女が作る映画誌 ー 女性映画・監督の紹介とアジア映画の情報がいっぱい
 (1987年8月、創刊号 巻頭文より) 夢みる頃をすぎても、まだ映画を卒業できない私たち。
 卒業どころか、30代、40代になっても映画に心が踊ります。だから言いたいことの言える本まで作ってしまいました。
 普通の女たちの声がたくさん。これからも地道な活動を続けていきたいと思っています。どうぞよろしく。
[シネマジャーナル]
14号 (1990.04)  pp. 23 -- 24
『セックスと嘘とビデオテープ』記事一覧

『セックスと嘘とビデオテープ』

スティーブ・ソダバーグ監督

ーみんな少しずつ病気の現代人ー

映画を見ている最中いろいろな事が頭の中をよぎる。 「性に対するキリスト教的罪悪感」 「傷つきやすい若者のビデオあるいはパソコンなどへの逃避」とか、 あるいは「『人形の家』現代版」とか。 ひっくるめて簡単に言ってしまえば非常に普遍的な現代人の間題を扱っているのである。 映画が平凡であればあるほど我々凡人は自分達の経験をそこに重ね合せて 映画にのめり込んでいけるのだから、普遍的であることは悪くない。 反対にうまいのだ。味があるのだ。スティーブ・ソダーバーグという 弱冠二十六歳の若者にすっかりひっかきまわされたようだ。 ストーリーは平凡だし特別な撮りかたをしているわけでもないのに、 それでも現代の愛のありかたを語っている点で、 これはおすすめ映画のひとつといえる。

「セックスと嘘と…」などと言っているが、これはまさしく愛を語った映画だ。 主人公のアン(アンディ・マクドゥエル)も夫のジョン(ピーター・ギャラガー)も、 訪問者のグレアム(ジェームズ・スペイダー)もそして アンの妹のシンシア(ローラ・サン・ジャコモ)もみんをがみんな愛を求めて、 愛に傷付いて逃げ場を失ってしまっている。はっきり言って病んでいるのだ。 証拠にアンは精神科医に通い、ジョンとシンシアはアンの目を盗んで 遊びのセックスに耽る、またグレアムはインポテンツになってしまって 女へのセクシーインタヴューをビデオに撮り収集したりしている。 一見インポテンツなんて何でもない事のように振舞っているが、 そのわりには何かまだ吹っ切れないものを抱えているようだ。

世の中、セックスに関する情報があふれすぎていてそれに振り回されることなく 傷付くことなく生きていくのは苦労がいる。 セックスにだって個人差があるのにつまらない問題にこだわって 傷ついてる若者がビデオやパソコンなどに逃げるのだろう。

暫く前のビデオ青年Mの事件と妙に一致する点があるのは、 まさしく両方共に現代人の現代病といえるからだろう。 Mはビデオ熱こうじて幼女殺害にまで至ってしまったけれど、 デリケートなグレアムだってMになるほんの寸前の危ない所にいるのだ。 「何も問題はない」などと言ってやっと自分を保持しているが、 それは自分への嘘だ。嘘をつく生活からの脱出のつもりの旅のようだが、 結局は何からも逃れられちゃいやしない。

ゴミ処理にこだわることに逃げているアンも傷付いている。 ジョンと結婚はしたものの何かが違っているのに気づいたから。 精神科医もグレアムも彼女はセックスヘのフラストレーションがあるかのように 疑っているが、本当のところは愛情コンプレックスといったところだ。 彼女が恐れているのは夫や他の男ではなく、愛のない結婚を維持していることなのだ。 これも自分への嘘。自分に正直であろうとすると苦しんだり危険だったりするから ひたすらつまらない取るに足りない事を考え続けようとする。 傷付いているグレアムに出会ってやっと彼女は自分も傷付いているのを知る。 はっきり離婚を自覚するのは妹のイアリングを寝室で発見したときだった。

ジョンとシンシアもまたセックスに逃げている。 ジョンは自信たっぷりの弁護士ではあるが、やっばりどこか その仕事や自分の生き方に不安を持っているようなのだ。 一見一番クールに見えるシンシアにしても姉コンプレックスを持っている。

と、いうわけでみんなみんな何かから逃げて傷付いて生きていますねえ というのがこの映画。ともあれこの映画は暗くなく軽口であたたかいエンディング。 アンとグレアムがお互いの嘘をさぐり合った結果、 真の愛情と生方に目覚めるという。現代病からの脱出である。

アン役のアンディ・マクドゥエルがとても良い。不安定な主婦でいるとき、 離婚を覚悟してグレアムのビデオに出演しようとするとき、 また就職して自立したときをそれぞれ演じわけている。特に髪型に御注目を。


(Y.T.)

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