女が作る映画誌 ー 女性映画・監督の紹介とアジア映画の情報がいっぱい
 (1987年8月、創刊号 巻頭文より) 夢みる頃をすぎても、まだ映画を卒業できない私たち。
 卒業どころか、30代、40代になっても映画に心が踊ります。だから言いたいことの言える本まで作ってしまいました。
 普通の女たちの声がたくさん。これからも地道な活動を続けていきたいと思っています。どうぞよろしく。
[シネマジャーナル]
15号 (1990.06)  pp. 45 -- 47

劇場未公開映画をビデオで観よう




地畑寧子

『ロック・イン・ブルックリン』
SING

これもブルックリン
『フットルース』を越えられなかった現在B+ミュージカル

実はこの映画、未公開ではあリません。でも観た人はとても少ないと思います。 例の“地方のみ公開”の映画で、『ベスト・キッド3』と抱き合わせで公開されました。 (都内では早稲田松竹で上映してました) ショウビズトゥデイであの『フットルース』のプロデューサーと脚本家が組んで作ったときいたので、 ぜひと思っていたわけですがパンフもない、 申し訳程度に二本立てで半分オクラみたいになっての公開でした。

女教師役のロレイン・ブラッコ以外(といってもこの女優さんも知名度が低い)には、 あのパティ・ラベル(この人が教師役なんです。もちろんあのパワーで歌います) ぐらいしかわからないくらい無名の俳優で固めています。 たぶんそれで半分オクラになったのではないかと思うのですが。

売りはMTVばりの曲とダンス。タイトルロールの "SING" はミッキー・トーマス。 オープニングに主人公のピーター・ドブソンが路上で踊るシーンにノリがいい曲を提供しています。 ほかにもジョニー・ケンプ、ポール・キャラックとテリ・ナンのバラードもいいし ("SING"の柱になる曲をマイケル・ボルトンを、そしてビル・チャンプリン、 パティ・ラベル、止めにアート・ガーファンクルなども参加しています。 このサントラは必聴ものです。(あちこちのCDレンタル屋さんにもおいてあるようです) また、脚本のディーン・ピッチフォードが全曲作詞に参加しています。

ピーター・ドブソンが踊る路上、ディスコや街角のカフェ、廃工場の跡、 自分の親やその前からの三世代が通った古い校舎などブルックリンの町並みをみせながら、 新しい都市計画の波に押されながらさびれたわが町を頑なに守リつづけようとする 世代をこえた町の人々の団結ぶリを、改革の波に勝てずに母校をつぶされてしまうくちおしさを、 若干の郷愁をまじえながらいいテンポでえがいています。 簡単にいってしまえば、「学園もの」でおわってしまいますが、 クライマッケスが"SING"という町の人すべてを結びつけるミュージカル発表会なので、 かなり高等なシーンが続出してくる気楽に楽しめる作品です。

なお、この作品で主役をつとめた新人ピーター・ドブソンは『ブルックリン最終出口』にも出演してます。

('89米作品 監督 リチャード・バスキン)


『ハドソン河のモスコー』
MOSCOW ON THE HUDSON

マザースキーの優しさに感動してください!!

ブルックリン生まれ・育ちのマザースキー監督の映画は、たとえ1カットでも都会 (ニューヨーク)がでてこないと落ち着かない気がします。 それだけ彼がこの町に根ざした、とてつもない愛情があるからなのでしょう。 だから“人種のるつぼアメリカ”のさいたるところが、 このニューヨークであることもわかりきっているのです。

主人公のロビン・ウィリアムズ扮する男は、ひょんなことからソビエトから亡命した元サーカスの楽団員。 偶然とはいえ、自由"FREEDOM"を手に入れた彼は、少しでも早くこのアメリカ国民になって 労働用のパスを手に入れようと思います。恋人もできます。 彼女も最近移ってきた南米出身者で彼女も同じことを考え努力しています。 ニューヨークの市民は、ムカシにここへ移ってきた白人やアフリカ系の黒人だけじゃない、 こんな少数民族の人たちだっている。ことばを学び、 この異国の風習を身につけようと土着の人達が想像できないような努力をする。 マザースキーは自らこのニューヨークの、アメリカの“土着”の人間ではあるけれど こんな少数の人々を視角から外すのではなく、積極的に視角のなかに止めようとする寛容さをもっています。 そして彼の語リロ、映像はいつものようにやさしく、ここには『ディープ・ブルーナイト』 のようなハードさはありません。祖国への一抹の郷愁はあるけれど、 新天地を生きる小市民のユーモアと生命力にあふれています。

この小気味よい脚本をロビン・ウィリアムスはのびのびと演じています。 彼を通してソビエトとアメリカの文化的な違いや希望とつまずきが、 庶民的なレベルで語られていきます。 サックス担当の楽団員である彼にとって祖国にいるときのアメリカのイメージはジャズ。 そのたったひとつだけなんとか吹ける「A列車で行こう」をアパートのベランダ (テラスとはいいがたい)で練習する。ここは自由だし、アメリカのうただしと結構いい気分で練習する。 さまになっているいい場面にやにわに「うるさいからやめろ」の怒鳴り声。 スゴスゴと家のにはいったときの彼の泣き笑い顔。 よくあるこんな風景をウィリアムズは的確に演じています。 『いまを生きる』で自分も卒業したおぼっちゃま学校の教師を演じていますが、 やっぱりこの人には庶民の泣き笑い顔がいい。彼が『ガープの世界』のつぎにイイ作品です。

('84米作品 監督 ポール・マザースキー)


『イングリッシュマン IN ニューヨーク』

『イングリッシュマン IN ニューヨーク』もほかの国からニューヨークに入ってきて、 文化のギャップにとまどう点では同じ。 イギリスからやってきた絵画艦定士(ダニエル・デイ・ルイス)が、 「ハロー」と「ハイ」のあいさつの違いにいつも戸惑い、「ENGLISH BUSTER」 のことばを何度も聞かされるハメになります。 監督はパット・オコナー。私が思うところこの監督の作品のアタリハズレはかなり落差があって 『キャル』のような佳作もあれば、『乙女座殺人事件』のような作品もある。 この『イングリッシュマン〜』はどちらかというと後者。 このノレないドタバタコメディを最後まで観てしまったのは、 恋人役のジョーン・キューザック(『ワーキング・ウーマン』に出てた) のコケティッシュな感じがよかったことと、ハリー・ディーン・スタントンがわけあリそうで (じつは何でもなかった)いつものようにシブかったからで、 “D・D・ルイスの容貌がいかにアメリカの南部にあわないか”、 “マーサ・プリンプトンはセクシーになったなぁ〜" がわかったくらいしか感動のしようがなかった作品です。 主題曲になっているスティングの有名な「ENGLISHMAN IN NEW YORK」 をあまりに意識しすぎているようです。 それでも、ダニエル・デイ・ルイスを観たい方には一応お薦めしておきます。

(日本の某大金持ちがゴッホの絵をびっくりするほどの値で落札したのを聞いて 何となく淋しくなってしまったのは私だけだろうか。 この映画の要になる高値の絵画は親兄弟姉妹の争いのもとになるからと父親が焼かせてしまった判断は 喝采ものだと思うのだけれど・・・。)

('88米作品 監督 パット・オコナー)


『パラドールにかかる月』
MOON OVER PARADOR

一流俳優が二流俳優を演じるとき

『オールウェイズ』で存在がもどってきたようなリチャード・ドレイファスのようですが、 これはその二年前の作品。あまり途切れることなく出演作が公開されるのですが、 70年代のころの精彩が何となく欠けてしまった気がしてならなかったので、 私の中では『グッバイガール』でこの俳優はとまっていました。が、この作品でふたたび 『グッバイガール』と同じ、口ほどに売れない役者を演じているのです。しかし、 今回はシチュエーションもぐっとかわって パラドールなる独裁自由国(?)の急死した独裁者の替え玉をつとめる二流俳優を演じています。 この一世一代の大役を演じた一年は、 ニューヨークにかえってみればまわりの役者仲間でさえ信じない浦島太郎の話のようですが、 彼にとってみれば、ライバルと思う(?)マーロン・ブランドの『欲望という名の電車』、 ロバート・デ・ニーロの『レイジングブル』と同じくらいのはまり役なのです。 独裁者の急死を替え玉によってなんとか切り抜けて、 権力をゲリラに渡さんとする腹黒の教養豊かな参謀(ラウル・ジュリア:『蜘蛛女のキス』の俳優、 ここでは髪の毛を脱色している!)との芝居談義や独裁者の女マドンナ(ソニア・ブラガ) との語らいのなかで自分の演技の通論を弁じる憎めない二流俳優をドレイファスは見事に演じています。 同じ作品の中でふたつのキャラクターを演じるこの役は彼にはうってつけの難役のように思います。

劇場の観客とは比較にならない程の多くの国民の前でアドリブの演説をし、 「不可能な夢を夢見よう」とラ・マンチャの男のセリフの引用で国民を一気に熱狂させ 引き付けてしまうあたりは、脚本のポール・マザースキーの冴えがみえています。 「無知でいることは賢明な」独裁国の現状をユーモアたっぷりに皮肉りながら、 民衆にはいつものようにあたたかいポール・マザースキーの佳作です。

「俳優は、はまり役で飛躍するんだ」なら、もう一度あの『グッバイ・ガール』 のようなはまり役での飛躍を期待したいものです。

('88米 監督 ポール・マザースキー)

* この作品にはあのマリアンネ・ゼーゲブヒトが存在を感じる(?)超端役で出演しています。 また、近々亡くなったサミー・デイビス Jr. も同名の歌手役で特別出演しています。

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