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女が作る映画誌 ー 女性映画・監督の紹介とアジア映画の情報がいっぱい
(1987年8月、創刊号 巻頭文より) 夢みる頃をすぎても、まだ映画を卒業できない私たち。
卒業どころか、30代、40代になっても映画に心が踊ります。だから言いたいことの言える本まで作ってしまいました。
普通の女たちの声がたくさん。これからも地道な活動を続けていきたいと思っています。どうぞよろしく。

『私のなかの8ミリ』大鶴義丹監督インタビュー

大鶴義丹

 4月4日(土)より、キネカ大森ほか全国ロードショーされる『私のなかの8ミリ』は、一人の女性が失った恋人の故郷をめざしオートバイを走らせる中で、過去を思いかえし、様々な風景や人と出会って、再生への一歩を踏み出すまでを、ファンタジックに描いた作品です。低予算のHDVで撮られているとはいえ、撮影監督に桐島ローランドさんを迎え、新潟、秋田へと向かうツーリングの風景映像も美しく、失った人への整理しきれない細やかな感情を映した映画になっています。

 脚本・監督は作家、俳優としても活躍し、前作『となりのボブ・マーリィ』から14年ぶりの監督となる大鶴義丹さん。ロングインタビューをする機会に恵まれましたので、皆様にお届けします。

◆作品が生まれるまで

 前作以後、出版した小説の映画化をめざして動いていたんですが、頓挫したりしていました。これはある企画に応募して3つ目で通った脚本です。1つ目はバックパッカーの話、2つ目は沖縄のゲストハウスに、“ひきこもり”じゃなくて“そとこもり”する若者たちを描こうとしていました。3つ目がこの『私のなかの8ミリ』になったんです。いずれも旅の話ではありますが、最初からオートバイという要素があったわけではないんです。

 8ミリカメラという要素については、ホームビデオカメラというものが普及し始めたのは、ぼくが16,7歳のころなんですね。でも一部のお金持ちの人たちのものでした。だからぼくらの子どもの頃の動画というと、8ミリなんですが、ぼく自身は全然持っていなかったんです。でも、ここ何年かYouTubeに、多分ぼくらの世代の人が載せているんだと思うんですが、両親に撮ってもらった自分たちの映像や、親から借りて撮った、例えば上野の歩行者天国の映像なんかが結構あるんですよ。みんな私的なものなんですが、ぼくは結構好きでチェックしていて、「8ミリ映像って面白いなぁ〜」って思っていたんです。今のデジタル映像から比べれば、画素数もコマ数も少ないんですけどね。「何でこんなに面白いんだろうなぁ」って考えていて、8ミリの色とか観た感覚が、思い出の中に似ているんじゃないかと思ったんですね。それでその言葉を映画の中でも使ったんです。

 映画の中の8ミリのシーンは桐島ローランドが8ミリで撮っています。彼も8ミリのことはよくわからなかったので、撮影前に詳しい人のところに行って勉強してきたそうです。機材も今はほとんどないですしね。都内に2軒だけ扱っているところがあって、そこから仕入れてきました。フィルムは再生品ですがあるんですよ。

 とまあ、別々にあった色々なアイデアが組み合わさって、1つの映画ができあがりました。

『私のなかの8ミリ』場面写真 『私のなかの8ミリ』場面写真
©2008 「私のなかの8ミリ」製作委員会

◆ 桐島ローランド撮影監督

 ローランドとは、オートバイ雑誌の企画で知り合って、ここ2年くらいの付き合いです。ただ、不思議な縁で、彼のお母さんの桐島洋子さんとぼくの両親(唐十郎さん、李麗仙さん)は60年代に新宿のゴールデン街で何度も一緒に飲んだことがある仲だったんです。それ以後、特別な付き合いはなかったんですが、巡りめぐって出会ったという感じです。

 彼はスチルの方のカメラマンですが、これまでにもCM映像を撮ったりしています。今回はとても低予算であまり高い機材は使えなかったんですが、彼は美しく撮るのは専門家ですからね。風景なんか撮る場合はもうお任せしました。でも、ぼくのこだわりがある部分はぼくが指示を出しています。

 ロケ地は自分がツーリングなどで知っていた場所と、ロケハンで見つけた場所の半々です。やっぱり人間の目で見て頭の中にある映像と、カメラの目で見る映像とは違うんです。ここはローランドにいつもクレームを言われるところなんですが、カメラの目で見なければダメなんですよね。だから、結構もめましたよ。普段は面白い男で、酒飲んで馬鹿話ばっかりする仲なんですが。でも彼はカメラの目を持っている。人物をどう撮ればその魅力を引き出せるかがわかる。ぼくにはそういうところはわからない。ぼくは人の内面を描くストーリーのひと。オシャレじゃない、情念なんですよね。でも映画は情念だけじゃだめで、ビジュアルも大切だから、彼の参加はありがたいです。

 昨日もShort Short Film Festivalに出そうと思って準備している短編作品を、彼と他にも何人かに手伝ってもらって、朝から夜中まで撮っていました。それに加えて今、夏にも撮れそうな作品の企画で動いているんですが、それも彼と一緒にやります。

◆ 現場での演出について

大鶴義丹

 ぼくは書いた脚本を撮影現場で変える方です。結構、書き込んでいくんですけど、撮っていくうちにどんどんセリフをカットしていきます。ぼくは小説を書き始めた方が先なので、どうも書きすぎちゃうことがあるんですよね。

 俳優への演出は、自分で演じてみせることもあります。あんまり俳優にまかせたりはしない、結構イヤな奴ですね(笑)。ただ、リハーサルの時から細かくあれこれ言うのはしません。野球のピッチャーが、ブルペンで投げて身体を暖めてようやく150kmの球が投げられるのと同じように、役者も準備が必要でその生理はぼくもわかりますから。でも、まだ同世代ぐらいまでの役者にしかしっかり演出したことがないので、それを越えたベテランの方への演出をどうするかはこれから勉強しなくちゃいけないところです。

 どちらかというと女優さんへの演出の方がやりやすいかな。はっきり言いにくくていやがる監督さんもいるけれど、ぼくはそういう感覚は全然無いですね。演出って、俳優が気持ちを役に近づけていくことが第一なのですが、入り込める空間を作ってあげれば、俳優は勝手に入っていってくれるものです。

◆ 主演の岡田理江さん、高杉瑞穂さんの起用

 5人くらいオートバイに乗れる30歳前後の女優さんと会ったんですが、岡田理江さんを選んだ決め手は、寂しそうだったからかな(笑)。寂しそうな美人。ぼくの住んでいる家の窓から見える公園には、若い子供連れのママさんたちがよくいて、彼女たちには共通するオーラがある。やっぱり幸せそうで、古典的幸せに満ちた風景が広がっている。岡田さんはそういうのとは違っていたなぁ。

 高杉瑞穂さんとは役者同士としておつきあいがあったんです。彼のパフォーマンスには信頼をおいていて、今回は最初から彼にやってもらおうと思って、脚本もあてがきしています。

◆ オートバイ映画として作ったつもりはない

 確かにぼくはオートバイフリークではありますが、今回の映画に関しては、オートバイ映画として作ったつもりは全くないんです。ですからオートバイのマニアックなところは、あえて一つも撮らなかった。パーツや車種に対するこだわりとかね。ただ、人が再生してちょっとだけ前に進むときに助けてくれるツールでしかなかったんです。

 オートバイは、基本的には乗らない方がいいですよ、危ないから。うん、危ない。でも、ぼくは今、バケツ色の50ccのちっちゃなやつと、世界最速のやつと両極端な2台のバイクに乗っているんですけど、どっちも楽しいんですよね。バイクからえられる自由な感覚というのは、1回覚えちゃうと戻れないって言うか・・・ 脳生理学者の方と対談したときに聞いた言葉なんですが、延長感覚(身体感覚の延長)って言うらしいんですよ。車は何かの中に乗っているっていう感覚をぬぐいきれない。でもオートバイとかサーフィンとかスキーとかは、熟練した料理人が包丁の先までを自分の指先のように扱えるのと同じように、身体感覚を延長して支配できるぎりぎりのものらしいんですよね。確かにオートバイに乗っていると、自分とオートバイの間の区別が無くなってきてしまうんです。だから例えば同じ伊豆へ行って帰ってきても、車だと何かに乗ってきたという感覚ですが、オートバイだと自分の足に何百馬力の力が備わって散歩してきたという感覚なんです。これは乗った人間じゃないとよくわからないと思います。

 この映画の場合は、そういう手足のように駆るオートバイの映画にはしたくなかったんですが、アメリカの大草原とちがって日本は小さくて、行こうと思えば新幹線であっという間の距離なんです。だけど車で行ったり電車で行ったりでは出会えない、自分が一歩進む為の、オートバイでこその運命の出会いを描きたかったんです。オートバイだからこそ入っていける場所であったりね。

◆ 神頼みが効いた!?

 約2週間の撮影期間中、実は3日雨が降ったら崩壊した企画だったんです。ロケ場所が日本海側だったので、6月の初めはまだ梅雨に入らないんですね。そこを狙って行ったんですが、ほんとに神がかり的に晴れましたね。雨のシーンは、1日だけ雨の欲しい日に降ったし。

 撮影が始まる前にぼくが子どもの頃から行っている杉並区の神社へ行って、1万円入れてお願いしてきたんです。生まれて初めて1万円入れました (笑)。今回はぼくも40歳になって、ここでちゃんと作っておかなくちゃって気合いが入っていたんですよ。人間そういうときって1万円くらい払うもんなんですねぇ。でも2万円は出せなかったな(笑)。

◆ 大鶴義丹にとっての映画制作

大鶴義丹

 うちの父も書くし、演出もするし、出るのも大好きなんですよね。舞台演劇、特に劇団なんかをやっていると、脚本を書くのも、出演するのも、演出するのも、できる人がやるのが当たり前なんですよ。それらの役割の間に、免許制度の違いみたいな大きな壁はない。芝居が好きっていう免許さえあれば、何でもやっていいんですよ。そういう世界でぼくは育ってきたから、映画の脚本を書いたり、監督をするのも当然の成り行きどころか、「そんなのやらないの!?」っていう感じなんですよね。「芝居20年もやって来たのに、演出もしたことないの? 脚本も書いたことないの?」って。逆に言うと、演じたこともない人が演出する事の方が変に感じます。ただ映像を撮ることと舞台を作ることでは、分業の違いがある。カメラマンの存在が大きいかな。舞台には間にカメラが存在していない。その分、舞台の演出は難しそうですね。

 将来的には、ぼくの書くもの、作るものを好きな人たちがいて、映像を定期的に配信できるようなシステムができたら一番嬉しいですね。商業的なものとはちょっとちがった、マニアックなものでも、劇団単位で発信していける、映像における小劇場のような形にしたいですね。それを60歳くらいまでに作ることが夢かな。

◆ 映画をご覧になる方へのメッセージ

 自分の生きてきた、過ごしてきたシーズンというものがそれぞれにあると思うのですが、それらを映像的思いかえしてみたらどんな色だったのか、自分の中の8ミリ映像はどんなだろうと思いおこしてみるきっかけになってくれたらいいなと思います。そうするとまたちょっとだけ前に進めるんじゃないでしょうか。

★2009年4月4日(土)より、キネカ大森他全国ツーリングロードショー!

作品紹介はこちら

特別記事『私のなかの8ミリ』主演 岡田理江さんインタビュー

『私のなかの8ミリ』公式HP

大鶴義丹監督のブログ

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(取材:景山、梅木 写真:梅木)

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