夫の毎夜の暴力にどう我慢すればいいのか。 そして長男が不能であることも分かる。これでは孫は生まれない。 長男にとって花嫁は生きた人形なのだった。それまで抱いていた人形の代わりに、 大きくて動いている可愛い人形がやってきたのだ。

二嫂を絶望から目覚めさせたのは、環環の言葉だった。 「私にはお義母さんの気持ちわかります」。彼女は義母の不倫に気づいても黙っていた。 任に捨てられ、夫に殴られる義母に、軽蔑ではなく同じ女性の哀しみを感じたからだ。 二嫂は気づく。この娘を不幸のままにしてはいけない。 この家から他の男に立派に嫁がせてやろう。

驕っていた自分への後悔からか、自分の弱みを責めなかった環環への感謝からか。 あるいは孫が生まれないことへの諦めからか。 おそらく全ての感情が混ざっているのだろう。でもそれでいいのだと思う。 二嫂の魂は救われ、環環の心の傷もいつか癒えていくのだから。


PS.二嫂の夫たちが『ゴッドギャンブラー』のビデオを見ている場面がある。 (^^) (^^) (^^)

青島アパートの夏

初め少し戸惑ったが、テンポに慣れれば爆笑に次ぐ爆笑だった。 相当この監督はインテリなんだと思う。そして見事な観察力。 『黒砲事件』『続・黒砲事件』も是非観たい。

金も権力もないインテリの高氏役の馮鞏、すっとぼけていて、 最後には彼が立っているだけでくすくす笑いを禁じ得なかった。 なるほど彼は人気漫才師なのだそうだ。ジャイアンツの大久保捕手のような体型の、 金はあるけど教養はない張氏役の牛振華も笑わせてくれる。がめついのに全く憎めない。 そのじゃじゃ馬の妻の傳麗莉も達者な女優。 権力はあるけど金はない党幹部の劉氏役の達式常は二枚目スターだそうだが、 ここでは滑稽さすら漂う哀れな小人物ぶり。

そして高氏の妻役・張路のファッションセンスが素敵だと思っていたら、 人気モデルなのだそうだ。この人もそうだけど、張氏の秘書の瞿穎もあか抜けた可憐さ。 黄監督が美人好みなのかな?

劉氏の高校生の娘が、日本の中学生が着ていそうなチャラチャラした服装でびっくり。 中国は刻々と変化しているんだと実感。そうかと思うと『秋菊の物語』や『香魂女』 も現代の話。なんだか中国の広さと底力を思い知らされた一年だった。 映画監督でさえこれほど多くの人材。目が離せない。


PS.「晩婚だから子供はいらないんです」と言う高氏。こんなところでも、 都会に関しては日本と似てきている。



四十不惑

この作品には、ちょっとがっかり。去年『血祭りの朝』の力強いタッチで 私を驚かせてくれた李少紅監督だったが、閉鎖的な農村で起こる不条理な悲劇を 高いテンションで描いた前作とガラリと変わって、『四十不惑』 は都会のインテリ層のある男が、前妻との子供を引き取るかどうかの 内面の葛藤を描いた作品。李監督の意欲はわからないでもないが、 彼女の持ち味には都会の風俗の描写は合わないと思った。

都会の中流家庭の恵まれた生活。甘やかされていく一人っ子。後味が悪かったのは、 かつての日本がたどってきた精神的な荒廃の道がスクリーンの向こうに 見えたような気がしたからか。おもちゃに囲まれた、わがまま放題の幼児。 あるいは、夫の前妻の子に対してあまりにも狭量な妻のせいか。その結果、 けなげで気の毒なのは前妻の子ということになる。この結果も単純すぎて気になった。

ベルリンやロカルノ映画祭で賞を取ったようだが、なんだか李監督にとっては、 そして私にとってもこの作品は未消化のまま終わったようだ。

デビュー作で大ヒットしたという、『銀蛇謀殺案』(娯楽アクション物らしい) を是非観てみたい。李監督の本領を探るために。





北京好日

宮崎

原題 『伐楽』
監督 寧瀛(ニン・イン)
脚本 寧岱(ニン・ダイ) 寧瀛 (ニン・イン)
撮影 肖風(シャオ・フォン) [鳥β]迪(ウー・デイ)

北京の町は老人たちがたむろすことができる公園が多いのだろうか。 他の中国映画の中にも公園で老人たちが太極拳をやっている風景が出てきたり、 鳥籠を持って集まってきて鳥の声の聞き比べたりする光景をよく見かける。 この映画も退職した老人たちが公園で始めた京劇のグループのことを描いている。

主人公の老人、韓(ハン)は京劇学院の守衛ではあったけど、端役をこなし京劇には詳しい。 ここを退職した彼は淋しさを紛らわすため、公園で老人たちがやっている京劇サークルに加わり、 京劇に詳しいことを認められみんなの世話役になっていった。 公民館?を借りれるように交渉したりという手腕も見せる。 でも四角四面の融通の聞かない性格でだんだんみんなから疎まれてしまう。

この韓老人の性格の設定がいい。「もう言うことはない」なんて言いながら いつまでも口うるさく話していたり、こんな老人いるなあとつくづく思う。 ちょっとこの老人の性格描写がしつこかった気もするけどこの映画の重要な伏線だ。 公衆浴場のシーンも面白い。ダウン症の少年との交流も自然でうれしい。最初、 公衆浴場の窓が開いていたのを韓老人が閉めた時にダウン症の少年が見ているシーンが映った時、 この映画もまたこういういわば身体に障害を持っている人を飾りに使っているのかと思った。 というのも最近の中国語圏の映画では『舞台女優』『人生は琴の弦のように』 『ファイブ・ガールズ・エンド・ア・ロープ』とか、 侯孝賢作品のいくつかの中のように身体障害を持った人を一場面いれるというのが 多いように思って、それを作品のエッセンスのように入れることがブームのように なっていることに疑問があったからまたかと思ったのだった。 でもこの映画では単なるエッセンスではなく重要なファクターとして かかわっていることがうれしかった。公衆浴場での韓老人との掛け合い話のシーンとか 面白かったし、公園で京劇をやっている老人たちと引き合わて自分も参加していくシーンは とても良かった。

また中国映画で初めてオカマっぽい話し方、行動をする人を登場させたのも 今の時代の映画だなと思った。この人は本当は俳優ではなく通訳が本職だそうだけど 芸達者だった。『ラストエンペラー』にも出ていたそうだ。 そういえぱ主人公を演じた黄宗洛(ホァン・ゾンルォ)も『ラストエンペラー』 に出ていたと思うんだけど、何の役だったか思い出せない。家臣の役かなんかだったかな。

公園から公民館に移ってからの描写がすざましい。みんな歌いたがりで 歌う順番の取り合いをする。監督は「個人と集団との関係を描きたかった」 と何かのインタピユーに答えていたけど、醜いまでのエゴイズム丸出しで 老人たちのエネルギーを発散させていた。このシーンの京劇の演目の中に 「覇王別姫」というのが書いてあったのを見つけて、 そうかこれは京劇では有名な演目なんだと納得。

韓老人の行動は芝居を台無しにしてしまった。「おかしくてやがて悲し」 というのがよく出ていた。みんなから離れていった韓老人だったけど、 でも最後はまた公園のみんなの所に戻って行く所で終わっていたのが救いだった。





北京好日』人間っていいな

R. 佐藤

若い人がたくさん原稿を寄せてくれたので、私は今回遠慮しようと思っていたのだけど、 この映画は私の93年ベストワンと思ったのでやっぱり、ちょっと 書かせてもらうことにしました。

平日のお昼なのに満員。仕事を抜け出して行き、ぎりぎりに飛び込んだので 立ち見になってしまった。普通ならムッとくるところですが、画面に引き込まれて 足の痛いのも我慢できてしまったという特筆すべき映画でした。

主人公の韓老人は定年で長年勤め上げた京劇の劇場の守衛をやめなくてはならない。 守衛ではあったけど役者のくせやら、セリフやらなんでもかんでも知りぬいた韓老人、 役者が休むと代役までかってでていたのに…仕事がなくなるということは なんと手持ちぶたさなことよ、というエピソードが笑いに笑える。町を歩いていて、 いろんなことにお節介をやく。焼かざるをえない性分が楽しい。寅さんなんて比でない。

そんなある日、お節介をやくのに最適な「お仕事」がみつかった。 寒い公園で京劇の歌を歌って楽しんでいる老人サークルをみつけたのだ。 これこそ韓老人の出番じゃあないか。そこを紹介したのは、 町を歩いていて友達になったダウン症の少年である。この少年が又楽しい。 どうしてこの少年があんなに自然に生き生きと演技ができたのだろう。 特別に施設に通っているわけでもなく、特異な目でみられてもいず、 女湯を覗く行為もユーモラスに描かれ、暖かい目が感じられる。 ダウン少年と老人はコンビで活躍をはじめる。

歌の指導に始まって会場探し、練習会場での仕切り、韓老人の目は輝いた。 歌が好きで集まっている老人たちの顔がこれが又いい。 なんとこの出演者、ほとんどが素人だというんだから、凄い!!  大泉晃風なオカマなおじさん、左卜全の中国風おじいさん、加藤嘉や加東大介… それぞれが歌に合わせて顔をゆがめる。京劇の歌(というのか謡というのか)が、 こんなにも北京の老人たちに人気があるのかと北京からきた中国人に聞いたら、 それはもう凄いよという。北京のあちこちの公園で集まっているとか。 日本のゲートボールが太極拳で、カラオケが京劇の歌?なのかしら。 でもやっぱり参加してるのは老人が多いとのこと。 家が狭いので家では思いっきり歌えないから公園にくるとか、 一人っ子(政策で)の孫が勉強で部屋を使っているとか、 子供の方が老人たちより大事にされているというようなこともチャンと 老人たちに言わせている。

私が北京の風物で気に入ったのは銭湯。脱衣所のようなところにベットが たくさん置いてあり、風呂あがりに一服しながら横になっておしやべりができる。 温泉場の横にこういうのが置いてあったら最高だと思った。お風呂に入った後、 横になって韓老人とダウン君が楽しそうに語らっているのをみて羨ましくなっちゃった。

美男子のお兄さんも美しいお姉さんも出てこないのに十二分に楽しんでしまえる映画です。 まだ三十代の女性監督、人間を見る目がきっちりと冴えていて恐ろしい程です。 次作予定は前科のある人がいっぱい住んでる路地にいる警官の話とか。 すごーく楽しみです。

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