女が作る映画誌 ー 女性映画・監督の紹介とアジア映画の情報がいっぱい
 (1987年8月、創刊号 巻頭文より) 夢みる頃をすぎても、まだ映画を卒業できない私たち。
 卒業どころか、30代、40代になっても映画に心が踊ります。だから言いたいことの言える本まで作ってしまいました。
 普通の女たちの声がたくさん。これからも地道な活動を続けていきたいと思っています。どうぞよろしく。
[シネマジャーナル]
22号 (1992.05)   pp. 32 -- 41
国境を越える。民族を越える。架空南島娯楽映画。

特集『パイナップル・ツアーズ』

1992年/沖縄映画/35ミリ/カラー118分/ヴィスタサイズ/日本標準語字幕スーパー付き



沖縄の若手監督3人の手になる『パイナッブル・ツアーズ』。 形式はオムニバスなのだが、架空の島・具良間島を舞台に3つのタイムスパンにそった各パートが それぞれにつかず離れずつづられる。いわば3話連続映画といったところだろうか。

一番最初のエピソード「麗子おばさん」は声のでなくなったオペラ歌手が生まれ島にもどり、 島のユタ(占い師)に病の原因をたずねると、ユタ曰く…、というお話。

二番目「春子とヒデヨシ」は本土(ヤマト)からやって来た青年が島のお年寄りたちに、 はめられ(?)島娘に夜這いをかけると、さあ大変!というお話。

三番目の「爆弾小僧」は、島のはみ出しコンビが 島に眠っていると伝えられる不発弾にかけられた一億円の懸賞金をめぐって 東京からやって来た美人ディベロッパーと対決!なるか?というお話。


製作/スコブルエ房、製作/代島治彦、 監督/真喜屋力+中江裕司+當間早志、 撮形/一之瀬正史、りんけんバンドの照屋林賢の音楽がすばらしい。

出演は、照屋林賢の父で沖縄芸能界の父・テルリンこと照屋林助、ほか沖縄の新旧芸人。 東京からはヤマトのニイさんに利重剛、美人デベロッパーに洞口依子など。

▼ユーロスペースでは『パイナッブル…』の東京公開記念と沖縄本土復帰20年を記念して 5月15日よりレイトショーで沖縄映画特集を行う。 上映作品は『神々の深き欲望』『老人と海』『やさしいにっぽん人』など




パイナップル・ツアーズ』感想リレー

未知の国・オキナワの「パイナップル・ツアーズ」

勝間

私は暑さに弱い。それゆえハワイ・グァムはおろか、沖縄に行きたいと思ったことはない。 (香港は別。でもやはり夏は避けて、秋か冬に行きたい) だから沖縄というところは別の国とは言わないまでも、 私にとってあまり関心のない風光明媚な土地と言ったほうが正しかった。

しかしそういう言い方は、実際に住んでいる人々を無視した概念なのだと、 この作品を見て反省している。この作品には今まで私の知らなかったオキナワの素顔、 つまり、そこに住む人々の生活がある。人々はのんびりと明るい。 今までに内陸人がバカンスの中で芽生えるロマンスなどという設定でロケをした 観光案内的ドラマなどにはない、オキナワの人々の生活。この作品の冒頭にも出てくるが、 長寿の風車のお祝いは先日NHKでも紹介されていた。

そういう意味で印象的だったのは、第二話のヒデヨシの夜這いのエピソード。 孫娘に好ましい青年が夜這いに来たら、喜んでそのまま天に召されてしまうおばあちゃん。 なんてのどかなんだろう。思えば昔は結婚ってそういうものだったんだよね。 そうやってポンと結婚したんだよね。 今では嫁姑の不和やら単身赴任やら三高やら成田離婚やら、 結婚を取り巻く状況はだんだん複雑になってきている。

ほかにはなんといっても第三話のパンク少女・夏子を演じた仲宗根あいのちゃんが強烈だった。 当初男の子のはずだったこの役を彼女のために変更したのは大正解だと思う。




パイナップル・ツアーズ

宮崎暁美

おもしろかった。私、こういうの好き。

『晴れ日和』を見て、ほんとに映画が好きなんだなーと思ったけどとうとうやりましたね。 ベルリン映画祭に出品できる映画を作っちゃうなんてすごい。おめでとう!

沖縄の自然、風土、言葉、リズム、太陽、海、人間模様、植物、音楽。沖縄を満喫できた。

一五年前、石垣島、竹富島、西表島などを二週間近く廻った。 この映画を見てその時の思い出が走馬灯のように蘇った。 この島は竹富島に雰囲気が似ていると思ったけど、竹富島はきっと 観光地化して変わってしまったんだろうな。 この映画でも島を観光地として売り出すための、騒動がキーポイントになっている。 あの、大きなパイナップルの張りぼて、最初なんだろうと思ったけど、 そのシンボルだったんだ。

何が面白いって、照屋林助さん。あのとぼけた味、大好き。 林助さんの三線をもっと聞きたかった。 りんけんバンドの音楽と姜建華の二胡の演奏も聞けて嬉しかった。

第一話から第三話までの比嘉の変わり様、きっと観光地化を皮肉っているんだと思ったけど、 違うかな。

最初に出てきた沖縄戦の映像と全編を貫いている地雷の話、 面白おかしい物語の中に沖縄の置かれた現実をさりげなく描いていた。




出海

シネマジャーナルのスタッフが2人製作に参加しているものですから、ドキドキ観ました。 沖縄がプンプン匂ってくる。3作とも個性があって飽きなかった。 好みでいえば、安定した2作目。この監督だけ沖縄で生まれ育った人でないので、 その分彼の沖縄が私たちに親近感を抱かせているのかもしれません。第一と第三作は、 生意気な言い方をすれぱ、次作品が楽しみ。記録の中江さん、製作デスクの大牟礼さん、 そっちが一段落したら、シネマジャーナルの方もやってよね。




飯島幸子

全編を通しての感想は、まず「若々しい」こと。 監督さんほかスタッフが、エネルギッシュな若い方々ということで、 その勢いが画面いっぱいに拡がっていた。 そして、映画が好きで好きで、本当に自由に映画を撮っているのが伝わってきて、 何かとってもうらやましかった。

そして、登場する人たちが生きている。オキナワの映画ってどれもそう感じるのだけど、 あの海や空の色と人々の日焼けした健康的な肌にギラギラした陽がスクリーンいっぱいに拡がる感じで、 何ともいえない心地良さを与えてくれる。それに加えて音楽がいい。 言葉はよくわからないけれど、リズミカルな音楽の一部のような感じで、自然に耳に残り、 映画全体の雰囲気を独特のものにしている。 そういうわけで、字幕はさほど気にならなくて、 この映画では会話の中身うんぬんということではないようなん気がしたんですが。

3つのオムニバスの中では(どれも好きなんですけれども)、 特に「春子とヒデヨシ」が心に残った。 島に流れついてそのまま居着いてしまったヒデヨシ君と島の娘春子のお話は、 とても純粋な愛の世界のようで感動しました。ヒデヨシ君がどたばたっとしていて、 物語はコミカルに展開していくのだけれど、 私たちが忘れかけている神秘的な恋愛の世界に心動かされました。お社にお参りするとか、 夜這いをするとか、近所の人が皆でにぎやかに祝う結婚式とか、 子供が産まれるのを暗い家の中でじっと待っているといった、 人間本来の儀式的な恋愛の過程がなぜか懐かしいような、郷愁を誘う感覚で、 ぐっと迫ってきました。

やっぱり利重剛さんいいですよね。よそ者って感じが、だんだん島の人間になっていくのが、 違和感なくほのぼのとしている。とにかく笑いあり、涙あり、 風刺もぴりっときいた素敵な映画でした。

おこがましいようですが、こういう映画に参加したいなあって思いました。とっても。




地畑寧子

沖縄というものに全く興味がない私でも、楽しめる映画だった。 そしてつくづく感じたのは、沖縄は日本だけれど、日本ではないということ。 あの自然の色は結構衝撃的で、今でも目に焼きついている。 沖縄の色をこんなによく画面に映している映画はほかにないんじゃないかと思ったほどだった。 そして生活のテンポ。一言でノンキじゃ済まされない、あのよどんだような間は何なのだろう。 それでいて眠くなるわけじゃない。つまリ間延びしているのだけれど、 退屈な間というわけじゃない、不思議なテンポ。 第一話でこのテンポになかなか乗れず、少し戸惑ったのは確か。 でも、物語が少しずつ進んでいくのうちに画と自分の心の歩調があってきて、 わりと簡単に順応できた。

そこで、第2話。明らかに沖縄に後から入ってきた人が撮った作品だなとわかる作品。 それだけに、主人公ヒデヨシに非常に感情移入ができて、沖縄県外の私としては、 3話のうちもっとも感動した作品だった。ヒデヨシを演じた利重剛が、 今まで認識していたのとはうって変わって非常に上手で、この役にうってつけ。 加えて春子役の女優さんの物憂さがとてもよく、好感がもてた。 結婚式で民族衣装をふたりに着せたのも物珍しくて効果的。 編集のうまさも加えて3話の中で一番安定感のある情感のある作品だった。

ただ3話に流れていた爆弾の存在がいまひとつだった感じがする。 爆弾探しでひともうけのニュアンスは伝わってきたのだが、 あんなに大金の値がつけられる所以をもっと具体的に表現してくれれば もっとよかったんじゃないかな。



沖縄を舞台にした作品

(1)沖縄人による沖縄映画

オキナワン ドリーム ショー(72〜75)
オキナワン チルダイ(75)
パラダイス ビュー(86)
ウンタマギルー(89 以上、高嶺剛)
吉屋チルー(金城哲男)
オキナワの少年(83 新城卓)
パナリにて(86 中江裕司)
はれ日和(88 當間早志)
真夜中の河(88 南雲祐介)
LITTLE TOKYO STORY (89 金城清枝)

(2)ドキュメンタリーによる沖縄

沖縄列島(72 東陽一)
極私的エロス・恋歌1974(74 原一男)
死者はいつまでも若い--沖縄学童疎開船の悲劇 (77 大島渚)
ゆんたんざ沖縄(86 西山正啓)
老人と海(90 ジャン・ユンカーマン)
1フィート運動 沖縄戦の映画

(3)アニメーションによる沖縄

白旗の少女
ああ対馬丸
かんからサンシン

(4)スクリーンの中の沖縄

執念の毒蛇(戦前)
白い壁画(31 吉野二郎)
八月十五夜の茶屋(56 ダニエル・マン)
ひめゆりの塔(モノクロ)(53 今井正)
海流(59)
網走番外地 南国の対決(66 石井輝男)
太陽は俺のものだ(67 西条文喜)
ああ ひめゆりの塔(68 舛田利雄)
神々の深き欲望(68 今村昌平)
沖縄(70 武田敦)
日本女侠伝 激闘ひめゆり岬(71 小沢茂弘)
やさしいニッポン人(71 東陽一)
博徒外人部隊(71 深作欣二)
激動の昭和史 沖縄決戦(71 岡本喜八)
夏の妹(72 大島渚)
沖縄やくざ戦争(76 中島貞夫)
沖縄十年戦争(78 松尾昭典)
太陽の子 てぃだのふぁ(80 浦山桐郎)
男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花(80 山田洋次)
ひめゆりの塔(カラー)(82 今井正)
飛鳥へ そしてまだ見ぬ子へ(82 木下亮)
海燕ジョーの奇跡(84 藤田敏八)
メインテーマ(84 森田芳光)
零戦燃ゆ(84 舛田利雄)
友よ静かに眠れ(85 崔洋一)
生きているうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言(85 森崎東)
南へ走れ海の道を(86 和泉聖治)
Aサインデイズ(88 崔洋一)
マリリンに会いたい(88 すずきじゅんいち)
クライムハンター 怒りの銃弾(大川俊道)
遥かなる甲子園(90 大沢豊)
襲撃《東映Vシネマ》(90 崔洋一)
3−4×10月(90 北野武)
ぼくらの七日間戦争2(91 山崎博子)
うみ・そら・さんごのいいつたえ(91 椎名誠)
青い珊瑚礁(上垣保朗)

(5)その他

グラマ島の誘惑(川島雄三) 沖縄が舞台ではないが、宮城まり子扮する沖縄出身の慰安婦が重要な役割を果たす。

ベルリン国際映画祭見聞記

岩野素子

今年で四十二回目を迎えるベルリン国際映画祭を『パイナップル・ツアーズ』 のスタッフとして、監督三人について見てきた。

二月十三日から二十四日まで、十二日間にわたって開催されたベルリン映画祭には、 コンペティション、パノラマ、児童向け映画、フォーラムの各部門があり、 また、古い映画の特集上映なども行われ、見本市も含めると、上映作品数は、 六百本にもなるという。

『パイナップル・ツアーズ』は、この中のインターナショナル・フォーラム部門に招待された。 同部門は、主に若い監督(中には年齢の高い人もいるが)のインディペンデントな作品が集められた部 門で、 全てディレクターのウルリッヒ・グレゴール氏が、自ら世界中を回って選んでいて、 新鮮でオリジナリティがあり、商業主義的でないこと、 完成度より可能性の感じられることなどの要素が重視されている。 また、映画祭といえぱ賞がつきものだが、グレゴール氏の、ここに選ばれて並んだ映画は、 全て平等であるという考えから、フォーラム部門自体の賞はない。アキ・カウリスマキなどは、 コンペからの出品の要請もあったのを、あえてフォーラムヘの出品を希望したという話で、 そのようにグレゴール氏は、世界中の若い監督達から、父親のように慕われているという。 観客の期待や関心も、他の部門に比べて、一段と高いようで、観客といえども、 その姿勢ははっきりしており、自分がつまらないと思えば上映の途中でもどんどん帰るが、 見ている間は、ものすごく熱心で、スクリーンに映るどんな小さな事も見逃すまいとしている。 一度しか映画を見ていない一般の観客が、「あの場面のカメラのこういう動きがよかった」などと、 かなり具体的な感想を言ってきたりする。

今年、日本からフォーラム部門に出品された他の作品は、 『ワールド・アパートメント・ホラー』(大友克洋監督)、 『スキンレス・ナイト』(望月六郎監督)、 『友だちのいる孤独』(稲木淳監督)、 『あいつ』(木村淳監督)、 『外科室』(坂東玉三郎監督)で、 また、他の部門では、コンペに『ひかりごけ』(熊井啓監督)、 パノラマに『あふれる熱い涙』(田代廣孝監督)、 『トパーズ』(村上龍監督)、 児童向け映画の部門に『四万十川』(恩地日出夫監督) が出品され、さらに《イメージ・フォーラム》の、 かわなかのぶひろ監督の四本の短編が上映されるなど、日本映画の上映本数は、 これまでで一番多く、それだけ日本映画への注目度が高まっているのだという。

実際私の見た限りでも、『ワールド・アパートメント・ホラー』は、 漫画家としての大友克洋の知名度も手伝って、また『スキンレス・ナイト』 は他の映画祭での評判から、『トパーズ』はそのセンセーショナルな内容から、 それぞれ会場を満員にしていた。

さて、『パイナップル・ツアーズ』への反応は、といえば、まあ、概ね良好といったところ。 『パイナップル・ツアーズ』は、全部で五回上映されたが、 メイン会場の映画館デルフィ・フィルム・パラスト(七百人収容)では、 レオス・カラックス監督の『ポンヌフの恋人』に続いて上映され、金曜日の夜九時三〇分から、 という一番いい時間帯だったこともあり、ほぼ満席であった。このデルフィでは、 終わった後に、必ずグレゴール氏を交えて、 観客とのディスカッションが行われることになっているが、この時三人の監督は、 沖縄特産の黒砂糖の入った箱と、各自が一つずつパイナップルを持って壇上に上がり、 黒砂糖の箱は「皆さんで食べて」と客席に回し、パイナップルは最後に客席に向かって投げるなど、 三人いる強みで、ディスカッションに登場した監督の中で一番アホなことをやって、 後で川喜多文化財団の人から、「あなたたちは、やっぱり日本人じゃない」 という感想を頂いたりした。

また、次の日、土曜日のアルゼナルという劇場での上映も満席で、ここでの反応も非常に良かった。 ここは、収容人員二百人位の小さな映画館だが、フォーラムの所有になっていて、 フィルム・ライブラリーの様な役割を担っている。 フォーラムに出品された映画は全て買い取られ、その後もこのアルゼナルで、 いろいろな機会に何度も上映され、その収益金を、ドイツ語字幕版を作った費用などに当てるという。 映画祭の時だけ上映して、それで終わりではないのだ。

それと、五回目の最後の上映も印象的だった。 他の四つの映画館は、旧西側の繁華街、ツォー駅の周辺にほぼ集中しているのだが、 最後の会場であるバビロンという映画館だけが、唯一、旧東側にある。 ベルリンの壁が崩れたのは、ついこの間の出来事だと思っていたのに、 ブランデンブルグ門周辺の壁はほとんど壊されていて、わずかしか残っていなかったが、 街の雰囲気は、旧西側と東側では、やはり印象がだいぶ違う。 東側は一つ一つの建物は大きくて古くて立派だが、人影もまばらで、街に活気がない。 そのうえ、上映は、最終日二十四日の二三時三〇分から。 そんな時間に見に来る人がはたしているのだろうか。一抹の不安にかられながら、 アレキサンダー広場駅を降りて暗い人気のない道を歩いていくと、見えてきたのが、 BABYLONという赤いネオンのついたクラシックな建物。 後で聞いたら、七十年前に建てられたということで、 ちょうど東京・浅草の東京クラブのような感じの建物だ。中に入ると、ロビーも天井が高くて広い。 場内をのぞくと、案の定、観客は少なかったが、それでも二十人位はいて、 けっこう楽しそうに笑ってくれているので、ホッとした。 上映が終わって監督三人があいさつをすると、皆が周囲に集まってきて質問を始める。 ところが、この時は通訳の人もいないし、監督達は、ドイツ語はおろか英語もほとんど話せない。 たまたま観客の中に日本人がいて、簡単な通訳をしていただいたが、 どこへ行っても観客は皆、非常に熱心で、話はなかなか終わらない。

ところで、映画祭といえば、もうひとつの目的に、映画を観る、ということがある。 言葉がわからない悲しさで、途中で寝てしまったり (日本で映画を観る時は、そんなことめったにないのに)、最後まで観ても、 内容がほとんど理解できないものもあったが、完全に理解することはできなくても、 映像の持つ力だけで、ほぼ理解し、楽しむことのできる映画も何本かあった。 フォーラムを中心にそんな作品を並べてみると、 『ポンヌフの恋人』は、水、海、川、火、雪、疾走、恋人たち、 といった映画的要素に満ちあふれていて、次々と画面に繰り広げられる映像のスペクタクルが、 観る者をひきつけて離さない。カラックスは、ベルリンでもものすごい人気で、 デルフィは通路まで人でいっぱいだった。カラックス自身は、とうとう現れず、 代わりにモヒカン刈りのドニ・ラバンが登場した。 「途中で突然意味もなく、笑いだしたりするんだけど、それがどう見ても イッているとしか思えない笑い方なんだ」と真喜屋が感動していた。 それから、フォーラムで、何といっても絶大な人気を集めているのは、アキ・カウリスマキで、 ディスカッションのため彼が登場した時には、会場は大騒ぎで、 取材のTVカメラも数台は入っていた。映画の題名は『ラ・ビ・ド・ボエーム』。 ボヘミアンのように放浪する男の人生の哀歓が、パリを舞台に描かれる。 セリフは全てフランス語で、モノクロの画面。風景の中にさり気なくエッフェル塔が写っていたり、 登場人物が塔の形のキーホルダーを持っていたり、『コントラクト・キラー』 では主役を演じたジャン・ピエール・レオーが、まぬけだが重要な役で登場したり、 見ていてどうしてもトリュフォーのことを連想せずにはいられない。 古い映画を意識したようなクラシックな雰囲気が画面に漂っている。哀しい結末だが、その時、 今まで言葉がわからず、ただひたすらスクリーンを見て感じることしかできなかった私の耳に、 理解できる歌が飛び込んできた。 映画の最後に流れたのは、日本人なら誰もが知っている日本の歌で、 それが映画の内容にぴったりだったのだ。アキ・カウリスマキは、 知り合いの日本人からその歌を教えられて、歌詞の内容を知らないで使ったが、 後で内容を知って、映画の内容とマッチするので、とても喜んだそうだ。 この作品は、日本の配給会社が買ったそうなので、その歌が何かは、 見てのお楽しみということに。主演は、おなじみのマッティ・ペロンパ。彼の、 情けなさと男らしさの混じった感じが前から好きだったが、最近それに年齢による渋みが加わって、 独特の魅力を発揮している。マッテイ・ペロンパといえば、彼は、 同じフォーラムに出品されたミカ・カウリスマキの『ゾンビー・アンド・ザ・ゴースト・トレイン』 にも主役ではないが、重要な役で出演していて、大活躍である。 さて、そのミカ・カウリスマキの作品は、ゾンビーと呼ばれる青年が、 何をやってもうまくいかず、どこにもなじめず、飲んだくれ、放浪のあげく イスタンブールにまで流れて行くという物語で、暗くて好きになれない、 あまり良くないという感想を人から聞いたが、確かに、物語自体は暗いが、 省略のきいたコミカルな描写や乾いたユーモアにセンスの良さを感じたし、暗い結末も、 ゾンビー自身にとっては幸福なことだからいいのではないかと思う。 暗いからだめ、で終わらせてしまえるほど、単純なものではないと思う。 湾岸戦争の様子を伝えるTVの画面に見入るゾンビーの姿が何度も写しだされ、 彼が最後にたどり着くのがその戦争の行われていた場所に近い所だったということは、 ミカが言いたかったのは、個人の憂うつにも、 世の中の出来事が暗い影を投げかけているということなのできないかと思った。 ミカとアキのカウリスマキ兄弟は、同じ役者を使ったり、共通したところも随分あるが、 二人の作品を続けて見ると、ミカの方が、より個人的な世界を描こうとしているように感じた。

もう一本気になったのは、日本でもかなり話題に上っている楊徳昌(エドワード・ヤン)の 『[牛古]嶺街少年殺人事件』。何年か前に東京で『恐怖[イ分]子』を観た時、 この監督は確かなテクニックを持ったとてもうまい人だと思った。 台湾を舞台にヨーロッパ映画の様な雰囲気を作りあげていた。 それが今回の作品は、完全に台湾色の映画で、改めてすごい人だと思わずにはいられなかったが、 どうしても、侯孝賢を連想してしまうので、もったいないような気がした。 この人の資質は、別のもっとエンターテインメントなところにあるのではないかと思ったりもした。

映画祭も終わりに近づくと賞が決まる。フォーラム部門自体に賞はないが、 カリガリ賞とウォルフガング賞という、新聞社や雑誌社等から贈られる賞がある。 カリガリ賞は『スウォーン』(トム・カリン監督)、ウォルフガング賞は、 『ジ・アワーズ・アンド・タイムズ』(クリストファー・マンク監督) という作品がそれぞれ受賞した。 なぜか二本ともアメリカ映画でモノクロで、男同士の愛情を描いている。 『スウォーン』は、一九二四年に起こった二人のユダヤ人青年による少年誘拐殺人事件と その後の二人のことを描いている。主人公二人はとても甘い顔立ちだし、 残虐でむごたらしい出来事を観念的に美しく描いていて、 何だか誰かの夢の中をのぞいているような感じが、見ている間つきまとう。 言葉がわからないので、その事件の持つ社会的な意味合いの部分がわからなかったのが、 見ていて残念だった。『ジ・アワーズ・アンド・タイムズ』の方は、これが何と、 若き日のジョン・レノンとブライアン・エプスタインが二人でバルセロナに旅した時の事を スケッチ風に描いている。カクッ、カクッと途中で露出が変わる画面の、 風景の切り取り方が好きだ。

今回、こうして若い世代の作品を一度に見る機会を得て感じたことは、 『ポンヌフの恋人』に一番顕著に見られるように、火だとか水だとかの映画的記号を、皆、 とても意識しているということだ。そんなことを考えたのも、 『パイナップル・ツアーズ』の二話目と、何と『[牛古]嶺街少年殺人事件』に、 ほんの些細な部分ではあるが、ほぼそっくりな火に関するシチュエーションがあったからだ。 ショックを受けた中江は、「だからといって、そういったものを避けて通るわけにもいかない。 ただ、これからは、無自覚ではいられないと思った」と語る。 揺らめく炎や水の甘い誘惑には勝てないが、それに考えもなく安易に乗ってもいけない。 その考えに至ったことが、この映画祭に参加しての一番の収穫かもしれない。そう考えると、 あれだけ徹底して、思い切り派手にやったレオス・カラックスは、やはりすごい監督なのだ。

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